序章
響く歪んだ音色の向こうで 2
「ちかおだくん!」
突然の掛け声に内心びっくりしたが
表情には出さず振り向くと
そこには同級生の女の子が立っていた
あまり他人と話す事がないその少年は
まだ同級生全員の名前を覚えていないのだが
彼女は覚えていた
入学式の後の教室での自己紹介で彼女は
「特技はピアノです」
と語っていて
ピアノを弾く異性に
何となく憧れている少年には眩しい存在だった
年齢を経た者から見たら
初恋
の生まれた瞬間とでも言うのだろう
だが少年には他人と彼女との違いは
はにかむくらいの変化であり
恋
の何たるかはまだ経験してないから
自分自身で自覚さえしていない
「そのレコード、何?」
「あ、あの、これは先輩から
聞いてみな
と言われてお借りしたもので
僕もどんなものなのか全くわからないんだ」
「ふぅん、でもなんか
カッコいいジャケット写真だね。」
「そ、そ、そうだね。」
そのレコードのジャケット写真は
砂浜に赤い外国の車が写っており
その下にその歌手の生まれた年が記されている
赤や青が溶け込んでいる背景と相まって
成り立ての中学生から見たら
少しお洒落な雰囲気を醸し出していた
「誰のレコードなんだろ?」
「せ、先輩のだよ」
「あはは、違うよ
歌手の名前を聞いてるの」
屈託のないその笑顔と笑い声は
その少年の生涯の宝物になり
彼の戦う理由の一つともなる
「あ、あ、はは。そ、そうか、
え~と」
二人はそのレコードジャケットに
クレジットされた名前を見つめた
SHOGO TAKAMIZAWA
「高見沢省吾?」
「知ってる?」
「ごめんね、あたし、知らない」
「うん、実は僕も全く知らないんだ」
「売れてないよね?
売れてたら名前くらいはわかるもん」
「だ、だよね」
先輩から借りたレコードを
片手に持って帰宅する途中の出来事だった
笑顔の主は令条美佳
少年の名は愛織田裕次郎
まだ13歳になる年の
桜も散りはじめた春の午後である