リートリンの覚書

日本書紀 巻第十八 広国押武金日天皇 三 ・百済が来朝す ・大河内直味張、勅使を欺誑する



日本書紀 巻第十八 広国押武金日天皇 三

・百済が来朝す
・大河内直味張、勅使を欺誑する



五月、
百済が
下部脩徳嫡徳孫
(かほうしゅうとくちゃくとくそん)
上部都德己州己婁
(しやうほうととくこつこる)等を
遣して来して、

常の調(みつき)を貢(たてまつ)りました。
別に上表しました。

秋七月一日、
詔して、
「皇后は、
体(みみ)は、
天子と同じといえども、

内と外とは、
名はとりわけ隔っている。

また、
屯倉の地を充てて、
椒庭(うちつみや)をたてて、
後代(のちのよ)に遺すようにせよ」
といいました。

すぐに勅使をつかわして、
良田をえらびました。

勅使は勅を奉じて、
大河内直味張(おおしこうちのあたいあじはり)
(更の名は黒梭(くろひ)といいます)
に宣して、

「今、汝は、
膏腴(こうゆ)の雌雉田(きじた)を奉れ」
といいました。

味張は、
忽然と悋惜(りんしゃく)し、
勅使を欺誑(ごおう)して、
「この田は、
天旱(ひでり)には
漑(みずまかせ)が難しく、
水潦(すいろう)には浸りやすいです。

功(いたわり)を尽くすことが
非常に多いのですが、
収穫(うること)ははなはだ少ないのです」
といいました。

勅使は言葉のまま報告しましたが。
隠せませんでした。



・体(みみ)
身分
・椒庭(うちつみや)
=しょうてい・中国の漢代に皇后の宮殿の壁に山椒(さんしょう)の実を塗りこめて、室を暖め悪気を除いたことから)皇后の宮殿。後宮
・膏腴(こうゆ)
地味が肥えているさま。また、その土地。肥沃
・悋惜(りんしゃく)
物惜しみすること
・欺誑(ごおう)
あざむきたぶらかすこと
・漑(みずまかせ)
すすぐ/そそぐ/そそぎこむ/水をそそぐなどの意味をもつ漢字。
・水潦(すいろう)
大雨、洪水



(感想)

安閑天皇元年5月、
百済が下部脩徳嫡徳孫、
上部都德己州己婁らを派遣して、
来朝し、

通常の調(みつき)を献上しました。
別に上表しました。

秋7月1日、
詔して、
「皇后の身分は、
天子と同じといえども、

内裏と外廷とは、
名はとりわけ隔っている。
後宮にいる、皇后の名は知られていない。

そこで、
屯倉の地を充てて、
皇后の宮殿を建てて、
後代(のちのよ)に遺すようにしろ」
といいました。

すぐに勅使をつかわして、
良田を選びました。

勅使は勅を奉じて、
大河内直味張に宣して、
(更の名は黒梭(くろひ)といいます)

「今、汝は、
肥沃の雌雉田を献上せよ」
といいました。

味張は、
忽然と物惜しみし、

勅使をあざむき、
「この田は、
天旱(ひでり)には水をそそぐのが難しく、
洪水には浸りやすいです。

努力して尽くすことが非常に多いのですが、
収穫ははなはだ少ないのです」
といいました。

勅使は言葉のまま報告しましたが。
隠せませんでした。

皇后のために屯倉を置くことを決めた天皇。

新しく開拓するという考えは
浮かばなかったのでしょうか?

選ばれた地、
雌雉田を管理していた、
大河内直味張にとっては、
いい迷惑ですね。

彼の気持ちが
ちょっとわかる。

明日に続きます。

読んで頂き
ありがとうございました。


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