所在地   愛媛県西条市州の内字甲西原

城主    難波江藤太夫、難波江藤之助

時期    天正年間

 

 

 

訪城紀行

国道11号線を加茂川を越え、しばらく走ると左側に「湯之谷温泉」の看板が見えて来る。

此処を左折して温泉の前で引き返すように細道を東に向いて走ると立派な塀構えの家がある。

この前を通り少し行くと、大きな杉尾神社の鳥居が右側に建っている。ここで右折すると奥に神社が見える。

ここが難波江氏の居館跡。

神社の境内に土山城跡の木標が建っているが城跡でなく居館跡、神社の横の畑や梅林が居館跡、

裏には堀跡と思われる水路が流れている。石碑が建っている所は城主の末裔の方が今も住んでいる。

神社で落ち葉を掃き清めていた夫婦に尋ねると、やはり城跡は別の所にあって、此処は館があったとの事。

また、地元の人はこの神社は杉尾神社と呼ぶより難波江神社と呼ぶらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

居館跡にあった杉尾神社入口に大きな石碑がある。後方の民家が

城主の末裔の難波江氏の住居。

杉尾神社の本殿

 

標柱の横にある石は松平頼純公の腰かけ石

 

梅の木の奥に見える民家が城主の難波江氏の家。

 

 

 

 

沿革

 この杉尾神社の地は城主難波江氏の居館跡。

天正年間、難波江藤太夫、蔵之助が拠った城である。

神社の入り口、には末裔の人が今でも住んでいて地元の人は杉尾神社の事を難波江神社と呼んでいる。 

 

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