小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

群青ノイズのコマ割りについて―エロマンガのエロいエロくないを分析する3.3ー

 「お前、前の記事できいのエロマンガのコマを全部数えたらしいけど本当かよ?」という疑い(本当にそんなこと言う人がいるかどうかは不明)に応えるための作品レビュー。今回は『群青ノイズ』。

 

『放課後バニラ』のコマ割りについて①ーエロマンガのエロいエロくないを分析する3.1ー - 小文化学会の生活

 

『放課後バニラ』のコマ割りについて②ーエロマンガのエロいエロくないを分析する3.2ー - 小文化学会の生活

 

『放課後バニラ』の作品レビューをした前回、前々回の記事はこちら。

 

 さて、本作は前作『放課後バニラ』に比べてページ数は変わらないものの、コマ数が増加し、密度が濃くなったのが特徴。2冊目の単行本できいがどう進化したのかを本記事では探求していく。

 

 

①-10

 夏祭りに来た女先生と生徒が森の中でセックスをする話。話はゆっくりと進行していく。時間の流れも順番通りだ。

 

 森でのセックスの静寂を演出するために序盤に祭りの喧騒が描かれるのだが、やはりきいという作家は画力が高いなあと思わされる。

瞬間型:0%、動作型21.5%、主体型:52.7%、場面型15.1%、局面型:10.8%

 森で青姦するだけなのに場面型が多いのは、途中ですれ違ったクラスメイトたちの普通に祭りを楽しんでいる様子が挿入されているからだ。

 

②イレギュラー

 きいの「文学」的作品に出てくるキャラの行動原理は曖昧だ。というより、彼らは正確に言語化できないモヤモヤした気持ちに突き動かされている。それを外部(相手)に訴える手段として強引なセックスが使われる。

 

瞬間型:5.8%、動作型:16.5%、主体型:39.6%、場面型:11.5%、局面型:26.6%

 

 本作に「フラッシュバック・ショット」と私が名付けた演出が使われていたり、局面型のコマ割りが多用されているのもそれが理由だ。言語化できない気持ちなので、風景を切り取って言語化できないまま描くのだ。本作の局面型は、キャラの身体にズームアップしたものが多い。それらは顔以外の個所なので、一見して感情がわかるようにはなっていない。

 

 本作の終わりが中途半端なのも、オチをつけないことで下手に説明がついてしまうのを避けるためだろう。

 

③トイレの小花ちゃん

 『群青ノイズ』は、言語化しやすい気持ちを描いた作品と言語ができない気持ちを描いた作品が交互に並んでいる。なので、本作は言語化しやすい気持ちを描いた作品だ。

 

瞬間型:5.1%、動作型:20.3%、主体型:37.3%、場面型:11%、局面型:26.3%

 

 グラフだけを見ると『イレギュラー』と場面型と局面型の比率が変わらないので、『イレギュラー』と同じくわかりにくい作品かと思われるが、こっちは使い方が違う。というより、「フラッシュバック・ショット」が本作にはなかった。

 

性器は黒塗り

このトイレでセックスをしていたら友達にバレそうになったページのように、本作において場面型や局面型のコマ割りは、状況のおもしろさを強調するために使われている。階段を下りてくる友達、息をひそめる2人の顔、勃起したチンコ。それらの意図は明白で、「バレるのか?バレないのか?」という緊張のひと時を演出している。

 

④LOVERS

 ここで本単行本の代表作がやってくる。水泳部のJKが友達の彼氏の大学生と関係を持ってしまう話だ。「途中で終わるのが嫌い」だからか、雑誌掲載の際には2つの号に分かれていたものが1つに合わさって収録され、1話として収録されている。

 友情と性欲、そして顔がいいだけのクズ男への嫌悪(これは『不完全マーブル』での続編でよりはっきり描かれる)の間で揺れる水泳部JKの多義的な感情は、ナレーションやモノローグで明白に説明はされない。

 ただ一方で、本作の表層を覆うのは水泳部JKの、巨乳で日焼け跡がエロい身体だ。最後には特に妥当性もなくスク水を着用してセックスをするので、UXもばっちり。

 

瞬間型:4.6%、動作型:23.5%、主体型:35.7%、場面型:15.5%、局面型:20.6%

 

 グラフだけ見るときいらしいコマ割りでしかないが、本作はページ単位での演出が随所にみられ、きいという作家が全力を出してる感が伝わる。

 

同じく、黒塗り

 

 このページは、オナニーをするヒロイン、彼女と友達の日常、友達の彼氏のセックスが短い時間を切り取った1コマ単位で独立して並ぶ。それらがゲシュタルトとなって、「日常生活を送っても、見せつけられた友達と彼氏のセックスが忘れられず体を持て余すヒロインと、その間も友達とクズ男はセックスをしている」というフルページフレームが出来上がる。

 

 

 きいの作品において初めてみられた演出なのでここで紹介する。上半分のコマ割りが、徐々に左枠の角度を傾けていくことにより、時間の経過を表している。

 

⑤咲クLOVEーさくらー

 今までの法則どおり、本作はわかりやすい作品になる。浪人生の男がアパートの隣の元ヤンお姉さんとセックスをするという話だ。ヒロインの人となりも主人公がつらつら紹介してくれるし、登場人物はヒロインと主人公の2人だけの1対1関係。両者ともその都度心情を言葉で説明してくれる。

 

本作のわかりやすさを端的に示すのはど頭の1コマ目で、冬であることを示すためにキャラが「寒くなってきたなー」と言っている。本単行本で一番LLマンガに近い作品だ。

 

瞬間型:4.3%、動作型:25%、主体型:47.1%、場面型:6.4%、局面型:17.1%

 

⑥解放区

 法則がここで崩壊し、本作はわかりやすい作品だ。前作から1か月後という短いスパンで快楽天に掲載された作品なので、もしかしたらパパっと作った作品なのかもしれない。

 

瞬間型:8.4%、動作型:22.1%、主体型:52.6%、場面型:8.4%、局面型:8.4%

 

 ページ数もコマ数も本単行本で一番少ない。読者に読みを要求するコマ割りも少なく、読みやすい。それしかいうことがない。

 

⑦≦ー不等号ー

 冴えない男性教師が女子校生に調教されている話だ。とらえどころのないヒロインの感情は確かにわかりづらいかもしれないが、一方で、深い読みが必要なコマは最後の一コマぐらいだ。

 

瞬間型:9%、動作型:19%、主体型:35%、場面型:7%、局面型:30%

 

 ただし、局面型がとびぬけて多いという特徴はある。これは同時に起きている瞬間が交互に配置されるコマ割りが多かったからだ。見てもらった方が早いだろう。

 

 

 この5コマの間の移行は、主体型でもよかったかもしれない。だが、局面型の要件はコマの順番をひっくり返しても読めることなので、局面型に分類した。何よりこのコマ割りは、ジッパーを下ろすという簡単な動作をあえて間延びさせることでムードを煽る演出だ。

 

⑧お見舞いエトセトラ

 後輩(女)のお見舞いに来た先輩(男)が流れでセックスをする話。特に複雑な思いがあるわけでもない。サブタイトルが「nyan nyan cure power」なあたり、本作はわかりやすい作品だ。

 

瞬間型:7%、動作型:25.4%、主体型:31.6%、場面型:5.3%、局面型:30.7%

 

 本作もまた局面型が多かったが、これはカップルが日常会話から徐々に高まっていく様を表すための演出のためだろう。

 

このページは1コマ目を起点にそれ以外のコマが局面型で並ぶ。どれも明確な順序はなく前後が逆になっても問題ない。それによってこの前戯の濃い時間が表現されている。

 

⑨つめたい雨、やさしい君

 「前3作が単純な構成だったのは、この作品に力を入れるためだったのか?」ときいに正直聞きたくなる作品だ。

 仲良しグループの中に特に仲のいい男女がいて、女の方に何かの事情が出来て、その傷を癒してほしくて男とセックスをしたら、男が本気になったものの、すでに女は姿を消してしまった、そんな話だ。なんだか回りくどくて判然としないが、それがこの話の醍醐味だから仕方ない。

 

瞬間型:0.7%、動作型:14.6%、主体型:32.1%、場面型:19%、局面型:33.6%

 

 この作品は不完全マーブルまでの時点で唯一、タイトルがキャラのフキダシの中にレイアウトされている。「つめたい雨、やさしい君」という架空の曲が存在し、この曲が男と女を親密にさせるきっかけとなった。大きなコマがあってそこにタイトルロゴがあるというそのコマ単位の構成ではなく、前のページからコマを計算してタイトルへの導線を作らないといけないので、もうこの時点でこの作品への労力が違う。

 このページ単位でコマ割りを考える描き方は、セックスをする後半連続する。それが本作の場面型と局面型の多さの理由だ。

 

性器は黒塗り

 外で降る雨、浴槽に浸かる男女、触れ合う足、性器……同時に生じたそれが並んでおり、ムードを高めている……同じ説明ばかりしている気がするが、これがきいの得意の語り方なのだから仕方ない。

 ただし、本作の特徴はこれだけじゃない。むしろこっちのほうが重要だ。本作は場面型が19%と多い。それがどういった演出によるのかは親記事でも言及した。「えろ辻♡」というページの前の2ページは、場面型が連続する読むのに労力のかかるページだ。それを読んだ後に「えろ辻♡」という美少女の裸がドンと大ゴマで描かれた「単純な」ページがあるという数ページにまたがる「圧縮と開放」だ。

 その後のページに何が続くのかというと、フラッシュバック・ショットの連続だ。「あの時はヒロインとの間接キスにドキドキしていたが、今は直接ディープキスをしている」といった今のセックスに時間的な深みをつけるための演出が繰り返される。それらはすべて場面型となるため、本作は場面型のコマ割りが多い。

 

「お前のおっぱいなんか見たくねえよ」と言っていたおっぱいを舐めながら挿入しているページ

 

まとめ

 『放課後バニラ』から『群青ノイズ』までで一番の進化は何かと聞かれたら、私は『つめたい雨、やさしい君』の4ページにまたがる「圧縮と開放」だと答える。『放課後バニラ』においても1ページ単位で面白い演出をしているコマ割りはいくつもあったが、数ページにまたがることはなかった。すごいですね。

 さて、ここでも前回と同じく色んな最大と最小を列挙していく。

 まず一番ページが多かったのは『LOVERS』の40ページなのだが、これは二月にわたって掲載された作品なので、本作を除外すると、一番多いのは『イレギュラー』の24ページだ。コマ数が一番多かったのも『LOVERS』の239コマだが、同じ理由で『咲クLOVE―さくら―』の141コマとなる。

 一番ページが少なかったのは『解放区』の18ページ。コマ数が一番少なかったのは、『-10』の94コマだ。

 

表にするとこんな感じになる。赤が最大値、青が最小値なのだが、最大値が全部2か月分の『LOVERS』になってしまったので、2番目に大きい値も赤字にしてある。

 

 次に、各補完の比率についてもみていこう。

 

 

こうしてみると、一番読みやすい作品は『お見舞いエトセトラ』であるとわかる。動作型が一番多いのでコマ割りはキャラのアクションを中心に進んでいくし、場面型も少ないので時間と場所の大きな跳躍も少ない。次点で読みやすいのは『咲ク-LOVE-』だ。

 では読みづらいのはどれかというと、場面型の多さが決め手となって『つめたい雨、やさしい君』となる。次点は『LOVERS』。どちらも曖昧な気持ちを描いた作品だった。

 

 「で、お前が一番ヌけたのは何だったんだよ?」というと、これが『LOVERS』だった。前回の記事で「曖昧な女心が好きじゃないし、かといって性的なアピールが露骨すぎるのも好きじゃない」と面倒くさい我がままをこねていた私だったが、本単行本で一番使えるのは、曖昧な心情を描いた作品だった。理由は、ヒロインが自分の欲望を押さえきれなくなる過程が丹念に描かれていてエロいなと思ったから。あとは日焼けというヒロインの造形。

 確かに本作は読むのに労力がかかる作品だ。だがその分、読者がシーンの意図を理解した時の興奮も大きい。

 

 

このページは、ヒロインがヤリチン大学生をセックスに誘うシーンだ。ただし、そのことを誰もどの要素も明言してはいない。最後以外が局面型のコマ割りをしており、そのムードからキャラの心情を把握する必要がある。それはこのページを読むだけではなく、これ以前の「目撃したセックスの光景が忘れられずオナニーを繰り返すヒロイン」や「ヤリチン大学生の浮気っぷり」も参照しなければならない。これによりこの耳に手をかけつつ斜め下に目を逸らすヒロインの立ち絵に「目の前の男はヤリチンでクズだが、それでもこの男のチンコや感じていた幼なじみの女の子の姿が忘れられずセックスをしてみたい」という恥ずかしさや興奮が込められているとわかる。と同時に、決して耳がかゆいわけでも、大学生を殴ろうと腕を振りかぶっているわけでもないこともわかる。

 そしてこのページのもう一つの仕掛けは、フキダシのセリフが絵の場面と全く関係がないことだ。このフキダシのセリフが伝えるのは、最後の2コマの間にある時間だ。「ヤリチン大学生がヒロインの誘いに乗り、ヒロインのほうは母親に嘘をついて大学生の家に行った」という結構長めのストーリーが間白に込められているわけだが、これを読者が補わなければならない。そうすることでヒロインが電話をした時の嘘をつく緊張や背徳感が想起され、その後のセックスを彩っている。

 

 あるエロマンガがヌけるヌけないは、「これはどこがヌけるんだろう?」と探す読者と「これがヌけるんだぞ」と提案する作者の交渉の結果だ。読者が作者のスタイルを知っておくとこの交渉は上手くいきやすい。けれど、そこまでの協力を読者に求めたところで、「じゃあ知らなくてもヌけるエロマンガ読むよ」と言われてしまうのがオチだ。直接求めるのではなく、知らず知らずのうちに協力させられていたというかたちが理想なのだと思うが、そのための技術は一体何なのか。それは今後の課題としたい。