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例えば、目の前に

ひとつのあんぱんが

あったとしてだ。

 

 

 

そのあんぱんを、

「食べた」と言えるのは

いつになるだろうか。

 

 



 

一口食べた時?

それとも、

あんこが見えたら?

 

それこそ、

食べ終わってからじゃないと、

「食べた」とは言えない?

 

 

うん、そんなの聞くまでもない。

 

 

一口食べたら、

それはもう「食べた」で

いいよね。

 

 

 

「食べ終わってからじゃないと、

そのあんぱんは

食べたってことになりません。

残念でしたー」

なんて残念なことを

言う人は多分いないよね。笑

 

 

 

 

で、それがどうした、

なんの話やねんと、

なっているだろう

ここまでの展開。

 

 

 

しかし、このあんぱん理論

(勝手に命名。笑)は、

「願い」に関する、

非常に重要な仕組みを

語ってくれていると考えている。

 

 



 

というのも、冒頭からの

「あんぱん」のくだりを

是非とも「願い」や「夢」に

置き換えてみて欲しいのだ。

 

 

 

つまり、

「願い」や「夢」が

「叶った」と言える時は

いつなのかと。

 

そのことについて

考えてみて欲しいのである。

 

 

さて、あんぱんは、

一口食べた瞬間から

「あんぱんを食べた」と言えた。

 

 

「願い」

だって同じだ。



 

願った瞬間から

「叶った」と言っても

過言ではない。

 

 

 

いや、正確に言うと、

願った瞬間から、

願いは叶い

始めているのである!

 

 

 

例えばだけど、

サッカー選手に

なりたいと願った少年が、

10年後、実際に、

プロサッカー選手になれたとする。

 

 

 

じゃあ、このサッカー選手が

子供の頃に、

「サッカー選手になる」

という願いを

持たなかったとしたらだ。

 

 

 

この少年は、

サッカー選手に

なれていただろうか?

 



 

その後も、親に

「シューズとボールを買って」と

お願いしたり、

いいチームメイトに恵まれたり、

他の夢という名の誘惑に

打ち勝ったり、

それら全ての夢のかけらが

彼をサッカー選手にさせたのだ。

 

 

 

これら夢のかけらが

ひとつでも欠けていたら、

きっと、未来は変わっていただろう。

 

 

 

だからこそやはり、

願いは、願いを持った瞬間から、

叶い始めているのである。

 

 

 

 

ゴールなんて目指さなくても、

願いを持っていれば、

少しずつゴールし続けているのだ。

 

 

 

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