K.H 24

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小説 風俗で働いているけど、何か-①

2022-05-14 22:05:00 | 小説
 壱.落魄の始まり

 沙弥《さや》は出生時、両親と三人家族だった。
 父親、竹男《たけお》は地方公務員で当時は二七歳。母親、志津香《しずか》は一七歳でコンビニエンスストアーで働いていた。
 竹男は公務員にしては珍しく残業が多い部署に就いていて、毎日というほど志津香が働くコンビニエンスストアで弁当やビール、翌朝の朝食にするサンドウィッチを買うのが習慣になっていた。
 
「お客さん、いつもご苦労様です」
 
 志津香はいつもより、疲労感を漂わす竹男へおつりを手渡す時に、いつもより頑張った笑顔を向けた。
 
 竹男はその耳に入ってくる、いつもと違う音と、その音が手の背で感じる志津香の指の感触を鮮明な刺激へと変換させ、それらの感覚を意識上へ突き上げられた。
 
 それ以来、竹男は志津香に話しかけることが、そのコンビニエンスストアへ向かう目的となり、半年後には、竹男の1LDKの部屋は、志津香との世界となっていた。
 
「タケちゃん、今月ね、生理が来ないの」
「えっ、妊娠した?」
「わかんない」
「妊娠検査薬買いにいこ」
 
 志津香は部屋着のスウェットのポケットから妊娠検査薬を取り出した。
 
「買ってたんだ、タケちゃんだけだと買いにくいし、二人で行ってもなんかビミョー、でしょ、アタシたち見た目のギャップがあるから、ね、タケちゃんに迷惑かけたくないって思って」
「分かった、俺は覚悟を決めたから、トイレいっといれ」
 
 竹男は真面目にふざけたが、志津香は〝覚悟を決めた〟という言葉だけを耳に残してトイレへ向かった。
 
 出産を迎えるにあたって、二人には様々な難事が訪れた。
 
 先ず、歳の差のことである。二人の両親は反対の罵声を浴びせかけた。
 しかし、ここで竹男が踏ん張った。職場の残業より疲れ果てるまで、志津香への愛情、静かとの将来設計等等、大口を叩いた。
 一方、職場では上司に呼ばれて犯罪ではないのかと問い詰められた。
 竹男は理系であり、普段から法律に関わることがなかったが、間を空けて「犯罪ではありません、私は彼女を幸せにします」と、これ以上は発言しなかった。
 
 そのやり取りは多くの職員が感銘を受けた。勿論、そうでない者も少数はいた。
 
 志津香はそんな竹男の思いを嬉しくて、嬉しくて、一生竹男について行きたいと考えるのであった。
 
 そして、沙弥が誕生した。
 
 沙弥は後光を差す程の輝きで、あんなに反対していた二人の両親を喜ばせ、竹男と志津香へ向けた澱んだ空気をも一変させた。
 
 沙弥のお陰で、爽やかな空気を吸えるようになった竹男と志津香は各々、仕事、育児に専念した。二人とも幸福感で満ち溢れていた。
 
 スクスクと育ち、沙弥が幼稚園の年長クラスに上がった時に、少しづつ歪みは始まった。
 
「沙弥ちゃんのお母さん、今日は自転車じゃないんですか」
 
 沙弥と同じクラスの明日香《あすか》の母親が声をかけてきた。
 
「あ、どうも、明日香ちゃんのお母さん、自転車がパンクして、修理に出したので、でも、すぐ直るからっていうんで、これから沙弥と自転車屋さんに寄って帰るんです」
「じゃあ、私たちは車なので、自転車屋さんまで送りますよ」
 
 明日香の母親、音羽《おとは》は躊躇なく二人を誘った。
 
「わーい、明日香ちゃんと一緒、嬉しい」
「沙弥ちゃん、おいで、おいで」
 
 子供たちは喜んだ。
 
 これをきっかけに、志津香と音羽は仲良くなった。
 志津香は沙弥の幼稚園の母親らとの年齢差が大きく、かつ、日々の子育てや家事を熟すのが精一杯で、更には、自動車の運転免許を取る機会が作れず、ママ友を作れないでいた。
 
「志津香さん、今度の日曜日は何か予定あります、ハイキングにでもいきませんか、突然でごめんなさいね」
 
 ある日の子供たちを迎える時間に音羽は声をかけた。既に、二人は気兼ねなく喋り合える仲になってはいた。
 
「良いね、うちの人、日曜日だけはゆっくりさせてくれっていうんでなかなかこの子を遠出させてあげられないの」
「お父ちゃんは仕事頑張ってるから日曜日はお休みさせてあげるのよ」
 
 志津香と沙弥は、そんな竹男に対して不満があったが、それを表には出さなかった。
 
「あらぁ、うちもそうなのよ、うちの人も仕事人間だから」
「やったぁ、沙弥ちゃん、一緒にいこうね」
 
 梅雨入りする前に志津香たち親子と遠出ができることに音羽は喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
 
 しかし、周囲の母親たちと幼稚園教諭たちは、音羽を疑惧していた。それは、音羽がトラプルメーカーで明日香はこの幼稚園へ中途入園してきた経緯があったからだ。
 幼稚園側はそれとなく園児の母親たちに伝えていたものの、志津香には伝わっていなかった。
 
 音羽は今度こそトラブルは起こすまいと考えていたが、周りの冷たい目線に気がついていて、胸の奥深くにモクモクと煙る感じが沸き立っていて、あの火が消えていないことを確認していた。
 
「音羽ちゃんのお陰でうちの人、〝一人でのんびりする時間を作ってくれてありがとう〟なんていってくるようになって、超ゴキゲンなの」
「良かったねシズちゃん、たまにはさ、甘えさせてもらって、呑みにでもいかせてもらおうよ」
「良いね、居酒屋いってみたいなぁ」
 
 益々、二人の仲は親密になっていった。
 その〝親密〟が志津香を崩壊させる始まりだと、予測することなぞ思考回路を巡らせられるわけがなかった。
 
 続


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