現在で聞くことはまれだが、太宰治も「虎の子」と云う言い回しを使っていた。「虎の子」は大切にしていたお金のことで、昭和世代までは日常的に耳にした。その大金を投じないと手を出せなかったのが送信管だったようだ。
 
黎明期のハムたちは、前回の「オートダインへの篤い想い」で話したように、艱難辛苦を経て短波受信機を手にして、国内外の無線を聞いたことだろう。
 
米国KDKAが大正9年(1920年)、英国BBCが大正11年(1922年)、日本NHKが大正14年(1926年)などラジオ放送が始まる以前には、様々な実験局の通信を聴いていたと思われる。そうした無線通信の中には、アメリカのアマチュア無線に触れることもあったようだ。
 
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UX-860
川西 UX-860 出力100W
先達は自分も挑戦してみたいと考えて、受信だけから次第に送信まで手を染める切っ掛けとなった。放送局が開設されるまでの大正後半には、小電力の無免許(アンカバー)素人無線局が中波帯を中心に出没してたようだ。
 
しかし送信に使える真空管は大変に高価で、使用電圧も1000V以上の電源を必要とした。さらに軍用や業務用に開発された送信管を一般庶民が入手することは絶望的だった。
 
ちなみに昭和18年(1943年)に五社眞空管技術委員会(川西機械製作所、東京電氣、日本無線電信電話、日本電氣、理研眞空工業の五社)発行の「VES眞空管標準規格」に収録された送信管を見てみよう。
 
UX-860
UX-860
Ef=10V If=3.25A
Ep=2000V Dp=100W
出力=100W>
UV=861
UV=861
Ef=11V If=10A
Ep=3000V Dp=500W
出力=500W>
UV-812
UV-812
Ef=10V If=6A
Ep=2000V Dp=250W
出力=250W>
UV-211A
UV-211A
Ef=10V If=3.25A
Ep=1000V Dp=75W
出力=80W>
上図の規格を見ても、素人無線局に手を出せる真空管ではありません。一方で各地の軍関係や逓信省などの無線局に勤務する職員が、アマチュアのコールサインを付けて交信を行って、米国雑誌にも記録が残りQSLカード(交信証)の交換まで行っている。
 

 
1920~1930年代に、実際に日本のハムが使える真空管は限られていた。その中で当局が入手したことのある戦前の真空管の写真を選んでみました。
 
UX-210 TC04/10 UX-202A C-202A UZ-510
UX-210
TC04/10
UX-202A
C-202A
UZ-510
RCA Radiotron
Vf=7.5V
If=1.25A
Vp=425Vmax
Ip=18mA
Philips
Vf=4.0V
If=1.0A
Vp=400Vmax
Po=15W
東京電氣
UX-210の
国産軍用品
川西真空管
UX-210の
国産軍用品
川西真空管
Vf=10.0V
If=1.25A
Vp=1000Vmax
Pb=45W
UY-807 HO-101F UX-171A UX-201A UX-199
UY-807
HO-101F
UX-171A
UX-201A
UX-199
東京電氣
Vf=6.3V
If=0.9A
Vp=600Vmax
Pb=60W
日本電氣
Vf=4.0V
If=0.5A
Vp=190Vmax
Ip~10mA
東京電氣
Vf=5.0V
If=0.25A
Vp=180Vmax
Po=0.7W
東京電氣
Vf=5.0V
If=0.25A
Vp=135Vmax
東京電氣
Vf=3.3V
If=0.063A
Vp=90Vmax
Ip=2.5mA
アマチュアで最も手軽に使えて、米雑誌にも登場するのがUX-210だろう。フィリップスのTC04/10はアマチュア向けに作られていて、使い勝手は良いもの高価であった。UX-202、UX-202A、C-202Aなど202系は、盛んに使われていたようだが、出力が最大5W程度で物足りなかった。
 
UZ-510とUY-807は完全に送信管に分類され、軍用無線機に使われていたことから入手が難しかったようだ。HO-101Fはウェスタンエレクトリックの101Fの国産版で、通信用真空管として搬走電信(無線による公衆電報)に使われていた。
 
UX-171A、UX-201A、UX-199はラジオの電力増幅用真空管で、後のUX-47B、3Y-P1、6Z-P1、6AR5などに匹敵する受信間になる。電力を扱える受信管を、アマチュアの送信機に使っていたようだ。
 

 
それではハムが実際に使っていた送信機の例を見てみよう。
 
以下は、昭和9年(1934年)の「ARRL Handbook」に掲載された PLANNING AND BUILDING TRANSMITTERS の記事を Google 翻訳で日本語してもらいました。わずかに修正したが、AI翻訳は進歩したものです。
 
- 以下、Google 翻訳 +α -
 
Fig703
Fig.703 THE LOW-POWER SINGLE-TUBE TRANSMITTER
図 704 に回路図と定数を示します。写真はセットがどのように構成されているかを示しています。選択されたレイアウトは、短い r.f. リードを可能にするものです。
 
ブレッドボードは、長さ 12 1/2 インチ、幅 10 インチです。プレートコイル L1 を支えるために、写真に示すように、2 つの磁器製スタンドインシュレータが一方の端に取り付けられています。これらの絶縁体は、中心間で 47 ~ 2 インチ離して配置する必要があります。この取り付けは機械的に非常に頑丈で、コイルを簡単に交換できます。チューニングコンデンサーC5。 この場合、21 プレートのカードウェルが小さな真鍮製のアングルに取り付けられています。
 
Fig704
Fig.704 THE CIRCUIT OF THE TRANSMITTER
プレート バイパス コンデンサー C2 は、ブレッドボード上のチューニング コンデンサーの近くに取り付けられています。無線周波数チョーク L4 は、そのすぐ後ろにあります。フィラメント バイパス コンデンサー C3 は、チューブ ソケットのすぐ後ろにあります。これらのコンデンサーの目的は、チューブのフィラメントに流れる異周波電流に簡単な経路を提供することです。これがなければ、抵抗器 R1 を通過する必要があります。真空管のフィラメントが交流電流で加熱される場合、フィラメントの交流電圧がグリッドに到達するのを避けるために「センタータップ」抵抗が必要です。これは、送信信号に変調または「リップル」が発生するためです。フィラメントへのリードの電圧は 60 サイクルの電源周波数で常に変化していますが、抵抗 Rt の中心点の電圧は一定です。同じ結果を達成する別の方法は、トランスのフィラメント電源巻線にセンター タップを使用することです。ただし、センタータップ抵抗器の配置が好ましい場合もあります。これは、フィラメント トランスの一次側ではなく二次側でフィラメント レオスタットを使用できるためです。二次巻線用のレオスタットは、他のタイプよりも容易に入手できます。
 
Fig705
Fig.705 PLAN VIEW OF THE TRANSMmER
グリッド コンデンサー C4 とリーク R2 は、フィラメント バイパス コンデンサーの右側にあります。このセットのコンデンサーは、ブレッドボードを貫通する小ネジによって平らに取り付けられています。フィラメント センター タップ抵抗 R1 は、フィラメント バイパス コンデンサーの上部に直接取り付けられています。
 
すべての接続は、Fahnestock クリップで終了するボードの背面に実行されます。写真の右から左へ、クリップの最初のペアはアンテナまたはフィーダー接続用、2 番目は「プラス」とマイナスの高電圧用、3 番目はフィラメント供給用、4 番目のペアはキー用です。セット全体の配線は非常に簡単で、複製する場合でも、図と写真に従うことは難しくありません。
 
Fig706
Fig.706 WINDING A COPPER-TUBING INDUCTANCE
プレート コイル L1 は、1/4 インチの軟銅管で、外径 2-3/8 インチのパイプに巻き付けられています。コイルの端は万力で平らにされ、穴が開けられて取り付け用絶縁体の小ネジにフィットします。3500kc コイルは、より高い周波数帯域のコイルで行われるように、終了時に端が曲がることなく絶縁体にちょうど収まるように、巻き間隔を空ける必要があります。7000kc コイルの巻き間隔は約 3/16 インチ、14,000kc コイルでは約 7/8 インチです。
 
グリッド コイル L2 は、No. 30 二重絹巻線です。 長さ 2-1/2 インチの 1 インチのチューブに配線します。これは、ベークライト、紙、木材、またはその他の一般的な絶縁材料でできています。コイルは、その特性を維持するために、コロジオンまたは透明な Ducoワニスでコーティングする必要があります。2つの小さな真鍮のアングルは、これらのコイルの接続とサポートの両方の役割を果たし、巻線の端は、コイル フォームの端に挿入された小さな機械ネジに引き出されます。
 
Fig707
Fig.707 THE PLATE AND GRID COILS
アンテナ コイルは、タンク コイルと同様の方法で作成され、タンク コンデンサーのすぐ後ろの絶縁体に取り付けられます。このコイルの遠端への接続は、クリップと柔軟なワイヤの小片によって行われます。したがって、アンテナ結合を変化させるために、コイルをプレート・タンク・コイルから遠ざけることができる。
 
第10章で説明されている 350ボルトの電源は、送信管が Type 45 の場合、この送信機で使用するのに最適なものです。この電源は、 Type 10 オシレータ用のプレート電圧を供給するためにも使用できます。その場合、10 用に別の 7.5 ボルト フィラメント トランスが必要になります。 あるいは、第 10 章で与えられた情報から、Type 10 チューブ用の 550 ボルト電源を構築することもできます。ラジオ用の 550 ボルト電源トランスのほとんどは、プレート巻線に加えて、発振器または増幅器および整流管用の 7.5 ボルトのフィラメント加熱巻線を備えています。Type 01-A 受信管を使用する場合、プレート電源は 135 ボルトの "B" 代替品または 135 ボルトの "B" バッテリーにすることができます。
 
- 以上、Google 翻訳 +α -
 
真空管の TYPE 10 はUX-210、D-X210、 G-10、NU-10、PA-210、C210、T-10、Z-210、JX-210、RYB210、SLX210、T-210、NX-210、510、X210、RayX-210、SE-2566A、MX210、410deForest、38110、GSX-210、AC-10、CF-510、ER-210、57T210、X-210、FX-210などが相当品です。
 
さすがARRLのハンドブックで、初心者にも解りやすく書いてありました。ブレッドボードのサイズは、長さ12-1/2インチ(約 32cm)、幅10インチ(約 26cm)で、A4判の紙より一回り大きいサイズのようです。
 
 
ARRLハンドブック「第7章 PLANNING AND BUILDING TRANSMITTERS」の原文は、上記 Google Drive で閲覧、ダウンロードが可能です。
 

 
送信機について書き進めようと思っていたが、ARRLハンドブックの翻訳があまりにも冗長なってしまいました。
 
rabbit
次回は、ARRLハンドブックの記事を参考に当時のゆるさで考えた単球送信機について突っ込んでみます。
 
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フォロー4649
 



 
 
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