スーパーハラスメント義父に呪いをかけられた話⑫
前回のお話はこちら
モラ夫の浮気が発覚した後、体調不良を理由に義父からの電話をしばらく断っていました。
数か月が過ぎたころ、義父の認知症と肝硬変が悪化してほぼ寝たきり状態になった、と義母から連絡をもらいました。
連絡を受けた後に一度お見舞いへ行ったのですが、ベッドにはやせ細り人とは思えないくらいに土気色になった義父が横たわっていました。
そんな状態でどうして入院しないのかと不思議でしたが、はじめに体調を崩して入院したときに「もう今後は絶対に入院しない」と宣言して、医師や家族の説得にも応じず最期まで自宅で看取って欲しい、と言って頑なに入院を拒んでいたそうです。
「おお、おお」
目を細めてモラ夫と娘を見つめる義父。
最初からそうしてくれてたら。
ここにはもう一人、孫がいたかもしれない。
いまとなっては後の祭りですが、弱々しく横たわっている義父を見て、何とも言えない気持ちになりました。
それからさらに時が過ぎ…
「お父さん、とうとうダメかもしれない」
義母の声は震えていました。
急いでモラ夫に連絡をして義実家へ。
到着した時、ちょうど主治医が帰るところでした。
自宅で看取る場合、主治医に死亡診断をしてもらわないと警察沙汰になることがあるそうです。
「アンタたち、間に合わなかったよぉ」
義母は涙声で私たちを招き入れました。
ベッドには、相変わらず顔色の悪い義父が横たわっていました。
うっすらと口を開けているけど、呼吸はしていない。
そこにいたのは「生きた人」ではなく「死体」でした。
亡くなった義父を囲んでみんながすすり泣くなか、私は何の感情もわかずに戸惑っていました。
義父が死んでもきっと泣けないだろう。
それはずっと前から分かっていたことでしたが、少しは「悲しい」とか「せいせいした」とか、なにかしら感じるものがあるはずだと思っていたのですが、怖いくらいに冷静な自分がそこにいました。
義父から暴言を吐かれていた頃は
「早くいなくなって欲しい」
「消えてくれたらスッキリするだろうな」
と考えてたけれど…
義父がいなくなったからといって、私の傷が癒えることはありませんでした。
といっても、まだ亡くなってから日が浅いので、もう少し時間がたてば少しずつ変わってくるのかもしれませんね。
亡くなった人の悪口をネットに晒すのは気が引けるので、このお話はここで終わりにいたします。
落ち着いたら思い出話として「あの頃こんなことがあって…」と、また愚痴りたくなるかもしれません。
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つまらない話にお付き合いいただき、本当にありがとうございましたmm
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