'NOX'はラテン語で「夜」を意味するそうです。
アン・カーソンはカナダの詩人、エッセイスト、翻訳家。
この作品は、亡くなった兄へのエレジーとして彼女がハンドメイドしたものを、忠実な複製品というかたちでニューヨークの独立系出版社NEW DIRECTIONSが発売したもの。
まず箱を開けると、アコーディオン状に折られた1枚の長い紙(一般的な本のように綴じられていない)がおさめられています。
向かって左側はラテン語のボキャブラリー(古代ギリシャ語について教鞭をとっていたカーソンにとってはお手のもの。ちなみに読者にラテン語の知識は要求されません)、右側は彼女自身による文章、ドローイング、家族写真、兄からの手紙、またカトゥルス(古代ローマの詩人)の詩(同じく兄弟を亡くしたことによる詩)の翻訳など。
カーソンの兄・マイケルは1978年、法を犯して故郷を逃げ出し、名前を変え、あちこち彷徨い、その間ほとんど便りはなく(あっても決して返信先はなく)、最後に手にしたのは2000年、彼の未亡人から彼が亡くなったというしらせでした。
カーソンはこの本の中で、若い時に離れ離れになり、実の兄妹でありながらほとんど何も知らない兄という存在の、数少ない破片を手繰り寄せ、死という現実を、何とか受け止め、また理解しようとしているように感じられました。
この本、とても個人的な内容(とはいえ学識あり才能あり、天から二物も三物も与えられてる彼女のことですから、それだけでおわるはずないのですが・・・)でありながら、心をひどく動かされるのは、なんといっても共感です。
たぶん、、、griefというものを、胸を締め付けられるような深い悲しみを、口先だけでなく身をもって知ってるという方々、この本刺さると思います。
またこちら個人的には、フィジカル・オブジェクトとしての美しさと独創性も所有欲を掻き立てる大きな要因です。
私はオリジナルをみたことないし、出版関係の知識も皆無に等しいので、あくまで個人的感想ですが、この複製としての完成度(しかも商品化ということもふまえて)、不可能を可能にしたクオリティの高さではないかと思ってしまうほど、目を見張るものがあります。
こだわりは細部にまで及び、たとえば反対側のページに写ってしまった、塗りつぶしたパステルが何かの黒い跡まで再現されています。
オリジナルに残された汚れひとつ見落とされていない徹底ぶりに脱帽です。
この本、文字量としては英語を母語とする方々であれば、ちょっとした休憩時間に読み終えられる程度のボリューム。
ですが私的には、ゆっくりとページを捲りながら、静かに黙想したい一冊です。
'Nox' by Anne Carson
複製の実現にはRobert Currieのアシストあり。
製作に携わった方々の妥協なき姿勢に心から敬意を評したい作品です。
■ Nox by Anne Carson
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