金生遺跡を世界遺産 世界標準時の天文台にしよう会

2022.08.03 日の出位置

日の出位置確認のための事前観測
日の出前

 

日の出 飯盛山の左側、麓から


ところで、縄文時代の立秋の日はいつか

縄文時代 金生遺跡 大配石 太陽暦観測施設

縄文時代の暦日は暦計算で、日数が整数計算されて、小数点以下切り捨てされていれば
冬至から立春は45日目        2/4日
現代の太陽暦では45.5日   2/4日または2/5日
0.5日の不足なので一致すると見て良いでしょう。

立春からカウントするとしたときは
    立春    春分   立夏   夏至   立秋
立秋は  0 +45日   +45    +45   +45   となり
現代の暦は   +0.5   +0.5    +0.5   +0.5
縄文時代の暦は 2日不足となると思う

このように暦日計算で、端数は切り捨てされているとすれば、日数が不足する
それは立秋まで 2日不足となり、現代の暦より2日はやく立秋としていたのだろう。

冬至から立秋までの日数は      半年は 365日/2  182.5日
       立春    春分   立夏    夏至    立秋
現代の暦   45.5日   91日   91+45.5日  182.5日  182.5+45.5日

縄文時代   45日    90日   90+45日   180日   180+45日

不足日数は 2.5+0.5  3日
立秋の日は縄文時代には現代の暦より 暦計算で 3日不足するので 8/4日となるのではないか

立秋石棒の指す方位は飯盛山の 8/7日よりピークに近い方位となるのだろう。
8/4 8/5 のいずれかが立秋とされていたものだろうと考える。

 


立夏からは日の出の初光は、石棒へ影を落としていたことから、石棒を外れた位置に影が来たときが立秋とされるのだろう。

                             

図はお借りしました

8/04日 日の出観測しましたが、雲が厚く垂れ込めて、日の出は見ることが出来ませんでした。自然とはこんなものでしょう。

8/5日 薄曇り 日の出観察結果は当日現地で説明することを計画しています。

8/6日 雨で日の出は見えませんでした。


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