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短編小説集 理(ことわり)-1

2021-12-06 17:45:00 | 小説
タイトル 台風
 
「アツシ、乾電池買ってきた」
「乾電池はまだだよ、乾麺とかカップ麺を買う時に一緒に買おうって思ってるけど」
 
 明朝に暴風域に入るニュースが流れ、ベランダの観葉植物の片付け、窓のガラス隙間に雑巾をガムテープで固定したりと、暴風対策をしている新婚の夫婦が慌てていた。
 
 夫のアツシ、妻のマイコは二人とも仕事を忙しくしていて、常に、一般的な退社時間で帰宅することは滅多にない日常で、この、台風が接近している日も午後一〇時頃に帰宅した。
 
「はぁ、ベランダ終わったぁ、マイちゃんこんな感じで良いよね」
「えっ、アツシが片してくれたんなら大丈夫よ、私もこの一箇所で終わるかな」
 
 二人は帰宅して、着替えもせず直ぐにその作業を始めていて、ソファーに座ることすらしてなかった。
 
「大丈夫だね、コーヒー淹れたよ」
 マイコ自身の作業を終え、ベランダの片付け具合を見ているとアツシはセンターテーブルに深青色と橙色のマグカップを置き、ソファーに腰掛けた。
「ベランダいいんじゃない、ありがと」
 橙色のマグカップを手にしてマイコは口元に運んだ。
「コーヒー飲んだ後はコンビニに行こうか」
 リモコンでテレビの電源をオンにした。
 
『速度が早まったようで、日付けが変わり、午前二時頃には暴風域に入る模様です、尚、既に海岸側の地域では、風速一五メートルを超える強風が観測されておりますので、ベランダや庭にあるものが飛ばされないような対策が必要になると思われます、お気をつけ下さい』
 
 テレビでは丁度、台風に関する報道が流れていて、二人は途中からしか見られなかったが、画面の上部には、その時点での気圧や暴風域での最大瞬間風速等が表示されたテロップが見れ、下部のテロップには、交通機関の運休の有無、橋の通行止めの状況、避難所の案内等が流れていた。
 
「えぇ、九一〇ヘクトパスカル、勢力強くなってるじゃん」
 マイコは淹れたてのコーヒーで一息つく島もなく、緊張感が再び高まった。
「参ったよ、速度落ちてくみたいだ、長い暴風域になるのかな」
 アツシはスマホの天気予報のアプリを開いてマイコに見せた。
「本当だ、でもさぁ、明日会社、休みになったりして」
 笑を浮かべてマイコは何か被害が出るかも知らないことを覚悟して諦めて、肩の力が抜けた。
「そうだね、でも、酒でもなんていかないな、いつ車の運転が必要になるか分からないしな」
 アツシは少し残念そうにした。
 
 コーヒーを飲んで、着替えて、その一〇分後には、歩いて二、三分くらいのコンビニへ出かけた。
「うぅっわ、風強いな」
「雨が降ってないから良かったぁ」
 二人の髪の毛やサイズが一つ上のマイコのジャージー、アツシのポロシャツの襟は風下に引っ張られ、肌は冷やされ、マイコはアツシを壁に右腕を両手で抱えながら歩き進んだ。マイコは無意識に身を守った。
 
「あんな強い風、久し振りね」
「ああ、それにしても混んでよ、先ずは乾電池を確保しないと」
 雨が降っておらず、その強風を少しだけ楽しんだ二人はコンビニに入ると現実に戻された。
「危ない、危ない、いつもより減ってるよ乾電池」
 アツシは懐中電灯と小型ラジオの電源になる乾電池を両手で持ち、マイコが手にした店内用の籠に優しく入れた。他には袋麺を四つ入れてレジに並んだ。
「カップ麺売り切れね、おにぎりとかサンドイッチもないね」
 二人はガラガラの商品棚を見渡した。
 
 とても混雑していて、レジに並ぶ独り、若しくは、二、三人一組の客は普段よりも籠に入っている商品が多く、マイコとアツシが会計を済まし、自宅へ向かうのに、三〇分以上かかった。
 それに加え外は横殴りの雨になっていた。
 
「あっあぁ、大丈夫ですか」
 二人がコンビニを出ると、駐車場に駆け出した一人の女性が雨で濡れたアスファルトで滑って転んだ。
 思わず声が出たマイコに買った物が入ったレジ袋を渡したアツシは、その女性に近づきながら、散らかった品物を拾ってやった。
 幸い、ガラス製の物がなかったが、缶ビールは凹み、封が開いたポテチを急いで拾った。
「すみません、ありがとうございます、私、おっちょこちょいで」
 その女性はアツシの顔を見れないまま、缶ビールと台無しになったポテチを受け取り、リモコンで車を解錠した。
「お怪我ないですか、運転出来ますか」
「はい、大丈夫です、ありがとうございます」
 アツシが解錠の〝ピピッ〟の音を耳にするとその女性が心配になったが、逆ギレしたような返答が返ってきた。
 呆気に取られていると、その女性はそそくさと車のエンジンをかけ駐車場を後にした。
 アツシとマイコは雨に打たれたまま数秒立ち竦んでいた。
 
「はぁ、はぁ、寒い寒い」
 マイコの髪の毛から水滴が滴り落ち、アツシのポロシャツは肌に密着し、自宅マンションのエントランスを抜けてエレベーターを待った。
「あの女、酷い人」
「恥ずかしかったんだよきっと、若い子だったから」
 エレベーターに二人で乗り込むとマイコは愚痴を漏らした。
 アツシは寒そうにしてるマイコの横にいて、肩へ手を回し優しく身体を密着させていた。
 
「タオル、タオル」
 玄関に入ると、マイコは早歩きでダイニングテーブルに向かい荷物を置くと、ポロシャツを脱いだアツシが二枚バスタオルを手にし、一枚を右手で持って自分の身体を拭き、左手でもう一枚をマイコに渡した。
「ありがと」
 マイコは笑顔で受け取った。
 アツシがその場で上半身を拭いていると、マイコもジャージーの上着のファスナーを下ろし身体を拭き始めた。上半身を拭き終えたアツシは、マイコの背後に回りまだ水滴が垂れる後ろ髪を自分が使っているタオルで包んだ。ブラのフォックを外しながら。
 マイコがそれに気づき、少し屈んでブラを床に落とし、軽く胸を拭くとアツシへ向きを変え、抱きついた。
「どうした、どうした」
「へへ、抱きしめたくなっちゃった」
「でもさぁ、俺もマイちゃんも下、びしょ濡れだよ、俺拭きたいんだけど」
 アツシがそう言っても、止めないマイコは顔を上げて、アツシに笑顔を向けるだけだった。
 一分間近くその状態だったが、マイコが先に離れ、ジャージーを脱ぎ、ショーツも脱ぎ出した。それを見て、アツシも脱いだ。
「久し振りね、こんな格好で二人でリビングにいるの」
「うん、照れ臭いな」
 二人は殿部や脚、会陰部を拭きながら少しだけ頬を赤られた。拭き終えると、直立で見つめあった。
 
 ヒトは直立を獲得し、手作業を繰り返すことで脳を発達させ、情動を身振り手振りや言語的に表現できるようになり、同時に股関節の伸展可動域が拡がり、性器が前方へ位置するようになると、視覚認知も相まって、相乗的に男女の愛情を深めることが容易になった。
 
 アツシとマイコも例外ではなく、目を合わせ、お互いの愛情を確認し、身体の前面、アツシは乳房とウエストラインから下方へ向かう柔らかさを感じとれる曲線。マイコは筋肉質な胸と腹部、上向きに反るペニスが視界に入る。
 
 見つめ合い、抱き合い、唇を合わせ、体温、特に、性器へは血液が集まり温もりを高め、心拍数も高まる。その後、至福の境地へ達する。
 
 
「俺たちの子なんだね、産まれてきてくれてありがとう」
「可愛いわね、嬉しいわ」
 
 あの台風の日から一〇ヶ月後のアツシとマイコの会話だった。
 
 終


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