沖田畷の合戦―「確実な勝利」を疑うべし | 歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

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「温故知新」とは言いますが、世の中を見渡すと表面的な教訓ばかりでイマイチ実生活に活かすことのできない解説ばかりです。歴史的な出来事を、具体的な行動に置き換えて実生活をより豊かにし、願望を実現する手助けになるように翻訳していきます。


※こちらの記事は、令和元年9月27日に書かれたものです。

皆さんこんばんは。
今回は新シリーズ「ビジネスに活かす戦国合戦術」第3弾として「沖田畷(おきたなわて)の合戦」について書きます。

第1回 今山の合戦
第2回 耳川の合戦

『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の小石房子氏の記事をベースに他ブログさんの記事などを参考にさせていただいております(下記)。
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。


江戸時代の島津家に興味のある方は、下記リンクをタップしてください:
『西郷どん』第18~20回―奄美編、面白いじゃないか!

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『西郷どん』第6~10回―「伊集院」家は貴族ではなく薩摩武士です。

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戸次川の戦いに学ぶ―逸って決断してはいけない

ということで、




どういう戦いだったかというと、天正(てんしょう)12年(1584年)、肥前島原(ひぜん・しまばら)半島の沖田畷で龍造寺隆信と島津家久との間に行われた戦いです。

耳川(みみがわ)の合戦での大友(おおとも)氏の敗北を受けて勢力を伸ばした龍造寺(りゅうぞうじ)氏は、島原半島への進出を始めましたが、それを受けて有馬晴信は島津(しまづ)氏に救援を求めます。

島津義久は弟の家久を3,000の兵とともに派遣しますが、対する龍造寺氏は隠退したとは言え実権を握り続ける隆信本人が出陣するといい始め、50,000の兵を率いて出陣します。

島津勢は家久の3,000に加えて有馬(ありま)氏の5,000ですから計8,000。
兵数で言えばどう考えても島津氏の敗北ですが、結果はなんと島津氏の勝利。

そしてなんとなんと、龍造寺氏は大将の隆信をはじめ数々の名将が討ち取られるという悲惨な結果となりました。
(その結果、龍造寺家は瓦解し、鍋島直茂が取って代わることになります)

なぜこのような結果になったのかというと、一般的には隆信の油断があったといいます。
天正8年に隠居して以来、隆信は酒食にふけり肥満していたといいます。
その肥満により馬に乗ることができずに輿(こし)に乗っての臨戦というのも討たれた要因の一つといわれています。

また、合戦当日も兵力を恃(たの)んで作戦らしい作戦もなく、とにかく島津勢をひとひねりすべく突撃するだけだったようです。
対する島津勢は湿地帯(沖田畷は湿地帯です)のただ中に陣を構え、周りに土塁(どるい)を構えます。
ひたすらに前進してくる龍造寺勢に対して、周りの土塁に伏兵(ふくへい)を仕込んでいた島津勢は一気に龍造寺軍を包囲し、鉄砲や弓矢を射かけます。
油断しきっていた龍造寺勢はそれで狼狽(ろうばい)し、軍は一気に瓦解し、ついに隆信が討ち取られます。

といった具合で、この戦いをビジネスに応用するとしたらどうでしょうね?

敗北した龍造寺家からの教訓の方が多いような気がします。

ということで、

・成功確実と思われるようなどんなプロジェクトでも最後まで油断せずに慎重に行うべし

といったことになりますかね。


「油断」に言及した記事:
河越城の戦いから学ぶ―基準を満たすまで手綱を緩めてはいけない

同関連記事:
桶狭間の合戦―不利な状況を受け止める


人間が絡むと常に予想不可能な出来事が起こりますので、油断して無策で臨むべからずってことでしょうかね。

また、島津家の目線から言えばこれは桶狭間(おけはざま)の合戦や上記今山(いまやま)の合戦にも通ずるところがありまして、とにかく寡勢(かせい)のときは大将首を狙うに限りますね。
でないと確実に負けます。唯一の勝ちの手段ですね。
というわけで、

・強大なライバルがいる場合は無駄を省いてひたすら核心部分をつくべし

といった感じでしょうか。

今回は抽象的な教訓しか得られなかったのでなんの役にも立たなそうですが、以上です!

※画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・龍造寺 山城守〔通称なのか官職なのか不明〕 藤原 (朝臣?) 隆信
りゅうぞうじ やましろのかみ〔通称なのか官職なのか不明〕 ふじわら の (あそん?) たかのぶ
・島津 中務大輔〔通称は又七郎〕 惟宗〔源〕 朝臣 家久
しまづ なかつかさのたゆう〔通称はまたしちろう〕 これむね〔みなもと〕 の あそん いえひさ
・有馬 修理大夫〔通称は十郎〕 藤原〔平〕 朝臣 晴信
ありま しゅりのだいぶ〔通称はじゅうろう〕 ふじわら〔たいら〕 の あそん はるのぶ
・島津 修理大夫〔通称は三郎左衛門尉〕 惟宗〔源〕 朝臣 義久〔龍伯〕
しまづ しゅりのだいぶ〔通称はさぶろうさえもんのじょう〕 これむね〔みなもと〕 の あそん よしひさ〔りゅうはく→一般的には「りゅうはく」とされていますが、本来は「りょうはく」のはずです〕
・鍋島 左衛門大夫〔通称は孫四郎〕 源 朝臣 信生〔直茂〕
なべしま さえもんのだいぶ〔通称はまごしろう〕 みなもと の あそん のぶなり〔なおしげ〕
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
JAえひめ物流BLOG
九州戦国史~室町末期から江戸初期まで~
しんこうの趣味のブログ

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