「長野県」で調べてわかった、
じつは日本人に不足している「意外なもの」
現在までに118種類が知られている、
世界を形作る構成要素、「元素」。
私たち人類の身体もまた、さまざまな元素からできている。
元素のちょっとしたバランスの乱れが
健康状態までをも大きく左右する。
そんな元素と人間の深遠な関係について、
累計18万部を突破している
ベストセラー『元素118の新知識〈第2版〉 引いて重宝、
読んでおもしろい』を著した桜井弘氏に聞いた。
健康を左右する微量元素のふしぎ
「マグネシウムが多く含まれる食品をよく食べている人は、
心筋梗塞などの虚血性心疾患にかかりにくい」――。
2017年9月7日、国立がん研究センターと
国立循環器病研究センターが、
約8万5000人を15年間にわたって追跡調査した結果を発表した。
マグネシウムの含有量が多い魚や野菜・果物、豆類や海藻類を
よく食べている人はそうでない人に比べ、
虚血性心疾患の発症リスクが20~40%低下したという。
マグネシウムは、体重70キログラムの成人の
体内に約105グラム含まれている。
体内における存在量が体重の0.01~1%未満に
該当する少量元素とよばれる元素の一つだ。
このような、ごくわずかだけ体内に存在する元素がなぜ、
私たちの健康にとって重要な役割を果たすようになったのか。
その背景を探るには、
時計の針を5億年以上巻き戻す必要がある――。
今から約5億数千万年前、現在の動物種の原型となる
生物たちがいっせいに姿を現し、
「カンブリア大爆発」とよばれる生物進化史上に
画期を成す時代を迎えたと考えられている。
カンブリア大爆発の原因にはいろいろな考え方が示されているが、
実は、元素の観点からの推定も可能だ。
近年、約12億~6億年前の地層が
欠失した場所がいくつか発見されており、
大陸変動によって地層が海洋に埋没したか、長期の大雨によって
土壌が海洋に流失したためと推定されている。
岩石や土壌に含まれていた硫黄やセレン、ヨウ素、鉄、銅、
コバルト、亜鉛、モリブデン、バナジウム、タングステン、
マグネシウム、カルシウムなどが海水に溶け、
それ以前の海には少なかった栄養源となって
植物プランクトンの大発生をもたらした。
このことが、プランクトンを食料源とする
動物種に変革と進化をもたらしたと考えられるのだ。
脊椎をもった新しい動物種が現れはじめ、
ヘモグロビンの原料となる鉄が脊髄部分から
検出された動物も発見されている。
カンブリア紀における、このような生物の飛躍的進化をもたらした
原因の一つとして、多種多様な元素の海洋への溶解が引き金になった
と推定することができるのだ。
カンブリア大爆発によって新しく現れた脊椎動物を祖先とする
私たち人間がこんにち、多種多様な元素を必要としているのは、
カンブリア大爆発にまでさかのぼって考えられそうだ。
人体から発見された最初の「元素」
ジョセフ・ライト作『賢者の石を探す錬金術師』。
原題は"The Alchemist Discovering Phosphorus"で
「リンを発見した瞬間の錬金術師」といったところ。
多種多様な元素が、生きている人の体内に存在していることは、
どのようにしてわかったのだろうか?
歴史的に見て最も古い例は、
1669年にドイツの錬金術師ブラント(1630~1692年)が
人の尿を煮詰めて精製することで発見した「リン」である。
彼は、人体の成分に元素が存在することを初めて示した人物だ。
英国の画家ライトが描いた絵画『賢者の石を探す錬金術師』からは、
当時の雰囲気とリンを発見した
ブラントの誇らしげな姿を窺い知ることができる。
17世紀半ば、オランダのスワンメルダムやレーヴェンフック
(画家フェルメールの友人としても有名)らは、
単レンズ顕微鏡を使ってカエルや人の血液中に球状をした物質、
すなわち「赤血球」が存在することに気づいた。
この発見を受けて、イタリアのメンギニは、
血球を集めて燃やしたあとに残る微粒子中に、
磁石に引きつけられる成分があることに気づき、
これが鉄であることを1745年に発見した。
人間の体内に金属(鉄)が存在することを示した最初の例である。
以降、1808~1830年にかけては牛の骨や人の血液からマンガンが、
1813年には胆汁から硫黄が、
1927年には血液から銅が発見されるなど、
人体中に存在する元素が相次いで発見されていく。
フランスのプリーストリーは1774年、
赤血球が酸素と反応することに気づいた。
1780年には、フランスのラボアジェとラプラスが
赤血球が酸素を体のすみずみまで運んでいることを見出し、
1825年にはドイツのライトヘルトが酸素を運搬する
ヘム鉄タンパク質=ヘモグロビンを発見した。
一方、イギリスのマンらは1939年、炭酸脱水酵素が
亜鉛を含む最初の金属酵素であることを発見している。
このようなヘモグロビンや炭酸脱水酵素の発見は、
体の中の金属元素を直接検出しなくても、
金属元素を含むタンパク質や酵素を発見することで、
その活性の中心を担う金属元素を人間が生きていくのに必要な、
「必須元素」と考えてよいことを証明する成果だった。
実際にこれ以降、多数の金属タンパク質・
金属酵素が発見されていった。
元素の欠乏症なども見出され、体の中には金属元素を含む
多くの元素が存在することが解明・認識されていった。
現時点で、少なくとも22種類の必須元素が、
人の健康や生命の維持にきわめて重要な役割を
果たしていることが明らかにされている。
それら必須元素は、体内での存在量に応じて、
多量元素、少量元素、微量元素、超微量元素に分けられている
(「必須元素の分類」表参照)。
多量元素と少量元素とで体重のおよそ99.4%を占めるが、
体内存在量がわずか0.0001%にも満たない
マンガンやモリブデン、コバルトやセレンといった
’超微量元素もまた、
私たちの健康維持に大切な役割を果たしている。
この事実に驚かれる人も多いだろう。
続く