よく晴れたある日のグリア国。コンコンコンッと誰かがヴァルの部屋をノックした。
「ヴァル!準備出来たの?」
綺麗なドレスを来たアローレンが、ヴァルの部屋を覗き込んだ。
「ちょっ、ちょっと待って!」
ヴァルは、鏡を覗き込みながら、正装にてこずりながら着替えていた。
「もう、何してるの…ほら、こっちむいて」
くるっと鏡に背を向けさせられると、アローが手伝ってくれた。やってもらっている間、ヴァルはなんだかとても照れくさいような恥ずかしいような気分で、なんとか気を逸らそうとした。
「母上」
「ん?」
「…ありがとう…」
気を逸らそうとしても出てきた言葉は、それだった。
「はい!出来た!って、ふふ。何赤くなってんのよ」
「別に…」
「?」
「恥ずかしいんでしょ?やってもらった事が無いから。ね?兄さん」
ドアの方を見ると、ゲイルがニヤニヤ笑って立っていた。あの後、ゲイル一家は小さな子供達含め、それぞれグリア国の兵士や民の家で、引き取られ育てられる事となった。ゲイルともう一人小さな女の子は、エドルフ夫婦の養子として引き取られ、ゲイルはヴァルの弟になっていた。
「ゲイル…」
「何?」
「もう1回、兄さんって呼んで」
「はぁ!?やだよ、気持ち悪い!」
「良いじゃないか!減るもんじゃない!」
ヴァルは、ずっと欲しかった兄弟が出来たので嬉しかった。
「それより、ずっとエリトアが、部屋で待たされているんだけど?綺麗なのにな~見たくないのかな~?」
「み…見たい!」
ゲイルにとって、ヴァルはからかいやすい兄で、この素直な兄が好きになった。
グリア国の民は、城の中庭に集まっていた。中庭では、結婚式の準備が終わり、後は主役の登場を待っているだけ。ロジもセドロも今か今かとソワソワして待っていた。
「それにしても、アローレン様は、何度見ても若々しい」
「居なくなられた頃とお変わりが無い。見ていて惚れ惚れとしてしまいます」
「これ!失礼ですよ!」
民の何気ない会話をマルコが、止めた。
「マルコさん、あの方達は?」
「国王様・王妃様のご両親と、ご親族の方々だ」
中庭には、フレッド・アイリーン・パシャ・ディラン・ハドルが来ていた。
「今ごろ、ハーマン達は、悔しがっているだろうね」
「あまり怒らせること言うなよ。ハドル」
「…分かってるよ…」
「ハハッそっか」
ディランが笑った時、音楽隊が、高々と管楽器を吹き鳴らした。中庭にヴァルがエリトアの手を取り現れた。
「まぁ…なんてお美しい…」
「あんな顔のヴァル様、初めて見たかも…」
ヴァル達は、フレッド達に挨拶をすると、民が左右に分かれて作った道を、民に笑顔を向けながら、前の方へ進んでいった。左前の方には、あれから少し太ったエドルフが、横にアローレンを連れて立っていた。ヴァル達は、エドルフ達にお辞儀をする。続いて、レイグとジャス、エイツとミレーヌが姿を現した。それぞれ、ヴァル達の両脇に並んだ。
「合同結婚式か…今、どんな気持ちだ?」
6人を見つめながら、ニコラスは隣に立つカーンを見た。
「すっごい幸せ」
満面の笑みをカーンは見せた。
「俺の式にも来てくれよ」
ニコラスは、ケイトにプロポーズの承諾をもらっていた。
「分かってるよ」
笑顔が溢れる式は、滞りなく進んだ。誓いのキスが終わると、一気にお祭り騒ぎへと変わった。『花嫁はたくさんの子供を産むように』と、女達に卵を投げつけられドレスは酷く汚れた。が、3人の花嫁達は喜んでぶつけられ、互いにもぶつけ合った。花婿達は、男達に担がれ、耕したばかりの畑に投げ入れられて全身泥だらけになった。これは、『よく働く夫になれ』と言う意味があった。祝われる側も祝う側も、ドロドロのグチャグチャになっていた。
「わぁ!綺麗!」
空から、たくさんの花が雪のように降ってきた。あのドラゴンのロンが、たくさんの花を入れた大きなカゴを足で持って、上空で飛んでいた。カゴに入った花は、ノーランの国の者達が集めてくれたものだ。
「おっと!」
少し強めの風が吹き、一部の花が遠くに飛んでいった。皆、一通り騒ぐと、着替えてまた集まり、今度は、飲めや歌えやの大騒ぎ。結婚式は大盛り上がりで時間はあっと言う間に過ぎていった。
「コカ…見ているか。あんな幸せそうなあの子の顔…見せたかったなぁ」
少し離れた場所で、リドーは、コカの墓に酒をかけて話していた。
「カーン」
まだ外ではお祭り騒ぎが続いている。そこをこっそり出て、家に戻ったカーンをリドーは見逃さなかった。
「あれ?祭は?」
荷造りしながら、苦笑するカーン。
「そんなところまで、親父の真似か?」
リドーが笑いながら言う。
「行くんだろ?」
「うん」
「バイル族の生き残り探しか…」
「親父がずっとやっていた事だ」
リドーは、カーンの頭を撫でた。
「なら、ちゃんと約束は守れよ」
「3か月ごとの手紙だね」
リドーが頷くと、カーンも頷いた。
「もし届かなかったら、探し出して連れて帰るからな!で、二度と国を出れないようにしてやる!」
「あはは!分かったよ」
リドーは、何度も何度もカーンの頭を撫でた。
「お前の帰る場所は、ここだからな」
「うん」
カーンが頷くと、リドーは家から出ていった。
「…」
カーンは、ニット帽を取り出した。それは、名乗らなかったあの死神の物だ。
戦争の終わったリースター国で、カーンは少し困っていた。
「え?」
レイリーは名乗らず、ただニット帽をカーンに被らせた。
「お父さんからの伝言だ」
そう言うと、レイリーはカーンを抱きしめた。
「生まれてくれてありがとう」
そう言って、カーンから離れた。珍しく歩いて遠ざかっていくレイリーを見送っていると、その隣にうっすらと人の姿が見えた。
「あ…」
レイリーの隣に居たのはコカの姿だった。コカは、カーンに笑顔を向けると手を大きく振った。
『また会おうね!』
レイリーとコカは、優しい笑顔をカーンに見せ、姿を消した。
「ねぇ、リドー」
会場に戻ってきたリドーを見つけて、アローレンがエドルフを連れて話しかけてきた。
「これ、私達が持っていて良いの?」
それは、二人が嵌めている結婚指輪だ。
「リドーのご両親の物だもの…ジャスに渡した方が良いんじゃない?」
エドルフとアローレンが結婚した時に、二人に渡した。
「いや、良いんだ。それは、お前達が持っていてくれ」
微笑むリドーに、夫婦は笑顔で頷いた。
死神達は、ルカとの約束を守った。各国に染み込んだ『悪い情報』を消して廻った。
「メル」
「はい」
最後の国の浄化を行った時、ゼンはメルを呼んだ。
「今までご苦労だった。我々死神の中で、唯一、一度も死なずに仲間になったのは君だけだ」
「…」
「我々は、これを最後にあの世へ行く」
メルは、深々とゼンに頭を下げた。
「お疲れ様でございました」
「お前は、これからどうする?」
なんとなく分かってはいたが、いざお別れの挨拶となると言葉が詰まる。
「…分かりません。ただ…みんながやってきた事が無駄にならないように、この世界を見守りたいと思います」
「そうか…」
そう言うと、ゼンは自分の杖をメルに渡した。
「私が今までやってきた記憶がこの杖に刻まれている。何か有ったら、この杖と相談しなさい」
「はい。ありがとうございます」
メルが顔を上げた時には、すでに皆の姿は消えていた。
「大丈夫ですか?」
呆然とし涙を流すメルの背後から、アレクが姿を見せた。
「帰りましょう」
カケルの背に乗り、組織の村へと向かって飛び立った。
数年後。
「じゃぁ、行ってくる」
ドリバーは荷物を持ち、馬に跨った。その横に黒猫を肩に乗せたデオラが居る。
「ルカ、気を付けてね」
大きくなったルカが、大きな白蛇を肩に馬に乗って現れた。その姿は、創設者ブラックゼン・ハートによく似ていた。
「大丈夫よ」
サラスとターナーが心配そうに見ているのを、娘は困ったように笑ってみせた。
「行ってきます」
3人は悪魔退治の旅に出ていった。黒いモヤは相変わらず人間達から出ていた。それを浄化する旅だ。そして、ルカの修行の旅。手を振っているサラス達の足元に、黒猫達が寄ってきた。
「あら、お腹が空いたのかしら?」
優しく抱き上げる。あっちにもこっちにも黒猫が居る。大人しい子、喧嘩っ早い子、元気よく走り回る子、警戒心の強い子。
「やれやれ…ここは、いつから猫の家になったんだ?」
猫の多さに呆れながら、自分の膝の上にいる黒猫を撫でながらフレッドは言った。
「食べさせるモヤを集める方が大変だな」
クスクス笑ってしまう。
「え?もう一回見せて!」
「もう一回!もう一回!」
子ども達が、地面に座っているリドーを囲んでいる。
「よーく見てろよ」
リドーは、銀のスプーンを子ども達に見せた。爪で弾くと、硬い音がする。が、次の瞬間、枯れた花のようにグニャッと勝手に頭を下げた。手で曲げたわけではない。ただ片手で持っていただけ。
「え?なんで?なんで?」
子ども達はその曲がったスプーンを何度も触った。が、硬い。
「潜在意識だよ。君達」
「え?せんざい…?何それ?石鹸?」
首を傾げる子ども達にリドーは、少し困ってしまう。それを、見ていたアローレンがクスクス笑いながら寄ってきた。
「思い込みの事よ」
「思い込み?」
近くに座ったアローレンの膝に子ども達が乗る。
「スプーンがすっごく硬いって、みんな思っているでしょう?」
「うん」
「それをね、『スプーンはすんごく柔らかい物なんだ』って自分に言い聞かせるの」
「そしたら、出来るようになるの?」
アローレンは頷いた。
「リドーおじいちゃんは、出来るまでどれぐらいかかったのかしらね?」
「え…と…5年?」
「え?そんなにかかったの?」
5年間、スプーンは柔らかいと将軍が自分に言い聞かせられるほど平和な世界。
「みんなは、もっと早く出来るようになるかもね」
アローレンの言葉に、子ども達は目をキラキラさせて頷いた。
「………」
子ども達は、目の前の広場を駆け回っている。
「孫が可愛い?」
「それは、お前もだろ?」
2人は顔を見合わせ、ほほ笑んだ。
「あ!父上!!」
「お母さん!」
そこにヴァル夫妻とレイグ夫妻が来た。
「良い子にしてたか?」
ヴァルは、息子を抱き上げた。
「お帰りなさい。どうだった?」
笑顔で見上げるアローレンに、ヴァルは微笑んだ。
「すごかったよ。まさか五つ子を見られるとは思わなかった」
「伯父になったザダが、王妃の手伝いをしていたんだけど、すごいバタバタしてて、笑っちゃった」
「あれは、毎日が戦争ね…」
「あらら、そんなに大変そうだったの?」
アローレンの問いに、エリトアは苦笑しながら頷いた。
「よし!私が行って手伝ってくるわ!」
「え?」
「よしなさい。子育てした事が無いヤツが行っても、足手まといだ」
そこに、エドルフがやってきた。
「まぁ!酷い言い方ね!」
「子育てをした事がある侍女達が手伝うだろ?お前が行くことは無い」
アローレンは、やりたくて仕方が無いのだ。孫の王子の事も手伝いたかったが、この子はこの子でまったく手がかからなかった。
「エリトア!お願い!」
「バカか!孫は、お前のおもちゃじゃない!」
「そんな事分かってるわよ!だけど、育てたいんだもん!!」
「じゃぁ、産めば良いじゃん?」
ヴァルの何気ない言葉が、二人のケンカを止めた。
「え?」
二人とも、少年少女のように顔を赤くして固まった。
「産むだなんて…もう年だし…」
「それ、思い込みなんじゃない?」
ヴァルの言葉に、アローレンは戸惑っている。
「だけど、この年で無事に産めることなんて稀よ」
「そう思っている人がそうゆう結果になるんだよ」
また、ヴァルは思い込みだと言った。
「母上は母上だ。他人の結果に自分が合わせる必要がどこに有るの?」
他人の評価や経験で、自分の可能性を0と決めつけてはいけない。
「………」
アローレンは、じっとこちらを見ているエドルフを見た。
「……何年ぶりかで、緊張するから……」
「うん」
「待っててくれる?」
「うん」
微笑んだエドルフに、アローレンは嬉しそうに頬を赤らめた。
「お父さん、持ってきたよ」
オメルが、セタの実と葉を持ってオーガスの診療所へ来た。
「ああ、ありがとう」
オーガスは、オメルの横に居るオオカミにミルクを持ってきた。
「助かるよ」
オーガスは、何度か自分でもセタを育ててみようと挑戦してみたが、根付く前に全てダメになっていた。
「王様がオオカミ達に居住地をくれたから、みんな安心して暮らせているよ」
居住地のお礼に、毎月、オオカミ達がセタの実や葉を供給してくれる。
「お前は?元気か?」
オメルは、血の呪いを解いた後も動物達の感情だけは分かった。どこが痛いか、お腹が空いているのか、何に腹を立てているのか。多少残った能力だ。オメルは、それを使って、獣医になった。国で飼っている馬や家畜達の体調管理や、怪我をした野鳥や動物達の治療をしていた。
「まぁ、診察が少ない方が僕は嬉しいけどね」
「そうだな」
対象が違うが、親子で医者になった事をオーガスは嬉しく感じていた。
「はぁ………平和だ………」
深い森の中。瞑想していたカーンは静かに目を開けた。
「………」
その隣では、メルが手を合わせ太陽に向かって祈りを捧げている。
「………」
キラキラとした光る粉が大地から舞い上がっている。カーンは、その大地にゴロンと体を投げ出した。キラキラした粉は、カーンの体やメルの体の中に溶け込んでいく。
「気持ちいい」
まぶたが自然と重たくなってくる。狭まる視界に、真っ白なドラゴンが上空を通り過ぎた。
「………」
空を飛ぶカケルの上で、アレクも瞑想していた。自分の内側に有る世界へ、無償の愛と言う光のエネルギーを送る。
「全てが、最適最善。全てが愛で光だ」
そう内側に向かって言うと、体内の光の球がより一層強く大きく光った。
「これが世界」
自分の中にある世界が、目の前に現れる。自分の中の世界を安心や平穏で満たすと、目の前に現れる現象もそうなる。
「それぞれの世界を、それぞれが見たい形で見ている。自分は自分。それで良い」
アレクは、飛び続けるカケルの上でそう呟き続けた。
さて、ヴァルの愛馬である黒龍ロンは、ヴァル達のひ孫のひ孫がこの世を去るまで生き続けた。そして、グリア国の城の上で、石になってかこの世を去り、グリア国の守り神として愛され続けた。
終
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