『青天を衝け』第16回―池田屋事件について | 歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

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「温故知新」とは言いますが、世の中を見渡すと表面的な教訓ばかりでイマイチ実生活に活かすことのできない解説ばかりです。歴史的な出来事を、具体的な行動に置き換えて実生活をより豊かにし、願望を実現する手助けになるように翻訳していきます。


※こちらの記事は、令和3年7月18日に書かれたものです。

皆さんこんばんは。
今回は令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』第16回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。



【『青天を衝け』の楽しみ方】
・第1回―渋沢家について・第2回―身分秩序について
・第3回―平岡家について・第4回―阿部家について
・第5回―藤田家について・第6回―美賀君の血筋
・第7回―井伊家について・第8回―岩瀬忠震の出自
・第9回―安政頃の西郷吉之助・第10回―安藤信正について
・第11回―高崎城について・第12回―一橋徳川家について
・第13回―越前松平家について・第14回―島津家について
・第15回―三島家について


まずはあらすじ。




あらすじ



元治(げんじ)元年(1864年)、渋沢篤太夫(吉沢亮)と従兄の成一郎(高良健吾)らは自分達の献策により、仲間の志士(しし)たちを一橋(ひとつばし)家に仕官(しかん)させるため武州(ぶしゅう)へ旅立った。

一方、水戸(みと)では藤田東湖(渡辺いっけい)の子である小四郎(藤原季節)が天狗党(てんぐとう)を率いて蜂起し、関東(かんとう)は混乱の様相を示し始めていた。

京都(きょうと)では、池田屋(いけだや)事件の黒幕(くろまく)が一橋権中納言慶喜(草彅剛)であると噂されていた。

水戸藩士の間では、さらにその一橋権中納言をそそのかしたのは重臣である平岡円四郎方中(堤真一)であるという噂が流れ、円四郎の命を狙う者が現れた。

京都の街を歩く円四郎は水戸藩士に襲われ、志半ばで命を絶たれたのであった。

ということで、




第16回「恩人暗殺」の感想


切なかったですね。悲しかったですね。

円四郎の死は、訪れることがわかっていても辛いシーンでした。

結局のところ、円四郎が襲われた理由は短絡的な誤解であり、水戸藩士たちが感情に走らずにきちんと調べて話を聞き、真偽を確認した上で行動していれば起こらなかった悲劇でした。

幕末(ばくまつ)の悲劇は往々にしてこのような「短絡的な誤解」から生まれています。

後の天狗党の悲劇もそうですね。

こういった「短絡的な誤解」は、決して遠い時代の遠い出来事ではなく、現代のわれわれの日常生活でも至るところで起こっています。

何か悪いことが起こった時、その不運を受け止める痛みを避けるため「誰か」のせいにして、罪もない「誰か」が恨まれ、言われのない報いを受け、裁かれ、不幸が再生産されます。

いい加減、こういった「短絡的な誤解」はやめましょうよ。

本当の「悪意」による悲劇はごくたまにあれど、ほとんどの場合は能力が足りないこと、不注意等によるミスや、深く事情を知らなかったことによる「誤解」により生ずるものです。

相手の状況や心の動きを洞察し、状況が許せば直接話を聴き、冷静に話し合えばお互いの向かっている方向が同じであり、諍いをする必要がないと気付く場合も多いです。

そのために、より多くの「他人」が考えていることを知る必要がありますし、「自分」の心の動きも把握できるように訓練する必要があるんです。







蒙昧は罪です。







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第16回の楽しみ方―池田屋事件について―


今回は、円四郎暗殺のバックグラウンドとして描かれた「池田屋事件」について書こうと思います。

当時の京都は、少し前に一橋権中納言や島津権左少将久光、松平春嶽らが「朝議参預(ちょうぎさんよ)」という形で政治を行っていたように、江戸(えど)に代わって政治の中心地になりつつありました。


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それは、尊王攘夷(そんのうじょうい)論が盛り上がる中、天皇を敬う機運が高まってきたことによると思われます。

そのため幕府(ばくふ)や藩の中心人物だけでなく、尊王攘夷派の志士たちが多く集まっていました。

これはある意味教育の成果ではあります。

これまでは下級武士や非武士階級として甘んじて幕藩体制(ばくはんたいせい)に組み込まれていた人たちが、知識や情報を得ることで世の中が見えるようになり、「我こそは」と政治を動かそうと躍起になっていたんですね。

ただ残念なことに、「感情の統制」まで教育が及んでいればよかったのですが、そこまでは至らず。

仲間をひどい目に遭わせたり治安を乱そうとしたりする人々に対して感情的に対処し、「仇」であれば暴力を振るってもいいという風潮があったように感じます。

局面によっては暴力が暴力を生む無間地獄(むげんじごく)の様相を呈していたようです。

その暴発のひとつが今回の「池田屋(いけだや)事件」と言えそうです。


近江国古高村(おうみのくみ・ふるたかむら)出身の古高俊太郎は、京都の商家を継ぎ、商売の傍ら長州(ちょうしゅう)藩士ら攘夷派の志士たちと公家・皇族たちとの間を取り持ったり、武器・弾薬の調達などを行っていました。

しかし尊王攘夷派は、文久(ぶんきゅう)3年(1863年)の八月十八日の政変(はちがつじゅうはつにちのせいへん)以降は力を弱めていました。

京都の治安維持を担う新選組(しんせんぐみ)は、その尊王攘夷派(以降「尊攘派(そんじょうは)」)の志士たちが勢力挽回することを恐れた京都守護職(きょうとしゅごしょく)・松平参議容保の命により、中心人物であった古高を捕縛し、拷問にかけます。

この拷問により古高は尊攘派のテロ計画を自白したと言いますが、このテロ計画は尊攘派側の史料が残っていないため、新選組によるでっち上げだという指摘があります。

一方の尊攘派は、京都池田屋に集まり、何かの計画を話し合っていたと言います。

この“計画”は上記テロについてというのが新選組側の主張ですが、この会合に参加していた、もしくは参加予定だった桂〔木戸〕小五郎孝允の日記によれば、古高俊太郎奪回計画だったとのことです。

ともかくも、会合の計画を知った新選組は6月5日、池田屋に志士たちが集まっていることを突き止め、彼らを襲撃しました。

この襲撃で志士側は宮部鼎蔵や吉田稔麿ら重要人物を失い、新選組や応援に駆け付けた彦根(ひこね)藩士・会津(あいづ)藩士も何名か討死しています。

志士たちはこの襲撃に怒り、ドラマで描かれた平岡円四郎暗殺や後の禁門(きんもん)の変などを引き起こすこととなります。

まさに「暴力が暴力を生む」危険な状態となり、悲劇の再生産が始まろうとしていました。

自分の感情との和解ができるか否かにかかっていますが、できるだけ短絡的に相手を憎むことをせず、相手が何を考え、どんな事情でそのような行動に至ったのかを知るように努めれば、こういった悲劇は減らせるはずです。

こんな感じで、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・渋沢 篤太夫〔栄一、栄二郎、栄一郎〕 源 美雄
しぶさわ とくだゆう〔えいいち、えいじろう、えいいちろう〕 みなもと の よしお
・渋沢 成一郎〔喜作〕 源 英明
しぶさわ せいいちろう〔きさく〕 みなもと の ひであき
・藤田 虎之助〔虎之介、武次郎、誠之進〕 小野? 彪〔号東湖、梅庵〕
ふじた とらのすけ〔とらのすけ、たけじろう、せいのしん〕 おの? の たけき〔号とうこ、ばいあん〕
・藤田 小四郎 小野 信
ふじた こしろう おの の まこと
・(一橋)徳川〔松平〕 権中納言〔幼名は七郎麻呂〕 源 朝臣 慶喜〔昭到〕
(ひとつばし)とくがわ〔まつだいら〕 ごんのちゅうなごん〔幼名はしちろうまろ〕 みなもと の あそん よしのぶ〔あきむね〕
・平岡〔岡本〕 近江守〔通称は円四郎〕 源?〔清原?〕 方中
ひらおか〔おかもと〕 おうみのかみ〔通称はえんしろう〕 みなもと?〔きよはら?〕 の けたち
・島津 左近衛権少将〔通称は三郎〕 惟宗〔源〕 朝臣 久光
しまづ さこんえごんのしょうしょう〔通称はさぶろう〕 これむね〔みなもと〕 の あそん ひさみつ
・松平〔徳川〕 越前守〔幼名は錦之丞〕 源 朝臣 慶永〔号春嶽〕
まつだいら〔とくがわ〕 えちぜんのかみ〔幼名はきんのじょう〕 みなもと の あそん よしなが〔号しゅんがく〕
・古高〔枡屋〕 俊太郎〔喜右衛門〕 (氏不明) 正順
ふるたか〔ますや〕 しゅんたろう〔きうえもん〕 (氏不明) まさより
・松平 参議〔通称不明〕 源 朝臣 容保
まつだいら さんぎ〔通称不明〕 みなもと の あそん かたもり
・桂〔木戸〕 小五郎 大江 孝允
かつら〔きど〕 こごろう おおえ の たかよし
・宮部 鼎蔵 (氏不明) 増実
みやべ ていぞう (氏不明) ますざね?
・吉田 栄太郎 (氏不明) 稔麿
よしだ えいたろう (氏不明) としまろ
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
ruriiroiroのココロ
ゆーくんはどこ?
日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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