カテゴリ:小説 マトリックス・メモリーズ
第13章 真なる戦役 7
参謀次長ラッシール准将の言葉に、一瞬、ベーリックはたじろいだ様子を見せたが、やがて落ち着き払った表情に変わった。 「ふふふ、参謀次長が蒼ざめた顔で部屋に飛び込んで来るものだから、わしまで驚いたじゃないか」 ベーリックは、ラッシールをからかう様な目付きをしたたまま、自席にどっかりと座り込んだ。 「ラッシール君。エネルギー消費量を無視して連続ワープをすれば、その艦隊はどうなるかね?」 「それは当然、艦隊全体がエレルギー切れに陥るでしょう。アッ!」 「その通り!故に、奴らが連続ワープで地球に急接近したとしても、全く脅威では無いのだよ」 「確かに!」 ラッシールも、彼の副官が息せきを切って自分に報告に来たので、とんでもない危機が迫った気に成っていたが、言われてみれば恐れる必要は無いのかも知れなかった。 「総司令、地球の近郊で天然フォトンが豊富な宙域と言えばエリダヌス座のプロキシマ・ケンタウリ星系が有名ですが、流石にバーナード星系よりも内側まで入り込んでエネルギーを補給する度胸は無いでしょう」 「そうだな、ライプニッツ君が言う通りだ!その宙域は我々の大連合艦隊が集結する場所だからな。そこまで近付いたら我々に宣戦布告をしたと見做されても文句は言えないだろう」 「そう成ると、こいぬ座のプロキオン星系でしょうか?」 「いや、ラッシール君。そこもガルバラス君の守備艦隊に防衛体制を敷かせるエリダヌス座イプシロン星東側宙域に近過ぎるな」 「そこから更に離れてエネルギー補給が出来るとすれば、総統!ハロ座のボナーヌ星系では?」 「ボナーヌ星系か?成る程、流石は参謀総長!それは十分に有り得る話だな。ここでは取り敢えず、奴らはボナーヌ星系でエネルギー補給を行うと想定して置こう」 ベーリックはそう言い終わると、何やら考え込み始めた。 「当初の話では、ラッシール君。奴らが地球の宙域に接近するのは約90日後だったな?」 「その通りです、総司令!それがこのまま奴らが連続ジャンプを繰り返した場合、ハロ座のボナーヌ星系には15日も有れば到着するでしょう」 「15日か?我々にも余り時間的な余裕は無いな。全艦ワープを1回入れれば、その後は高速運航でも10日後には余裕でロキシマ・ケンタウリ星系、即ち我々が防衛戦線を張る予定にしている場所に着くとは思うが・・・」 「幸い、我々はフライズ軍との戦闘を完全回避しましたから、全軍、エネルギーはほぼ満杯状態です。ワープ1回分ならプロキシマ・ケンタウリ星系の惑星群に複数の天然フォトン補給艦を出向かせれば、2日で回復するでしょう」 「ふむ・・・」 エネルギー補給に関するラッシールの説明を聞いてはいたのだが、ベーリックは上の空の表情でまた暫しの黙考に入った。 「総司令、若しかしてネオルシフとニビリアンズ同盟軍に対する総攻撃をお考えですか?」 ライプニッツのその言葉に、ラッシールは腰を抜かさんばかりに驚いた。 ベーリックは火が消えてしまった葉巻に、再び火を点けると大きく煙を燻らした。 「分かるかね、ライプニッツ君?我々に取ってネオルシフとニビリアンズは悠久の歳月を経ても尚、互いに譲らない宿命的な敵同士だ。その大敵が無防備な姿を我々の眼前に姿を現すのだぞ。この機に一網打尽にしたいと言う衝動に駆られるのは、ライツの軍人たる者、切なる悲願成就の為に止むを得ない事だ」 「総司令のお気持ちは十分に理解しますし、出来る事ならこのライプニッツもそうしたいです!ですが、総攻撃を行うにはご存じの通り、大銀河憲章上、事前の宣戦布告が前提です。今回はその許可を光軍総省から貰うには時間が足りません」 「分かっているよ、ライプニッツ参謀総長。ライツ軍が最後に宣戦布告を行ったのは、わしの祖父で有る大元帥がネオルシフ軍に対してだった。ライツ軍が宣戦布告をした為に、ネオルシフ軍は尻尾を巻いて逃げ去ったので、戦史にはその件に関して名前が付いてはいないがな」 「それはコットンペッパー大元帥の事ですね?総司令のお爺様の!」 「祖父だけでは無く、わしの父も大元帥まで登り詰めた。更にわしの母の父、即ち義理の祖父も光軍総省の筆頭次官だった。まあ、言って見れば、わしはそのトリプル七光りで元帥まで成った様な物だが・・・コホン、ラッシール君、それはどうでも良い事だ」 「し、失礼しましたベーリック元帥」 「まあ、今回、フライズと歴史的な停戦協定を結んだ事は、間違い無くわしの大きな功績だが、それだけで大元帥に昇進出来る程、光軍総省は甘くは無いからな。ここでネオルシフとニビリアンズまで叩ければ、大元帥昇進は間違いが無いだろう」 「まさか、総統?ご自分の昇進の為に、総攻撃をなさる気で?」 「な、何を言っているのかね?ラッシール君!そんな訳は無いだろう。わしは只、このまま指を咥えて見守るのも切ない話だと言っておるのだ!」 「ハッ!失礼しましたベーリック元帥総司令!」 「それに我々が何もしない内に、奴らがエネルギー補給を済ませて、突然、総攻撃を仕掛けて来たらどうするかね?ラッシール君。奴らは我々とは違って、宣戦布告などその艦隊の総司令で即決が出来るのだぞ」 「それは困ります!」 「だろ?だからわしは、ガルバラス中将のペテルギウス守備艦隊を奴らの拠点に送って、奴らがこの宙域まで出張った理由を問い質す積りなのだ。そして奴らがどんな回答をしても、それは信じられないと言う理由で威嚇砲撃を行わせる」 ベーリックはそう言うと、一際、葉巻の大きな煙を空中に吐いた。 「威嚇砲撃ですか?総司令!それは敵同盟軍を可成り刺激してしまいますね」 発言を控えていたライプニッツだったが、堪え切れずに自分の感想を述べた。 「そうだ。奴らを威嚇砲撃で挑発するのだよ。その挑発で奴らが全面撤退をすれば、双方に取って最もハッピーな結末に成るな。わしの大元帥昇進も微妙には成るが・・・だが、若しもだ!若し奴らが挑発に乗って攻撃でもして呉れたら最高のシナリオだ!我々は防衛戦と言う事に成るから、大銀河憲章上も堂々とエネルギー切れの敵軍に総攻撃を加える事が出来る訳だ」 「成る程!ペテルギウス守備艦隊を囮にする訳ですね?」 ラッシールはそう言ってしまってから、自分の失言に気が付いて慌てて口を両手で塞いだが、既に時は遅過ぎた。 「囮とは聞こえが悪いな、ラッシール君。先陣部隊にはその様な役割も、当然、持って居るとは思わないのかね?」 「ハッ!そう思います。ベーリック元帥総司令閣下!閣下が仰る通りでございます!ところで自分は敵艦隊の動向を引き続き監視したいので、この辺りで失礼致します!」 ラッシールは自分の旗色が悪い事に気が付いて、逃げる様に総司令室から去って行った。 「ライプニッツ君はここに来たばかりだから知らないと思うが、先刻までここに居たラッシールは、君の前任参謀総長のお気に入りでな。彼が強引にラッシールの准将昇進と参謀次長就任を決めてしまったのだよ。あんなおべっか男の何処が良いのか?君にも無能な副官を与えてしまって苦労をかけるな」 ベーリックはそう言うと、大分短くなってしまった葉巻を灰皿に押し付けて火を揉み消した。 「いえ、総司令。ラッシール准将は年下の私にはへつらいませんし、仕事振りは至って熱心な上に、小まめな報告を怠りませんので助かっています」 「そうか?そう言って呉れれば、わしも少しは気が楽に成るが。ラッシールにはああ言ってしまったが、威嚇砲撃を行うならガルバラス中将の了解も取って置く必要が有る。彼はわしと違って、叩き上げで中将まで成ったライツ軍切っての猛者将軍だ。その上、わしよりも年上だしな。正直、彼は苦手なタイプだが今はそうも言っておれない状況だ」 「ガルバラス東オリオンの腕守備艦隊司令に連絡を入れましょうか?」 「そうだな、そうして貰おうか?何しろ我々には余り時間が残されていないので、拙速は駄目だが熟慮後の即断は必要だ!」 「御意!」 ライプニッツは旗艦の船首部に有る大艦隊通信総センターに連絡を入れて、ガルバラスを呼び出した。 「何か自分にご用でしょうか?総司令」 総司令室のモニター画面に、ガルバラスの顔が大写しに成った。 相も変わらぬ、敬意の欠片も感じられないガルバラスの慇懃無礼な口調に辟易したベーリックだったが、ガルバラスの了解が必要だったので、その作り笑顔は崩さなかった。 「ユウカ様の捜索活動等で気忙しい時に済まぬな。実は君に相談が有って呼び出したのだ。それはネオルシフとニビリアンズ同盟軍の件だ」 「総司令、彼らは90日後に地球に近い宙域に到着すると言うお話でしたね。我が守備艦隊もユウカ様とマヤ様の捜索と並行して防衛戦線を張る準備は進めております」 「うむ。ユウカ様とマヤ様の捜索は確かに優先すべき案件では有るが、ここに来て同盟軍の動きに変化が有ってな。私も困っているのだよ」 「同盟軍の動きに変化が?」 「そうだ。奴らはエネルギーの消費量を無視して連続ワープで地球の宙域に急接近して来ているのだ。この分だと15日後にはハロ座のボナーヌ星系に到着してしまう」 「何と!そんな事をしたら、同盟軍はエネルギー切れの無防備な状態で我々の前に姿を現す事に成るのに、一体、何故?」 ガルバラスは内心、ペテルギウス守備艦隊に取って厄介な事態に成ったと思ったが、総司令室のモニターに自分の顔が映し出されているので、努めて平然とした顔付きを装った。 「我々もその目的は分からない。だが恐らく奴らは、我々が無抵抗な艦隊に攻撃を加えないだろうと考えている筈だ」 「敵の到着が早く成った分、我が守備艦隊がエリダヌス座イプシロン星東側宙域に展開する時期も早めろ!と総司令は言われているのですね?」 「その通りだ。奴らは連続ワープに依って消費したエネルギーを、ハロ座ボナーヌ星系の天然フォトンで回復させると私は見ている」 その後、ガルバラスはベーリックから、彼が考えている一連の作戦を聞かされた。 ベーリックが、守備艦隊の了解を欲しがっている事をガルバラスは直ぐに見抜いた。 だが仮に固辞してもベーリックは、今度は命令と言う形で服従させる筈なので、ここは前向きなニュアンスで一旦保留にしたいとガルバラスは考えた。 「現状と作戦の概要については理解しました。これから至急、ユウカ様達の捜索隊とアンチャラプレーン開口部を警備する最小限の部隊数を検討した上で、エリダヌス座に向かえる戦闘艦数をご報告しますので、ここで一旦、通信の方は切らせて戴きます」 「そうだな。急な話だし、そちら側にも色々と都合が有るだろうから、又、後ほど私に連絡を入れて呉れ給え。何れにしても、君がこの作戦に前向きで安心したよ。頼りに成る将軍は君しか居ないからな、ワッハッハ」 ベーリックが高笑いをしている顔を見ると、ガルバラスは胸糞が悪く成って早々に自室のモニター画面を切った。 「同床異夢のネオルシフとニビリアンズが、史上初めて同盟を実現させた艦隊だ。秘策の用意も無く無防備な形で我々の眼前に現れる筈が無い!」 ガルバラスはベーリックから状況を聞いた時に、最初に感じた懸念を独りで呟いた。 「フライズ軍との戦闘は、本隊が到着するまでの間、時間稼ぎが出来る部隊が我々しか無かったので全滅までも覚悟した。だが、今回はその時とは全く違う」 ガルバラスは更に呟きを続けた。 「我々の10倍の規模を持つ本隊が近くに居るのだ。そして同盟軍は明らかに地球を意識して軍事行動を起こしている。それならば当然、地球の防衛は本来的にはオリオン大連合艦隊が行うべき使命だ」 故に、敵との戦闘と後始末は責任艦隊に任せて、我がペテルギウス守備艦隊は少しでも危なく成ったら迷わず戦場から撤退しよう!とガルバラスは覚悟を決めた。 「折角、リルジーナ様やユウカ様から助けて貰ったこの命だ。無残無惨、大連合艦隊の身代わりで隊員の命を散らして成るものか!後々、俺がが降格処分を受けたって構うものか!撤退だ!絶対に撤退するぞ!」 ガルバラスは、今度は呟きでは無く大声でそう叫んだ。 ←ここをポチっと押して戴けると、この作者は大変喜びます。 ←PVランキング用のバナーです。ここもプリっと押して戴けると、この作者はプウと鳴いて喜びます。 ファンタジー・SF小説ランキング →ここまでグニュ~と押して戴けると、この作者はギャオイ~ンと叫んで喜びます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2023.12.18 23:28:19
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