母の四十九日法要 | それでも実家は売れました。 〜施設に入所した親の家の片付けと見守り介護日記〜

それでも実家は売れました。 〜施設に入所した親の家の片付けと見守り介護日記〜

片道6時間の実家に暮らす母を近くに呼び寄せることになったのは、息子の小学校入学の一か月前。ドタバタの引越しから施設入所、物と思い出がいっぱいのまま空き家になった親の家の片付け。たった1人で270kmの道のりを何度も通い、家族の歴史と初めて向き合います。 

母の四十九日法要に選んだ日は

亡くなった日から四十九日が過ぎる前の

前倒しの日曜日でした。

 

 

私は四時起きで

部屋を掃除し、ごはんを焚きます。

 

本当は毎朝ごはんをお供えしたいけど、

朝は毎日パン食の我が家。

 

しかも小学生の登校前はバタバタで、

お線香をあげるのも

忘れそうになるほどです。

 

 

葬儀の後、

お持ち帰り用として渡された後飾りセット ↓

 

 

説明書をみながら

リビングの北側に組み立ててみました。

 

 

 

こんな感じ (^-^;

 

一番奥の段は、元々部屋にあった棚に

白い布をかけたもので

 

セットの中に入っていたのは

まん中と前の段と

(組み立て式のダンボール製で白い布付)

 

一番手前の木製の台でした。

 

仏具は実家から持ってきたものを

あわせて飾ります。

 

 

 

 

実家のお仏壇にかけてあった”お軸”は

息子の勉強用ブラックボードに

磁石式のフックをつけて並べてかけました。

 

お坊さんに教えてもらった

”軸スタンド”だと並べる場所がまた難しくて

 

多分本来の形からは

だいぶん間違っているんだろうけど、

何とか形になったかな、、(^-^;

 

 

私が「仏壇」をどうしても買う

決断ができなかったのは

値段や置き場所の問題ではなくて、

 

 

小四の一人息子に

義父、義母、私の両親の家の仏壇三台を

引き継がせるのは(大きさに限らず)

 

どうにも重荷だよなぁ、、と思う

私の小さな親心からでした。

 

 

きっと、そんな私の気持ちを

お父ちゃんもお母ちゃんも

わかってくれるかな、、と

 

 ごめんね、、

 だって誰かが減らしていかないと

 「もの」って

 どんどん増えていっちゃうんだよ

 

これは「実家の片付け」で学んだ

私の教訓でした。

 

 

 

その日もいつも通り

習い事に行くという息子を

旦那が8時半から送迎し、

 

 

私は兄をグループホームまで

車で迎えにいきました。

 

 

兄の部屋に入ると、

 

葬儀の時とは別人のように

サッパリと散髪を終えた兄が、

喪服に着替え終え

 

世話人さんコロコロとブラシをあてて

もらっていました。

 

 

(私)

「朝早くから申し訳ありません

 着替え、お手伝い頂いたんですね」

 

 

(世話人さん)

「おつかれさまです。

 このくらいしかできませんので」

 

 

 きっと兄貴の今日の姿を見て

 お母ちゃんもホッとするよ

 

 

この日は午後から

台風が近畿地方を直撃するとの予報で

 

昨夜にお寺さんから

30分開始時間を早めて欲しいとの

連絡がありました。

 

 

 お坊さん、こんな風の強い日に

 スクーターで来られるんやろうか、、

 

 

座布団を並べ

炭とろうそくに火をつけ

待つこと5分、10分、、

 

 来ない、、

 

 道に迷ってる?

 台風情報で渋滞してる?

 

 

しばらくして、汗だくの平謝りで

走ってやってきたお坊さん

 

結局 予定より15分程遅れて母の

四十九日法要は始まりました。

 


お経を読んでもらい

廻し焼香をして

お坊さんの法話を聞きます。

 

話の内容はあまり覚えてなくて、、(^-^;

母の遺影をやたら褒められたことだけが

印象に残りました。

 

 

遅れた分も含めて一時間程

 

 

お坊さんに

白木の位牌と過去帳の記入を依頼し

あっという間に

母の四十九日法要は終わりました。

 

 

会食は、、息子のリクエストで

多分マクドだったと思います(^-^;

 

 

兄をグループホームまで送り終えた後、

私はリビングの後飾りをすぐに片づけ

 

元にあった寝室の桐ダンスの上に

母の遺骨と大きな遺影を戻しました。

 

 

 ここの方が静かで落ち着くよね

 

 

父が亡くなった時にたてたお墓は

実家のあった富山にあります。

 

 

 一周忌までにはお父ちゃんのとこに

 連れて行くから、

 もうちょっと待っててね

 

 

そう言って、

遺影の黒いリボンを外すと

写真の母の頬が

少し明るくなった気がしました。

 

 

リビングの棚も白い布を外し、

その上に

父と母の写真たてを置きました。

 

 

 私たちはちゃんと前を向いて

 歩いてるから大丈夫だよ

 

 

 兄貴、、大丈夫かな

 今日も全然喋らんかったけど、、、

 

四十九日はひとつの区切り

 

 

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