横綱照ノ富士関の活躍、優勝は見事でした。
4場所休場したあとの出場ということで、正直なところ、15日間持つのかどうかさえ危ぶんでいただけに、見事な復活ぶりを見せました。
初日、〝照ノ富士、土俵に上がり続けてくれ、出ると決めた以上、やるしかない〟と書きました。
加えて、力士の〝華(はな)〟は現役で相撲を取ること、相撲が好きというなら土俵の上でその〝その華を咲かせてくれ〟とも。
毎日、人びとに注目され、照明を浴びるチャンスは、現役時代しかありません。
照ノ富士関も15日間土俵に上がり続けて、そのことを改めて実感したんじゃないですか。
今後も可能な限り土俵に上がって、後に続く力士の壁になり、乗り越えようとする後輩たちにハッパをかけ続けてください。
話は一転。
千秋楽、大関貴景勝は照ノ富士に一蹴されましたが、14日目の相撲は、実に見苦しかった。
関脇若元春を相手に、左右から激しい張り手を繰り出しました。
あのビンタを〝貴景勝の闘志の表れ〟と評する人もいます。しかし自分はそう思いません。
最近、〝信頼は地に落ちた〟と盛んに口にする政治家がいますが、まさに〝地に落ちた大関〟丸出しでした。
いまヨーロッパなど外国で日本の相撲が注目され、ファンが広がっていると聞きます。
既存の格闘技は、殴る、蹴るはもちろん、危険性がエスカレートしています。
それにへきえきしたスポーツファンが、まわし以外何も身につけず、鍛えた体と技だけでたたかう相撲に目を向け始めているのだそうです。
最近、外国人の相撲観戦が広がっているのも、そうした反映かもしれません。
まるでチンピラのけんかのような、怨念しか生まない相撲は、そうした新しい相撲ファンをがっかりさせるだけです。
勝つためなら何をやってもいい、というのは、大関として少々恥ずかしいし、時代遅れじゃないですか。
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