K.H 24

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長編小説 分かれ身 ③

2021-10-20 04:57:00 | 小説
第参話 謎
 
 今日、仕入れた鯖が傷まないうちに、料理にしようと愛優嶺と獏之氶は、当初、予定していた味噌煮だけではなく、つみれ汁も作ることにした。また、副菜に人参シリシリを加えることになった。
 
「獏さん、大切なことを忘れてた、睦美のお母さんに連絡しないと」
 愛優嶺は、右手で人参を持ち左手てでボウルのなかにおろし金を固定して人参をおろしていた。それらをボールなかの人参の山に放り投げて、両手を洗った。
 
「お世話様です、助かります、私は明日の朝には病院に着くように向かいますね、学生の頃からうちの睦美を面倒見て下さって、本当にありがとう、古謝さんは相変わらず元気で明るくて、優しい声ね、あなたにもお会いできるのは楽しみだわ」
「とんでもない、むっちゃんは私の良きパートナーですよ、そうだお母さん、町田病院は初めてじゃないですか、駅から距離があるし、タクシー代も儘ならないし、路線バスだって通ってないから、私が車でお迎えしますよ」
 
 何年か振りに、睦美の母親、六田紀子と電話で話をした愛優嶺は懐かしいことと、紀子にとって孫にあたる子供達を見せてあげたい責任感とで、さっきの落ち込んだ心は、煙が風と共に通り過ぎ、澄んだ空気に戻るように澄み切った。
 今朝からの経緯を聞いた紀子は、想定内だったため、冷静さを崩さずに覚悟を決めた。
 
「こんにちはぁ、あゆねーねーきたよー」
 美佐江の次男、小二郎が明るい元気な声で、店に入って来た。
「おっす、小二郎、よく来たなぁ」
「獏さん、こんにちは」
 その勢いに最初に答えたのは獏之氶で、小二郎はいつも獏之氶に声をかけられると、ビクっと硬くなってしまうのだ。
「おおぅ、よく来たねぇ、美味しいご飯はもう少しだからね、待っててね」
 愛優嶺が顔を出すと小二郎の表情は緩んだ。それを見てクスクス笑いながら、長男の一太も入って来た。続いて、美佐江、美佐江の義両親も。
「小二郎、あゆねーねーの邪魔にならないようにね、それと、包丁の傍には行っちゃだめよ、危ないからね」
 ヨネは笑顔を輝かせていた。
 
「お母さん、七助、私、もう少しいてていいかしら、私に連絡が来るのよ」
「お母さん居残りなんだ、何かしでかしたのか」
 小二郎もその話を聞いていて、割り込んで来た。
「その方がいいだろう、愛優嶺さんと獏さんもそうして欲しいと思うよ、いや、睦美さんがそう思ってるかもしれないからな、俺は大丈夫だよ」
 七助は睦美の出産にあたっての美佐江がどう動いていたかを知っていて、自分の伴侶が頼られていることを誇りに思っていた。
「七助ありがとう」
 美佐江は少しだけ微笑んだ。
 
「一太、小二郎、またおいでよ、あゆねーねーはいつも美味しいのを獏さんと作っているからねぇ」
 美佐江以外の河井家の人々は定食屋を後にした。
 
「愛優嶺さん、睦美さんから手紙みたいなものを預かっていたんです」
「そう、なんだか重々しい感じね、汗流して来るから、その後に聞かせて、美佐は辛かった感じね、私はもう大丈夫だから、待っててね」
 愛優嶺は自分のペースを貫いた。
「美佐江さん落ち着いて下さいよ、愛優嶺さんは気持ちが吹っ切れたというか、睦美さんのお母様と電話で話されて、お顔つきが変わった感じがしました、覚悟を決めた感じでしたよ、お戻りになられたら、しっかりお話しさなるといいですよ」
 獏之氶は美佐江のシャボン玉が弾けそうな、どうにもならない気持ちを察して、優しい言葉をかけた。
「ありがとうございます、睦美さんの家系は色々複雑なようで、伝統、仕来たりみたいなのがあって、後の封筒を預かった時も、私に何かあった時は、なんていわれて」
「大丈夫、それだけ美佐江さんのことを信頼されていてのことだと思いますよ、考えてみて下さい、睦美さんは常日頃、信頼できる人にはご自分の思いを素直に投げかけて来たじゃないですか、私には私のスキルの限界点近くまでのことを要求なさって、その時のお言葉は、私が調理師としてのスキルを高めようって糧に思えるお言葉をかけて下さった、だから、美佐江さんが抱える限界近くのことをお願いされたのではないですか」
 獏之氶は美佐江が背負った重圧を跳ね除けて欲しい気持ちを伝えた。
「そうですね、獏さんのいう通り、私、睦美さんの出産の日まで、誰にもこのことを話さずにいれました、七助さえ黙ってましたから、これで愛優嶺と対等になれるんですね」
 美佐江の言葉に獏之氶は笑顔で答えた。
 
「ふぅ、さっぱりしたぉ」
 愛優嶺は乾いていない髪の毛を団子にまとめ、瓶ビールとそのビールのロゴが入った小さなグラスを持って美佐江が座るテーブルに着いた。
「睦美から預かる時に意味深なこといわれたんでしょ、一杯やりなが聞かせて」
 美佐江はその愛優嶺の行動に、色々察してると感じ、琥珀色に満たされたグラスを利き手ではない左手で握り、一気に呑み干した。
 
「はい、この封筒なんです、睦美さんは、自分の家系には仕来たりがあって、こうやって、多胎児を身籠る時は何かの前触れを予兆してる、だから、私に何かあった時はこの封筒を開封して、っていわれて預かったんです、それも、町田先生に安定期に入ったっていわれた時の診察の後なんです、私、驚いて何もいえずに」
「やっぱり、この店を共同経営者として、二人で作り出そうとした時に私も預かったの、この封筒、中身は分からないけど、同じ封筒よね」
 愛優嶺は少し皺のよった茶封筒を美佐江に差し出した。
「えっ、本当だ、同じ封筒ですね、どういうことですか」
 美佐江は睦美の謎が更に深まり、頭のなかが真っ白になってしまった。
「うんん、大丈夫よ、確かにむっちゃんの実家には秘事があるみたい、大学の時もねそんなこと話してた、あたしは気にならないから具体的には覚えてないんだけど、日本の歴史のなかで重要人物の末裔の家柄なんていってたと思う、誰だったかは思い出せないのよねぇ、私、大学の時は今よりもそんなことはどうでもいいって思ってたかなぁ」
「そうなんですね、私もそれが重要じゃなくて、もしもの時があったら、その後を託されたわけですよね、私ができることなのか、私がやっていいものかって、それがとても引っかかるんです」
 美佐江の言葉は角ばってきた。
「何いってんの、できることをやればいいのよ、真面目よねぇ、あんたも、だから仲間になれるって思ったんだけどね、じゃあ、この時点で睦美には何も起こってないわけだから、病院から何も連絡こないからさ、明日ね、むっちゃんのお母さんがくるの、一緒に迎えに行こう」
「えっ、睦美さんのお母さん、はい、行きます行きます、お会いしたいです」
 そんな会話している二人を獏之氶は、厨房から後片付けをしなが見ていた。とても微笑ましく感じてて、笑顔で仕事をしていた。明日は、また、自分が運転手だと思い、片すのが終えても二人には声をかけずに浴室へ向かった。
 
 続


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