三浦半島プチ散歩 三浦海岸駅~金田港 大河ドラマ鎌倉殿の13人 主役 北条義時の親友 三浦義村在所を訪れる   

プチ散歩
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こんにちは!夢の車中泊を実現するために、様々なことにトライしている還暦過ぎたおとっつあんです。愛車となる予定の軽キャブコンのオハナとともに、日本各地を巡り車中泊を満喫していこうと夢みています。

今回は私が住んでいる三浦半島周辺を巡るプチ散歩コースを読者さんにご紹介したと思います。

散歩コース紹介

三浦半島は神奈川県南東部にある半島で、太平洋に突き出て東京湾と相模湾を二分しています。

中央部の丘陵に登ってみると両サイドに海が望め、壮大な景色に心動かされます。

東京湾では大型タンカーや小さな漁船が行き交い、米軍空母ロナルドレーガンを見ることもあります。

また相模湾では、夕暮れ時に富士山の幻想的なシルエットが浮かびます。

読者さんに三浦半島をよく知っていただくため、歴史、特にその土地の言い伝えを語りながら、食と自然を巡り、3~4時間で6~7キロのプチ散歩コースを紹介します。

一度、三浦半島に訪れてプチ散歩をしてみてはいかがでしょうか。

三浦海岸駅から金田湾へ

まずは、三浦海岸駅を起点に金田湾までのプチ散歩コースです。訪れる場所は次のとおりです。

三浦海岸駅 ⇒ 海防陣屋跡 ⇒ えん魔堂と岩船地蔵 ⇒ 十劫寺と笹塚不動 ⇒ 琴音磯 ⇒ 白山神社(横穴古墳) ⇒ 水間さま ⇒ 菊池左衛門重氏墓 ⇒ ビーチエンドカフェ ⇒ 金田やぐら群 ⇒ 金田港 ⇒三浦義村墓

訪れる場所の間には、グーグルマップに道順や所要時間、距離を掲載していますので参考にして下さい。

この散歩コースを歩くと約1万歩(6.3㎞)になりますので、ちょうど良い運動となります。

三浦海岸駅

三浦海岸駅は1966年に開業。駅前には早咲きの河津桜が植えられ、2月初めから3月上旬まで三浦海桜まつりが開催されます。4月中旬には改札内天井に多くのツバメが子育てのために巣をつくります。

海防陣屋跡

南下浦市民センターの敷地は、幕末江戸湾(現東京湾)防備のために陣屋が置かれていました。この陣屋は1847年に彦根藩によって設けられ、その後長州藩、熊本藩、佐倉藩に引き継がれた。まだ無名の武士にすぎなかった長州藩の桂小五郎(のちの木戸孝允)、伊藤修輔(のちの伊藤博文)が、二十一歳、十六歳という若き日に海防陣屋の衛士として勤めていました。

えん魔堂と岩船地蔵

えん魔堂
岩船地蔵

ガラス張りの中に鎮座するえん魔大王と岩船に乗った地蔵尊とがともに祀られています。この地蔵尊は次のような言い伝えがあります。その昔、土地の漁師が時化で船が座礁したときに、南無地蔵菩薩と念じたら風雨が納まり無事に岸に着けたそうです。以後、船出の無事を祈って地蔵尊を安置し信仰を深めたとのことです。

十刧寺と笹塚不動尊

十刧寺

十刧寺の左に笹塚不動を祀られていますが、秘仏として安置されているので残念ながら拝見できません。

笹塚不動

この不動には次のような言い伝えがあります。1567年里見氏が海を渡って来襲した際に、北条氏が三崎水軍を率いて迎え撃ちました。その時突然の荒天に襲われ、北条軍船は進退極まった。この時土地の豪族松原新左衛門が海岸に火を焚いて目標としたので、北条軍船は無事海岸に着くことができました。そして、風雨が治まった翌日に、ふたたび北条軍は沖の里見軍を攻め、大勝。北条氏康は、新左衛門の功をたたえて感状をさずけました。これを喜んだ新左衛門は、日頃信仰している笹塚不動尊で神楽を奏して、さずかった感状を披露したとのことです。

マカセ漁師の墓

寺の右側にマカセ漁師の墓があります。マカセ漁は、マカセ網という大型の網を使って行う漁法で、江戸時代初期(1630年代)に紀州(和歌山県)に住む人々がこの土地に移住してこの漁法を伝えました。マカセ漁はおもにイワシを漁獲するための漁法で、捕れたイワシは食用でなく、干鰯(ほしか)にして肥料として使われました。干鰯は地元で使われず、そのほとんどが干鰯問屋を通じて江戸に運ばれました。

琴音磯

琴音バス停で国道215号を横断すると真正面に東京湾が見え、この周辺を琴音磯と呼んでいます。この琴音磯にまつわる伝説が残っています。戦国時代、新井城主の三浦道寸義同が家来の菊名左衛門重氏を伴っての猟の帰り道、琴の音が聞こえてきました。音に魅せられて歩むと、琴の音だと思っていたのは海中から湧き出る清水の響きでありました。見入っていると、そこから観音様浮き上がってきたという言い伝えがあります。このことからこの磯を琴音磯を呼ぶようになりました。なお、浮き上がってきた観音様は近くある法昌寺に現在も祀られています。

白山神社(横穴古墳)

白山神社の裏手に横穴古墳があります。玄室は奥行5.4m、幅2.7m、高さ1.78m。天井は切妻造風で、柱や棟が浮き彫りにされて、正式名称は切妻造妻入形横穴古墳というそうです。三浦市の史跡で、奈良時代の豪族の墓だと言われています。

水間さま

東京湾に注ぎ込む小川、仲川の源であり、祠の下から清水がこんこんと湧き出ています。この水間さまは次のような伝説があります。琴音磯でも登場した菊名左衛門重氏の娘に赤子が生まれたが母乳が出ない。山の中の小さな祠に百回目の願掛けを終え館に帰る途中、のどが渇きこの泉を飲んだ。館に帰った娘は乳を欲しがって泣く赤子に涙ながらに出ない乳房をふくませたところ、 不思議なことに久しぶりに母乳をおなかいっぱい飲んだ赤子は満足して母のふところに抱かれて やすらかに眠りました。娘の喜びはこの上なく重氏家族の大きな喜びとなったのでした。 この話はたちまち近郷に知れわたり、多くの若い母親たちは乳を求めてこの泉に集まりました。 いつの頃からか小さな祠が建てられて「水間さま」と呼ばれ、水神としてあがめられています。

コース上に菊池左衛門重氏墓が掲載されていますが、丘陵上にある墓まで行く道が悪路のために今回はご案内を控えました。

ビーチエンドカフェ

ビーチエンドカフェは2020年4月29日にグランドオープンしました。俳優の山下真司さんが来店したことがあるそうです。このお店は三浦野菜と海の幸をふんだんに使用した地産地消のカジュアル・フレンチを提供してくれます。

ビーチエンドカフェから金田やぐら群までは2通りのルートがあります。海沿いのルートは歩道がなく車の往来が激しく危険なので、登坂になりますが山道コースを選んでください。

金田やぐら群

国道135号沿いに東京湾に向けて大きな口を開けたやぐら群があります。少し分かりづらいが、中には五輪塔を納めたやぐらもあります。やぐらとは中世の武士のお墓のことです。詳しくは鎌倉時代後期から室町時代前期(13 世紀後半~15 世紀前半)かけて造営された横穴式
墳墓窟で、鎌倉や三浦半島に集中しているそうです。

金田港

金田港には朝市が有名で、毎週日曜日の5:50から始まり商品が無くなり次第終了します。新鮮な魚や朝採れ野菜、名産品などを販売しています。また、併設しているレストランKANEDAでは、おまかせ定食、フライ定食、刺身定食、まぐろ丼、カレーなどの料理を提供しています。なお、営業時間は平日、土曜日(月曜日は定休日)は11:30~14:45、日曜日は6:00~8:00。季節によって営業時間が変わるので、確認してからご利用して下さい。

三浦義村墓

岩浦八坂神社の手前には、三浦一族の中で隆興を極めた三浦義村の墓があります。鎌倉時代初期に活躍した人物で、領内の開拓に勤しみ領民から慕われた半面、いとこや弟を裏切り、鎌倉二代将軍頼家の息子公暁を殺めさせた権謀家として京の貴族までに知れ渡っていました。

最後に

帰りは三浦義村墓の近くに岩浦バス停がありますので、ここから三浦海岸駅行きのバスに乗って戻れます。

三浦海岸駅までの所要時間は15分、1時間当たり1~2本のバスが運行されています。

このプチ散歩コースはいかがでしたでしょうか。

この他にも散歩コースがありますので、順次読者さんにご紹介いたします。

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コメント

  1. melemelemabitto より:

    目次があって、写真やマップ付きの説明がありとてもわかりやすいです!
    三浦半島は行ったことがないですが、ゆったり散策できそうな場所ですね!

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