序章


響く歪んだ音色の向こうで 3




















「ただいま...」


いつからだろう


誰もいない家なのに

返事をする者などないのに

ただいま

と言うようになったのは...


父を幼い時に病気で亡くし

母は泊まり込みの家政婦として働きだして

親のいない生活が当たり前だった


年の離れた兄は

ほとんど会うこともないまま

士官学校に入学し全寮制なので家を出て行き


これまた年の離れた姉とはその後に

競馬の騎手になるために競馬学校に入学し

こちらも全寮制なので兄と同じく家を離れた


考えてみれば家族全員が揃った日々は

ほとんど記憶のない幼い頃で


父が亡くなった後にも

父以外の家族全員が揃った日は

あまりなかったように思うし

もしかしたら今後もない気がする


それを他人から


淋しい?


と問われたら

恐らくは淋しくはないと答えるだろう


事実、本気でそう思っているのだ


なにせ

気がつけば母とも姉とも兄とも

あまり会話をした記憶がない。


そしていつからか

会うことも少なくなり

それが普通になっていたのだから。


むしろ思春期に突入し始めの最近では

居心地の良ささえ感じてもいる


ただ

あまり丈夫なカラダではなく

よく風邪をひき熱を出してしまう時は

誰か傍にいて欲しいとは思うが...


そんな裕次郎にとっては平凡な毎日が

蓄音機にセットした一枚のレコードによって

今破られようとしていた






高見沢省吾のアルバム

「時は流れても痛みは消えない」


その一曲目の

「憎しみと怒りの一瞬の閃光」


このイントロダクションの

歪んだギターリフを聴いた瞬間

裕次郎は血が逆流するほどの衝撃を受けた



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