第54話 シモンの誇り【滅亡世界の魔装設計士 第八章】

第八章 たとえ、カムラを敵に回しても

 

 

ヴィンゴール
バラム、シモンの言っていることは確かか?
バラム
い、いえ……私も存知上げてはおりません……

 

ヴィンゴールがバラムに問うと、バラムは困惑した表情で首を横に振った。

シモンは代わりに答える。

 

シモン

本来は、このことについては口外しないという契約をシュウゴと結んでおりました。実際、この場でこれを明かすことなど、私自身考えもしていませんでした。

お恥ずかしながら、私は今朝、この場に足を運ぼうとしたものの、シュウゴを助けることのできない自分を恥じ、シュウゴの最期を見るのが怖くて逃げたのです。しかし、自分の鍛冶屋へ戻ったとき、ある親子のなにげない会話が耳に入りました。無邪気な少女がこう言ったのです。

 

あかりがあるおかげで夜が眠れる。これがなかったら、もう町から逃げ出していたかもしれない。作ってくれた人に感謝しなきゃ……でも誰に感謝すればいいんだろう?』

と。

私は彼女に伝えたかった。是非とも私の親友をねぎらってやってほしいと。

そして悔やみました。なぜ、そんな温かい気持ちがシュウゴへ届かないのだろうかと。だから私は決めたのです。本来、シュウゴがもらうはずだった感謝の気持ち、今度こそ彼に届けようと

 

人々はシモンの言葉に聞き入っていた。

いつの間にか、シュウゴへ向ける眼差しも変わりつつある。

憎悪や怒りの感情から困惑に変わり、純粋な人は穏やかな表情に感謝の気持ちが表れていた。中には涙を流す者もいる。

 

騎士たちも命令とはいえ、自分の行動が本当に正しいのか自信が持てなくなっていた。

そしてシュウゴは、ひざまづいたまま固く目をつむり、鼻をヒクヒクさせながらも必死に涙をこらえている。

 

メイ

お兄様……

ニア

シュウくん……

 

間近で見ていたメイとニアも泣きそうになりながら呟いた。

彼女らを押さえ込んでいた騎士たちの束縛は弱まったものの、体は動かない。

 

クノウ

――ちっ、冗談じゃない

 

ハナメの横で面白くなさそうに呟いたのはクノウだった。

彼は静かに処刑台の方へ向かおうとハナメとグレンに背を向けるが――

 

クノウ

――っ!?

 

ハナメがすぐさま小太刀を拾い、クノウの背に突きつけた。

 

ハナメ

動かないでください

 

ハナメが冷たく鋭い声で囁いた。どさくさに紛れてシュウゴを殺そうとするクノウの狙いが見え見えだったのだ。

それが分かったため、グレンも彼女の行動を止めなかったのだろう。

 

クノウはため息を吐くように舌打ちをし、前を向いたまま頷くと剣を手から離した。

他のクラスBハンターたちも動こうとしていたが、バロキスの前にはアンナとリンが立ちふさがり、ガウンはゲンリュウのひと睨みで足を止めた。

 

しかし、まだ折れない者がいる。

ヴィンゴールの後ろでキジダルが気丈に言い放った。

 

キジダル

世迷言をっ! 数々の有用な道具をあの男が作ったなど、どこに証拠がある!? 私にそんな大嘘、通用せんぞ!

 

それを聞いて幹部連中もヴィンゴールもハッとした顔になった。

あまりに衝撃的な話だったために、正常な判断力を失っていたのだ。

真偽が定かでない以上、ヴィンゴールも慎重になる。

 

ヴィンゴール

キジダルの言う通りだ。証拠がなければ信じるわけにはいかんな

 

シモンはすかさず、背に担いでいた小さな風呂敷から一枚の紙を取り出す。

くしゃくしゃになっているそれをゆっくり広げると、なにやら線画が描かれており、余白にはびっしりと文字が書き詰められていた。

キジダルが不審なものを見る目で問う。

 

キジダル

なんだそれは?

シモン

これは、シュウゴの描いたフラッシュボムの設計図です。他にも、今まで彼の持ち込んだ設計図がここにあります。筆跡を見てもらえれば、彼の描いたものだと証明できます

 

 

会心の一手だった。

これにはキジダルも言葉を失い、バラムは部下に一枚の紙を持ってこさせ、急いでシモンの元へ向かう。

バラムは手元の紙とシモンの持っている設計図をゆっくりと慎重に見比べた。

バラムの持っている紙には、シュウゴの罪状などが記されてあり、シュウゴの自筆サインがある。

 

皆が固唾をのんで見守る中、ようやくバラムは顔を上げた。

 

バラム

……間違いありません。これはシュウゴの字です

 

ヴィンゴールとキジダル、後ろに並ぶ幹部たちが一様に目を見開いた。シュウゴの仲間や騎士たち、沈黙していた群衆も同様に驚愕の表情を浮かべ、「おぉぉぉ」と感嘆の声を漏らす。

 

キジダル

待てっ! それだけの技術が、たった一人の若者によってもたらされただと? 分かっているのか? そなたは自分が無能ですと言っているようなものだぞ。恥ずかしくはないのか、鍛冶屋としてのそなたの誇りはどこにある!?

シモン

誇りならありますよ。シュウゴという偉大な技術者の、『友』でいられるという誇りがね!

 

シモンは胸を張って堂々と言い返す。そしてこの好機を逃さず一気に畳みかける。

 

シモン

ここまでカムラが活気づいたのは、シュウゴの影響が非常に大きい。彼がいなくなれば、たとえカムラの復興が成功したとしても、その後の発展はなくなり、カムラは再び闇に閉ざされます。ですから今一度、彼の処遇についてお考え直し頂きたい! そもそも、彼が海の魔物を呼び込んだという証拠も、領主様の側近の座を狙っていたという根拠も、どこにもないはずです!

キジダル

なら、おぞましい魔物たちをカムラへ引き入れたことはどう説明する? 奴らをカムラに連れ込んだのは、あの男自身ではないか。一体どんな正当な理由があるというのだ? 所詮は奴らの力を使って手柄を立て、成り上がるという私利私欲のためであろうが!

シモン

それは――

 

シモンがフルに頭を回転させ、キジダルに反論しようとする。

しかし、彼よりも先に答えた女がいた。

 

マーヤ

――彼が優しい人だからです

 

 

ヴィンゴール

っ!?

 

その声を聞いた瞬間、ヴィンゴールが目を見開く。

処刑場に新たに乱入してきたのは、マーヤだった。

彼女はシモンの後ろから現れると、シモンの横に立ってキジダルをまっすぐに見つめた。

キジダルは分が悪いと認識しているのか、頬を僅かにひきつらせ、それでも聞き返す。

 

キジダル

どういうことでしょうか?

マーヤ

シュウゴさんは、相手が誰であろうと……たとえ、人でなくても平等に慈愛をもって接してきました。その結果、彼に強い魅力を感じた者たちが、自らの意思でここまでついてきたというわけです。つまり、彼の人徳が成した結果なのです。メイさんとニアさん、彼女たちが彼を慕っているということは、本人たちから私が実際に聞きました。今はまだ投獄されているデュラさんも同じ思いでしょう。ですから、彼がカムラを陥れようとしたなどという事実はありません。これは疑いようもない冤罪なのです

 

マーヤは柔らかい表情を浮かべながらも、常人では気圧されてしまうほどの存在感を放っていた。

これが教会の代表。領民から絶大な信頼を得ている彼女の言葉は、聞いた人を優しく包み込むように自然と納得させてしまう。

だから彼女は、表舞台には立たないようにしていた。

 

しかし今回は違う。討伐隊の幹部たちは事の重大さをまざまざと感じていた。

キジダルが緊張にこめかみを痙攣けいれんさせる。彼にとって、言葉だけでは抗えない特殊な相手は、脅威でしかない。

 

キジダル

わ、分かりました……ですが私にはまだ、彼がカムラの味方であると思えません。それほどの高度な技術、なぜ口外しなかったのでしょうか? 結局は、自分の利益のためにカムラの発展を遅らせているではありませんか

 

負け惜しみにも思えるキジダルの言葉を聞いた瞬間、シモンの目が光った。勝ちを確信したのだ。

自分の失言にも気付かず、さらに言葉を続けようとしたキジダルへヴィンゴールが顔を向ける。

 

ヴィンゴール

キジダル、それ以上みっともない姿を晒すのはよせ

キジダル

な、なにを……

ヴィンゴール

シュウゴとそなたとでは、所属している組織が違う。町のため己の利益を求めず、民のために労働力を提供するのは、政治家や討伐隊のやり方。しかし、創意工夫によって個々の利益を追い求めるのがバラム商会のやり方だ。そうだろう? バラム

 

バラムは「はい」としっかり返事をする。

商人としてそれだけは譲れないのだ。無償で土地を貸すことなど、決してできることではない。

そういう金に対する自由度があるからこそ、人が生き生きと働けるという側面もある。

ヴィンゴールに諭され、キジダルは反論できずにがっくりとうなだれた。

 

キジダル

……申し訳、ございません……

 

最後にシモンが付け加える。

 

シモン

その技術を口外しなかったのは、自分に極力注目が集まらないようにするためです。そうなってしまえば、仲間たちの噂は広まり尾ひれがつき、やがては今回のようなことになってしまいかねない。だからシュウゴは、自分の栄光と引き換えに、仲間を守ろうとしたのです

 

それを聞いたアンナが頬を緩め呟き、リンが同調する。

 

アンナ
やっぱりシュウゴは凄いヤツだ
リン
ええ、想像を絶するほどにね

 

ハナメは目を潤ませるとすぐに、額の仮面を顔へ下ろす。

クロロは、背に足を乗せていたハンターたちを押しのけ立ち上がると、場違いにも笑みをこぼす。

メイとニアは目に涙を溜め、肩を震わせながら俯いていた。

 

シュウゴ
…………………………

 

シュウゴは、ひざまづいたまま空を見上げ、ボロボロと涙を垂れ流している。

なんだか救われたような気分だった。

自分のこれまで積み重ねてきた努力、様々な人との出会いと助け合いが、ここで一つに繋がったのだ。

 

そして、ヴィンゴールが背後に暗い表情のキジダルと険しい表情のカイロスを連れ、処刑台を上がった。

ゲンリュウが一歩下がり頭を下げると、ヴィンゴールはシュウゴの横に立ち、この場にいる全ての領民へ告げる。

 

ヴィンゴール

カジ・シュウゴがカムラに魔物を引き連れ陥れようとしたという噂は事実無根であり、冤罪であったとここに明言する。むしろ、彼はこのカムラに繁栄をもたらす逸材だ。これをもって処刑は即刻中止。彼を罪人扱いする者は、このヴィンゴールが何人なんぴとたりとも許さないと誓おう!

 

ヴィンゴールの宣言により、そこら中で歓声が沸き起こる。

シュウゴを想う者たちの必死の訴えによって、無意味な戦いにとうとう終止符が打たれた。