司法試験予備試験に1年合格したペンギンの備忘録

司法試験予備試験に1年合格したペンギンの備忘録

文学部卒。元会社員。2019年夏頃から勉強を始め、2020年度の司法試験予備試験・2021年度の司法試験を通過しました。

この世に徒過していい期限はない

民事訴訟の控訴期限カウンター

  

控訴期限: 

 

【参照条文】

民法140条:日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

民事訴訟法95条3項:期間の末日が日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日、一月二日、一月三日又は十二月二十九日から十二月三十一日までの日に当たるときは、期間は、その翌日に満了する。

民事訴訟法285条:控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

※ 2週間は不変期間だが、例外として付加期間(民訴96条2項)が定められる場合がある。実務上、付加期間は第一審判決の主文に示される。

民事訴訟の控訴理由書提出期限カウンター

  

控訴理由書提出期限: 

 

【参照条文】

民法140条:(略)

民事訴訟法95条3項:(略)

民事訴訟規則182条:控訴状に第一審判決の取消し又は変更を求める事由の具体的な記載がないときは、控訴人は、控訴の提起後五十日以内に、これらを記載した書面を控訴裁判所に提出しなければならない。

※ 控訴理由書の場合、上告理由書・上告受理申立て理由書の場合とは異なり、期限後に提出しても直ちに控訴が却下されるわけではない。

民事訴訟の上告期限カウンター

  

上告期限: 

 

【参照条文】

民法140条:(略)

民事訴訟法95条3項:(略)

民事訴訟法285条:控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

民事訴訟法313条:前章の規定は、特別の定めがある場合を除き、上告及び上告審の訴訟手続について準用する。

民事訴訟の上告理由書提出期限カウンター

  

上告理由書提出期限: 

 

【参照条文】

民法140条:(略)

民事訴訟法95条3項:(略)

民事訴訟法315条1項:上告状に上告の理由の記載がないときは、上告人は、最高裁判所規則で定める期間内に、上告理由書を原裁判所に提出しなければならない。

民事訴訟規則194条:上告理由書の提出の期間は、上告人が第百八十九条(上告提起通知書の送達等)第一項の規定による上告提起通知書の送達を受けた日から五十日とする。

民事訴訟法316条1項:次の各号に該当することが明らかであるときは、原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない。

 一 (略)

 二 前条第一項の規定に違反して上告理由書を提出せず、又は上告の理由の記載が同条第二項の規定に違反しているとき。

民事訴訟法318条5項:第三百十三条から第三百十五条まで及び第三百十六条第一項の規定は、上告受理の申立てについて準用する。

民事訴訟規則199条2項:(略)第百九十二条から前条まで((略)上告理由書の提出期間(略))の規定は、上告受理の申立てについて準用する。この場合において、(略)第百九十四条中「上告提起通知書」とあるのは「上告受理申立て通知書」と(略)読み替えるものとする。

 


(Pixabayからのイメージ画像)

 

【注記】

・あんまりこんなこと言いたくないですが、ご利用はあくまで自己責任でお願いします。祝日や年末年始にも対応するように作ってありますが、素人が作ってみただけのものなので、過度な期待をしないでください。

・参照条文として引用したのは、2024年3月2日現在の法令です。

IESafariだと動作しないかもしれません。

・ミスを発見された方や、ご意見ご要望がある方は、問い合わせフォームTwitterのDM等でご連絡いただけるとありがたいです。

 

幸運論

 このところ弁護士業務に関する記事ばかり書いていたのですが、働きすぎで弁護士業務がイヤになってきたので、弁護士業務に関係のない話をします。

 かつて何かのブログ記事で「将来的に、運の良さに関する記事なんて書くことなんてないだろう」という趣旨のことを書いた記憶があります。が、最近、運の良さに関する本を読んで面白かったので、運の良さに関する記事を書くことにしました。

 ことあるごとに言っていますが、私はとにかく運が良いです。親からも、とにかく運の良さ(と鎖骨の美しさ)だけは昔から褒められてきました。なので、学生時代からずっと運の良い人生です。大学受験も新卒就活も司法試験も運の良さで乗り切ったと思っています。

 ただし、運が悪いひとでも、運が良いひとになることができるんです。

 いきなり何の話を始めるのか、スピリチュアルに目覚めたのか、働きすぎて頭がおかしくなってしまったのか…と思われそうですが、まあ、そんなに変な話じゃないので、よかったら最後まで読んでみてください。(ちなみに、働きすぎて頭がおかしくなってきた点は認めます。)

(pixabayからのイメージ画像)

目次

科学がつきとめた「運のいい人」

 最近読んだ「運の良さに関する本」というのが、中野信子さんの『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)です。紀伊國屋さんで「売上1位」の場所に積んであったので、買ってみました。

 科学的なのかどうなのかはさておき、運を良くするためのノウハウがわかりやすくまとめられています。すべてのチャプターに「運のいい人は…」で始まる見出しがついていて、全部で37個のアドバイスが紹介されています。

 ちなみに第5章が「運のいい人は祈る」というタイトルでまとめれていて、なんともスピリチュアルなんですが、さらに、脳科学者を自称する著者が「運のいい脳に変えよう!」と主張しているのがなんともスピリチュアルでした。私はスピリチュアルも大好きなので全然大丈夫なのですが、気になる方は気になるかもしれません。

 まあ、気軽な気持ちで読む分にはとても面白い本です。

エピソードトークその1

 この本にひとつ面白い話が出てきたので、自分の話を交えて紹介します。自分は運が良いと思っているとどんどん運が良くなる、という話です。

 私は模試でも本番の試験でも、受ける前に必ずヤマを張ります。必ず。そして、ヤマが当たると「やっぱり自分は運が良いんだなあ」と思います。

 問題はヤマが外れたときです。自分は運が悪いと思っているひとは「やっぱり自分は“運が”悪いんだなあ」と思います。他方、自分は運が良いと思っている私は「こんなに運の良い自分のヤマが外れたんだから、“ヤマの張り方”が悪かったに違いない」と考え、分析を始めます。

 結果、自分は運が良いと思っているひとは、どんどんヤマの張り方の精度が上がっていって、当たる確率が上がっていきます。他方、運が悪いと思っているひとは、ヤマの張り方の精度が上がらないまま、ヤマが外れ続けます。

 なんか騙されたような気がするかもしれませんが、運の良さはそうやって鍛えていくことができます。

運のいい人、悪い人―運を鍛える四つの法則

 次に紹介したいのは、ワイズマン博士の『運の良い人、悪い人』(角川書店)です。日本語訳の初版が2004年ですので、この分野の古典的名作と言っていいでしょう。

 私は大学生の頃に先輩から勧められてこの本を知りました。自己啓発本が好きになったきっかけの1冊です(もう1冊の本もぜひ紹介したいのですが、テーマと関係なさすぎるので、またの機会に)。

 この本も厳密に言うと科学的なのかどうなのかわかりませんが、少なくとも、著者自身が統計的手法(数百名規模)を用いて様々な仮説を立てて、場合によっては仮説を検証して、その研究成果をまとめた本です。

 本の副題にある「運を鍛える四つの法則」は、以下のとおりです。

法則1:チャンスを最大限に広げる

法則2:虫の知らせを聞き逃さない

法則3:幸運を期待する

法則4:不運を幸運に変える

エピソードトークその2

 この本の良いところは、とにかくアドバイスが具体的なところです。最初に幸運のスコア測定から始まって、運を鍛えるレッスンがあって、最後には運を鍛えるためのワークショップまで登場します。

 幸運のスコア測定のなかで「行列に並んだとき、前のひとに話しかけてみることがありますか?」という設問が出てきます。なぜこれが運と関係あるんでしょうか。またまた自分の話を交えて解説します。

 私がこの本を読み終えた直後、大学構内のATMに10人くらいの行列ができていたことがありました。素直な私は、前に並んでいた学生に「すんごい列ですね」と話しかけてみました。その方は笑いながら「もう1個のATMに行ったほうが早いかもしれませんね」と言いました。

 構内にもう1個のATMがあることを知らなかった私は、その方にもう1個の穴場ATMに連れて行ってもらうことができました。それ以来、あんまり混んでいない穴場ATMを使えるようになりました。

 黙って列に並んでイライラしていたら、ただのアンラッキーなエピソードで終わったかもしれません。しかし、一言かけてみただけで、ラッキーなエピソードに変わりました。

 知らないひとに話しかけてみることで幸運のチャンスを広げ(法則1)、「もう1個のATM」という些細な情報を聞き流さず(法則2)、それが穴場なのではないかと期待して連れて行ってもらった結果(法則3)、不運が幸運に変わりました(法則4)。

 なんだか書いてて気持ち悪くなるくらい、よくできたエピソードでしたね。

最後に

 当たり前の話なんですが、懸賞って、応募しない限り当選しません。

 しかし、やってみるとわかりますが、案外、応募すると当たるんですよね。最近だと、ギリシャ神話の解説本を読んで感想を送ったら、図書カードが当たりました(ギリシャ神話に興味を持つようなひとは、俗世の懸賞なんて興味がないのかもしれません)。そして「やっぱり自分は運が良いんだなあ」と思いました。

 このエピソードを聞いて、またもや騙されたような気がしたかもしれません。

 結局、私がさっきから話している「運の良さ」というのは、懸賞に応募した後に当選する確率が高いか低いか、という時点の話ではなく、懸賞に応募するか否か、という時点の話なのです。

 前者の話を期待してこの記事を読んでいた方には申し訳ないです。前者の確率を上げるには、徳を積んだりするしかないですが、前世のカルマとかもありますし、なかなか語り尽くせないテーマです。後者の話は現世の意識次第です。

 

 冒頭にも書いたとおり、最近、働きすぎてしんどい思いをしていました(まあ、無事にピークを越えたのでブログを書けているわけですが)。ここには書けない色んなこともあって、今年に入ってから、毎日「なんでこんな目に遭っているんだろう」と思っていました。

 昔、働いていた会社を辞めなくちゃいけなくなったときも「なんでこんな目に遭っているんだろう」と思いました。正直に言うと、さすがに当時は不運だと思っていました。しかし、結局、司法試験に合格して弁護士になれたんだから、幸運な出来事だったんだと思っています。

 というわけで、しんどい今の自分に向けて、不運は幸運に変えることができるんだよ、というメッセージを伝えたくて長々と書いてきました。前回に引き続き、自分から自分に向けたメッセージでした。すみません。

 被告人国選の経験とかも増えてきたので、そろそろ、そんな記事も書きたいなと思っています。

 

1年目の弁護士に宛てた手紙

【読むとよいタイミング】弁護士登録前

 

 12月8日、弁護士登録から1年が経過しました。これまでの人生のなかでも、かなりトップクラスに しんどい1年間でした。

 ふだんは本を紹介するブログなんですが、今回はだらだらと私見を述べるだけのつもりです。弁護士1年目を振り返って、「精神的に大丈夫になるためにはどうしたらいいか?」を考えます。文字数多めです。

 たくさん売り上げるためにはどうしたらいいか?とか、ファビュラスな弁護士になるためにはどうしたらいいか?とかはわかりません。

 この1年間で2つの事務所に所属して、それぞれの事務所の仕事のやりかたを体験しました。とはいえサンプルが「2」ですから、汎用性のあることは書けません。何か1つくらい、誰かが精神的に大丈夫になるためのヒントを残せたらいいなと思います。

 また、1つめの事務所も2つめの事務所も小規模な街弁事務所です。大規模事務所には大規模事務所なりの苦労もあるのかもしれませんが、よくわかりません。

 さあ、十分にディスクレーマーをつけたと思うので、そろそろ本題に入りますね。

目次

1人で弁護士事務所をやっていると思い込む

 私は一般企業で長いこと会社員をしていたので、前提として、初めてやる仕事はやり方を教えてもらえるものだと思っていました。しかし、弁護士は仕事を教えてもらえませんし、業務指示みたいなものも無いと思っていたほうがいいです。

 私はとにかくこの点に戸惑いましたし、今でも戸惑い続けています。

 ただ、イソ弁としては、どこかのタイミングでボスのところに成果物を持って行ったり、相談に行ったりしなければなりません。そのタイミングが問題になります。

 そのタイミングについて、私は1つの暫定的な答えを出しました。「もし1人で弁護士事務所をやっているとしたら、この状態で依頼者に説明できるか?」と考えて、行ける、と思ったらボスのもとへ行きます。1人で依頼者に説明できないような状態であれば、まだ持っていくべきではありません。

 言い換えると、大事なのは「根拠を持って、自分が責任を持てる範囲の結論を出すこと」だと思います。

 会社員の話に戻します。会社員だと「一緒に結論を導く」みたいな体験を共有したほうが、チームとしてのパフォーマンスを高められることが多いです。なので、なんとなくの着地地点だけ決めて、あとは話し合って決めようね、みたいな仕事の進め方をします。

 弁護士の場合、とにかくこういう発想を捨てて、自分で「決める」ことをしておいたほうが、かえって議論が捗ります。こういう視点で仕事をするようになってから、だいぶコミュニケーションが円滑になり、精神的に楽になったように感じます。

ふつうの弁護士のラインを知る

 こんどは別の思い出話です。

 私の弁護修習先の指導担当の弁護士はとにかく優しい人柄で、とにかく甘やかされ続けた修習生活でした。「弁護士1年目はとにかく大変だから、今のうちに休んでください。」と言って、弁護修習を休ませまくってくれました。

 弁護士1年目ってそんなに大変なんですか、と訊くと、弁護士1年目は「ふつうの弁護士ができなきゃいけないこと」がわからないから大変なんだ、と教えてくれました。

 弁護士になると、この言葉の意味がよくわかります。最初のうちは何でも答えられなきゃいけないと思って、あたふたしたり、変なこと言ってしまって後から訂正するのに苦労したり、自分にがっかりしたりします。

 私もまだまだ偉そうなこと言えないんですが、1年経つと、「いやいや、そんなの調べてみないとわかりませんよ。」とか「もっと事実関係を聞いてからじゃないと判断できませんね。」とか余裕で言えるようになります。

 こういう返答をするのは別に恥ずかしいことではない、とわかるようになると、精神的に少し楽になりました(別に誇るようなことでもないんですけど)。

同期の弁護士の知り合いを作る

 さっきの項目から続く話です。ふつうの弁護士のラインを知るためには、多くの弁護士と知り合う必要があります。

 私は文学部出身で予備試験経由だったため、そもそも法曹関係の知り合いが全然いませんでした。限界修習地だったため弁護士の同期も同じ地域におらず、オンライン修習のためクラスの知り合いも皆無でした。

 まあそれでもなんとかなるかなと期待していましたが、残念、1つめの事務所を辞めた際にものすごく困りました。

 そのため、2つめの事務所に入ってからは、意識的に弁護士の知り合いを作ろうと思い、委員会の飲み会や派閥の飲み会に積極的に出るようにしました。そこで同期の弁護士がどんなことをしているのか、どんなことに悩んでいるのかを聞いて、かなり精神的に楽になりました。

 あと、一番しんどい時期には、Twitterのリスト機能を使って、FFの75期のみなさんのツイートを毎日眺めていました。知らない同期でも、ああ、みんなも大変な思いをしているんだな〜と勝手に共感しているだけで、かなり救われました。とても感謝しています。

勉強する

 2つ前の項目から続いている話ですが、即答できなくても大丈夫だなと判断できるようになるためには、ふつうの弁護士がふつうに身につけているべき知識を身につけている必要があります。

 1つめの事務所を辞めた頃、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)という本を読みました。以前、Twitterでは紹介したことがある気がします。

 自己啓発本では、「自信をもつ」「自尊心を高める」ことの重要性が説かれている。最近では、社員の能力を発揮させるためには「心理的安全性」が重要だとされている。だがこれは、因果関係が逆だ。

 自尊心をもてるのは大きな人的資本(高い専門性)があるからで、それによって対立する相手の意見を尊重する余裕が生まれる。心理的安全性も同じで、それは上司や同僚の言葉遣いによって与えられるものではなく、相手の言葉に「脅威状態」で反応しない大きな人的資本が「安全性」をもたらすのだ。

 この箇所を読んで、なんだよ結局勉強しろってことかよ、と絶望するか、勉強すればマシになるのか、と希望を持つかは、人それぞれかもしれません。

 会社員をしていた頃と比較すると、弁護士は勉強すればするほど仕事に役立つ知識が身につくし、本屋さんに行けばいくらでも勉強するための本が売っているので、その点は恵まれているなと感じます。

自分の精神的健康状態を客観視する

 抽象的なことばかり書いてきたので、むかし何かの本で読んだ、少しだけ具体的な対処方法も書きます。

 自分の精神的健康状態を数値化して、定期的に記録する方法です。私は「メンタル健康指数」という100点満点の数値を1週間ごとに記録しています。むかし読んだ何かの本では、毎日、手帳に書き込むようにアドバイスしていました。

 これを続けることによって、「ランニングするとメンタル健康指数が少し上がるな」とか「友達と遊びに行くとメンタル健康指数がけっこう上がるな」とか「個人事件を終えるとメンタル健康指数が大きく上がるな」とか、何をすれば自分のメンタル健康指数がどれだけ上がるかが把握できるようになります。

運動する

 もっと具体的な対処方法としては、ランニングするのが効果的です。

 これは決して「身体を動かしてリフレッシュしよう!」という、気分の話ではありません。以前も別の記事で書きましたが、BDNFというタンパク質が、ニューロンの発生を助けてくれます。

<関連記事>・ランニングについて熱く語っている記事

 これによって、新しい発想が生まれます。思考の逃げ道が作られます。1つの「嫌なこと」ばかり考えて1か所をぐるぐる回っているところに、新しい脱出路ができるイメージです。

 私は1つめの事務所を辞めたばかりの頃、起き上がれないほどメンタルがやられてしまいました。少し回復して散歩できるくらいになり、さらに回復してランニングできるようになってからは、どんどん精神的に大丈夫になっていきました。

状況は変わると知る

 最後にまた、抽象的でよくわからない話をします。

 当たり前のことなんですが、状況は変わるんだ、ということを知っていると気が楽になります。「ゆく河の流れは絶えずして」です。「祇園精舎の鐘の声」です。

 どんなにどうしようもないと思っていた訴訟でも、突然相手方が変な証拠を出してきて自爆してくれることもあります。どんなに解決方法が思い浮かばなくて悩んでいた事件でも、依頼者が新しい証拠を持ってきて、そもそも解決不可能であることが明らかになることもあります。

 いつまでも同じ状況が続くわけではありません。少なくとも私がこの1年間で担当した(大きめの)案件については、状況が変わらなかった案件はありません。良くも悪くも、思いがけない方向に展開していきました。

 だから楽観的に手を抜いていいよって意味ではないんですが、一所懸命やってるんだったら、そこまで悲観的にならなくても大丈夫じゃないかな、と思います。

 

 最後に。

 今年、BILLY JOELの“We didn't Start The Fire”を、FALL OUT BOYがカバー(というかリメイク)した曲を発表しました。ちょうど2つめの事務所に入ったばかりのころで、毎晩、帰り道に聴いていました。

We didn't start the fire. It was always burning, since the world's been turning.
We didn't start the fire. No, we didn't light it, but we tried to fight it.

 もともと好きな歌詞だったんですが、これ、弁護士にぴったりだなあ、と思いませんか。

 弁護士をやっていると、依頼者からめちゃくちゃ責められたりすることもあると思います。そういうとき、ああ、自分の頑張りが足りなかったかな、と思って落ち込んだり、自分を責めたりしたくなります。

 しかし、よほど通り魔的な犯罪被害者や交通事故被害者でもない限り、そもそもトラブルに巻き込まれたことについて、本人の落ち度があったりします。仮に依頼者にまったく落ち度がない事件であっても、別に弁護士のあなたが責められる筋合いはありません。

 世の中、誰かが必ず責められなければならないわけではありません。あんまり自責の念に駆られることなく、But we tried to fight itくらいの気持ちで取り組んでいいんじゃないかと思っています。

 

 長々と書いてきましたが、半分くらいは自分に向けて書いた独り言みたいでしたね。すみませんでした。

 この記事を読んでくれた方が健康的に弁護士を続けられることを祈っていますし、将来この記事を読み返した自分が楽しく弁護士を続けていることを祈ります。