前鋸筋の機能不全が生じてしまう原因を肩甲骨・胸郭のアライメントから考える

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前鋸筋の解剖学

前鋸筋(Serratus Anterior Muscle)は、第1肋骨〜第8・9肋骨から起始し、肩甲骨上角・内側縁・下角に付着する筋肉です。

前鋸筋

前鋸筋は、上部線維・中部線維・下部線維に分かれており、それぞれ付着部が違ってきます。

・上部線維:第1・2肋骨〜肩甲骨上角、前方へ走行
・中部線維:第2・3肋骨〜肩甲骨内側縁、前側方へ走行
・下部線維:第4肋骨以下〜肩甲骨下角、前下方へ走行

これら3つのうち、前鋸筋下部線維が最も強力に作用すると言われています。

支配神経は主にC5〜7であり、C4からの支配を受ける可能性もあります。

余談ですが、C5神経根は中斜角筋を貫通することもあるため、この部分において絞扼され神経障害が生じてしまう可能性があります。

前鋸筋の機能

主な機能は、肩甲胸郭関節における肩甲骨の前方突出(プロトラクション)・上方回旋・外旋です。

この動作は、胸郭が固定された状態における肩甲骨の動きになりますので、この逆である『肩甲骨が固定された状態における胸郭の動き』も機能としてはあるでしょう。つまり、胸郭を後ろへ引く動き(後退・リトラクション)の機能ということです。

脊柱のストレッチ・Cad&Dogの屈曲

その他には、安静時・動作時において、肩甲骨を胸郭に押し付け肩甲骨を安定させる機能を有します。また、僧帽筋と連動して肩甲骨上方回旋を維持し、頭上への動作を可能にしています。この時、解剖学的連結を有する肩甲挙筋・菱形筋とも協調して機能し、肩甲骨の上方回旋・下方回旋の動作を制御していることが考えられます。

さらに、肩甲骨が安定・固定されており、呼吸需要が高まった場合には、呼吸補助筋としても作用することが考えられています。骨運動としては、肋骨の外旋・後方回旋という動きになります。

・肩甲骨プロトラクション・上方回旋・外旋
・胸郭のリトラクション
・肩甲骨の安定化機能
・肋骨外旋・後方回旋させる呼吸補助筋としての機能

『肩甲胸郭関節の安定化 ≒ 前鋸筋』というくらい重要な筋肉ではありますが、機能不全に陥っているケースは非常に多いと考えられます。

既に機能不全となっている場合、単に前鋸筋をトレーニングしようとしても上手くいかないでしょう。それは、肩甲骨・胸椎・肋骨のアライメント、僧帽筋・菱形筋などの筋との協調性に問題が生じているために、前鋸筋の機能を発揮できない状況にあると考えられます。

そのため、今回の記事では、前鋸筋の機能不全が生じてしまう原因を考え、介入時に気をつけるべきポイントをまとめていきます。

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肩甲骨のアライメント

前鋸筋の機能を発揮するためには、肩甲骨のアライメントは非常に重要となります。

肩甲骨の模型

特に、肩甲骨の内旋は大きく影響していると考えています。肩甲骨内旋という動きに馴染みがない方もいるかもしれませんが、解剖学的正位から肩甲骨関節窩が前方を向き、肩甲骨内側縁が後方を向くような動きになります。

その他の肩甲骨の動きも影響してきますが、肩甲骨内旋位の症例は臨床上多く出会いますし、この考え方を応用していただければ他の動きも容易に解釈することが可能だと考えますので、今回は肩甲骨内旋に絞ってまとめていきます。

肩甲骨内旋

肩甲骨内旋は、いわゆる翼状肩甲骨(winging)の状態といっても良いでしょう。後方から見た時に内側縁が浮き上がっているように見え、側方から見た時には上腕骨が前方に位置しているため肩が丸くなっているように見えるでしょう。

想像しただけでも、このアライメントは良くないと感じていただけるかもしれません。
例えば、このアライメントのまま上肢の前方リーチ動作の練習などを行なったとして、「前鋸筋の機能を高める運動になるか?」と問われたら、答えは“No”となるでしょう。ただ肩甲骨内旋動作を強調させ、代償動作を強めてしまうことになりかねません。

これを修正するためには、肩甲骨を外旋させる必要があります。

「え?そもそも前鋸筋の機能が肩甲骨外旋じゃないの?」という疑問を持つのは当然です。もちろんその通りです。しかし、現状の内旋位の状態から、前鋸筋を活動させて肩甲骨外旋ができるのであれば、そもそも前鋸筋は機能不全に陥っておらず肩甲骨内旋位にはなっていないはずです。

何が言いたいのかというと、「肩甲骨内旋位では前鋸筋の活動を適切に促せる状況ではないので、肩甲骨内旋を抑制できる姿勢にしてトレーニングするのが良いのでは?」ということです。

つまり、相対的に肩甲骨外旋位にさせるよう姿勢を工夫して、トレーニングを行う必要があると考えています。

胸郭のアライメント

前鋸筋は肋骨から付着しているため、肋骨の状態にも影響を受けます。さらに言えば、肋骨と関節を構成している胸椎の影響も受けると考えられます。

胸郭を下から見た写真

肩甲骨の問題は比較的多くの方が考えていると感じますが、その時に胸郭の状態も一緒に考えると介入時の幅が広がるのではないでしょうか。

下記では、まず肋骨の回旋について、次に肋骨と胸椎を含む胸郭が前鋸筋とどのように関係するかをまとめていきます。

胸郭と前鋸筋の関係

前鋸筋は、呼吸補助筋として機能し、肋骨外旋・後方回旋の作用を有します。

肩甲骨が固定され安定した位置にあるとき、前鋸筋は肋骨を引き上げるのに役立ちます。これは通常の呼吸中に発生する事も考えられます。

例えば、椅子に座って肘掛けに腕を置いている場合、上肢はCKCの状態となり安定しやすくなります。この時に肋骨を引き上げ、吸気を補助するかもしれません。
もちろん、その他の吸気補助筋が活動することも考えられるため、前鋸筋に限った話ではないでしょう。

では、肋骨の回旋によって、なぜ前鋸筋の機能不全が生じるのかを考えていきます。

肋骨が過剰に内旋している場合、胸郭の拡張・伸展・同側回旋の制限が生じるため、肋骨を引き上げる事が難しくなります。さらに、肩甲骨は前傾・外転・内旋位となりやすいため、前鋸筋の適切な活動は得られにくいでしょう。この場合、僧帽筋上部が過活動する場合は肩甲骨上方回旋・挙上、肩甲挙筋が過活動する場合は肩甲骨下方回旋・挙上の代償が生じることが考えられます。

反対に、肋骨が過剰に外旋(リブフレア)している場合、前鋸筋は既に短縮位となっているため、適切な活動は得られにくいと考えられます。胸郭は縮小・屈曲・反対側回旋に制限が生じており、肋骨内旋の動きも制限されてしまうため、肩甲骨がプロトラクションするには不適切な状況であると考えられます。

実際に動作をするとお分かりいただけるかと思いますが、片側上肢のリーチ動作をする時に胸郭伸展・同側回旋の姿勢で行うと、十分に前方リーチ動作はできなくなります。反対に、胸郭屈曲・反対側回旋の姿勢で行うと、前方リーチが行いやすく収縮感も得られやすいでしょう。

このことから、介入時には矢状面・前額面・水平面の3平面における胸郭のアライメントを評価し、それとは反対の姿勢にしてトレーニングを行うと良いでしょう。
例えば、胸郭伸展・左側屈・右回旋位であった場合、胸郭屈曲・右側屈・左回旋位にて、右上肢を前方へリーチするような方法が良いかもしれません。

こちらの記事では、胸椎と肋骨の動きについて詳しく解説していますので、併せてご参照いただけますと幸いです。

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参考文献

  1. Kirsten Lung; Kayla St Lucia; Forshing Lui., Anatomy, Thorax, Serratus Anterior Muscles, 2021
  2. Neumann DA, Camargo PR. Kinesiologic considerations for targeting activation of scapulothoracic muscles-part 1: serratus anterior. Brazilian journal of physical therapy. 2019 Nov 1;23(6):459-66.
  3. 福島 秀晃, 三浦 雄一郎, 森原 徹, 鈴木 俊明, 肩関節屈曲・外転運動における前鋸筋中部線維の機能に関する一考察, 2011
  4. 五十嵐 絵美, 浜田 純一郎, 秋田 恵一, 魚水 麻里, 前鋸筋の機能解剖学的研究, 2007

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