本の感想『中学受験を考えたときに読む本 教育のプロフェッショナルと考える 保護者のための正しい知識とマインドセット』

中学受験関連の書籍レビュー

矢萩邦彦 編著 『新装改訂版 中学受験を考えたときに読む本 教育のプロフェッショナルと考える 保護者のための「正しい知識とマインドセット」』のレビューを、元 大手集団塾講師、現役家庭教師の視点から書いていきます。

一言でいえば、かなり面白かったです。他の中学受験系の本は「一回読んだらもういいや」となることが多いのですが、この本は何度も繰り返し読んでいます。保護者様にもぜひおすすめしたい本です。

この本は、よくありがちな「こうすれば、中学受験が上手くいくよ!」といったノウハウ集ではありません。矢萩先生が、教育サービスの分野で活躍する6名の専門家に対して、中学受験や子どもの導きについて訊く、インタビュー形式の本です。

矢萩先生はご自身も塾を運営しており、リアルタイムで子どもたちを教育しているとのこと。話の引き出し方が上手いため、インタビューイーのみなさんも結構ぶっちゃけております。矢萩先生自身の意見もどんどん語られるので、インタビュー本というより「対談本」に近いといえるかもしれません。

子どもの教育について、「考える」ヒントが得られる

インタビューを受けている6名の方は以下の通りです。

・ 安浪京子先生(算数プロ家庭教師・中学受験専門カウンセラー)
・ 小川大介先生(教育家・見守る子育て研究所所長)
・ 宝槻泰伸先生(探求学舎 代表)
・ 竹内薫先生(YES International School所長)
・ 高濱正伸先生(花まる学習会 代表)
・ おおたとしまさ氏(教育ジャーナリスト)

安波先生、小川先生は中学受験の分野をメインに活躍されている教育家です。私は、安波先生、小川先生の深い知見と豊富な経験をリスペクトしています。今回の本に載っている彼らの話も、非常に興味深いです。しかし、やはりどこかしら、中学受験で「食べている」方々のポジショントークになっているのは否めません。おおた氏にも同じことがいえます。それは仕方のないことです。

ですが、この本の面白いところは、中学受験をメインフィールドとしていない教育家の意見も集めている点にあります。宝槻先生は探求型の教室の主催者で、竹内先生はインターナショナルスクールの校長です。高濱先生は「スクールFC」という中学受験の塾を運営していますが、いわゆる「大手集団塾」的な運営方針とは違う塾です。個人的には、高濱先生の話が一番興味深かったので、後ほど紹介します。

さまざまな教育家の意見から、「そもそも、中学受験するのか否か」「中学受験するなら、どんな学習スタイルを取るのか」「子どもにどんな教育を受けさせて、どんな大人になってもらいたいか」といったことを【考える】ヒントが得られるのが、この本の魅力といえるでしょう。

親が「自分の頭で考える」ことの大切さとは?

巻末で矢萩先生が書かれていることに、この本の真髄が詰まっています。良い文章だったので紹介します。

この本は、たくさんの矛盾を孕んでいます。共感できることも、違和感を覚えることもあったと思います。全員の意見が重なることも、まったく相容れない部分もあります。しかし、中学受験の多面性を捉えようとすれば、その矛盾に向き合うことこそがリアルで、自分や家族とどう折り合いをつけるのか、葛藤して精査して何かを捨てて何かを選ぶ、そういう過程が本質的な学びにつながると思っています。

「せっかくやっているんだから、不安を煽るようなことを言わないでください」

いろいろな可能性を提示すると、必ずそういう意見を持つ保護者や教育関係者がいます。しかし、ちょっと立ち止まって考えてほしいんです。不安要素を隠さなければ揺らいでしまうような決意で中学受験をすること、志望校を選ぶこと自体が何かおかしいわけです。しっかり不安材料を認識し、精査したうえで判断すること。それこそが主体性です。受験に限らずですが、100パーセントおいしい話などありません。合格を目指すならば、必ず何らかのトレードオフが必要になります。誰かの意見でコロコロ変わるような状態では、同じように誰かの価値観でコントロールされてしまいます。

矢萩邦彦 編著『新装改訂版 中学受験を考えたときに読む本 教育のプロフェッショナルと考える 保護者のための「正しい知識とマインドセット」』 二見書房

この本においては、「スポーツと受験勉強の両立は可能か?」、「志望校をどうやって決めればいいのか?」といったテーマに関しても、三者三様の意見がバラバラに語られています。あえて、そのような構成にすることで、読者が「じゃあ、うちの子にとって、最適な選択はなんなのだろうか?」と考えられるようにしているのだと思います。

私は前回記事にて、朝比奈あすか氏の『翼の翼』を酷評しました。「なぜ、主人公夫妻が教育虐待するまでに至ったか?」の背景にあるものの掘り下げが甘かったからです。(えらそーですみません。でも本音・・・)

一方、『翼の翼』では書けていないことが、この本には書かれています。矢萩氏が作中で述べている「物事の多面性を知る」「自分の頭で考える」「自分が何をしたいか / 本当に大切にしているものは何か、という気持ちと向き合う、この視点がないと、どんどん大きな何かに流されてしまい、人は不幸になるのではないでしょうか。(子育てとか中学受験に限ったことだけではないと思います)

「学校システム」の問題点

では、どうして人は自分の頭で考えられなくなり、他人に流されてしまうのでしょうか? それは高濱正伸先生のインタビューから考えることができます。

高濱「まあ、なんとなく自分が育ったこととか、子育て中のエピソードとかは言えるけど、教育とか子育てをちゃんと考えて方針を言語化して持ってる人ってやっぱり少ない。流れでやっちゃってるだけなんで」

矢萩「今、僕のところに来てる保護者のなかにも、『先生の言ってることはわかるんです。でも、私には自分軸がないんです』みたいな主張されるお母さんもいらっしゃるんですよ。たいてい助けを求めてるんですが」

高濱「いや、それは人に聞いている時点で終わってる。でも、その親はある意味正直ですよ。それを言えない人とか、封をしてる人だらけですからね」

矢萩「なるほど。話を聞くと家族とか親戚と価値観が合わない。で、みんな自分の経験ベースで話すから平行線なんですよね。僕自身は、たとえ平行線でも話し合うことに意味があると思っているのですが」

高濱「結局、議論とか対話しまくる時間が、日本にはないから苦手なんですよ」

矢萩「事なかれ主義というか、ちょっと意見が違う人には、もう引いちゃうっていうかね。やっぱり僕はその構造の根本って学校にあったんじゃないかって」

高濱「そうですよ、個々の先生ではなく『学校システム』が悪い。それも散々いろいろな形で言われてるんですけどね。あと、やっぱり、『はい、ここで何か意見ある人』って言っても、老若男女すべての組織で誰も手を挙げないですからね、日本って。誰かが挙げたら、ポンポン挙げるんですけれども。」

矢萩邦彦 編著『新装改訂版 中学受験を考えたときに読む本 教育のプロフェッショナルと考える 保護者のための「正しい知識とマインドセット」』 二見書房

高濱先生・矢萩先生ともに、現行の「学校システム」が思考停止を生み出していると指摘しています。あくまで要因の一つでしか無いとは思いますが、自分も同感です。

また、この話題の後に高濱先生・矢萩先生は、「考える」ことだけでなく、「自分の気持ちと向き合う」ことの大切さも述べています。みんな仮面をかぶることに慣れすぎてしまっていて、自分の本心に気づけなくなっている。だから、「一応周りもなんか誉めてくれた状況なのに、ちっとも心震えていない自分」みたいな「違和感」をちゃんと捉えて、1~2行の日記にすると良い、といった具体的なアドバイスもありました。

それにしても、高濱先生の「終わってる」という言い方は、色々な意味でスゴイ・・・。他にも本音の語りが満載なので、興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

まとめ:読解力&考える力を、必要とする本である

このブログでは、何かについて論じる際、なるべくプラス・マイナスの両面を書くように意識しているのですが、今回のブックレビューは、終始褒めるような形となりました。本全体の構成や、話題の選び方にも緻密さが感じられて良かったです。

この本のマイナス点を強引にでも挙げるなら、わかりやすさは無いという点でしょう。読み手の読解力や考える力が要求されます。私からすれば、逆にそこが良いと感じるのですが、単純明快なノウハウ本(「これをやれば大丈夫!」、あるいは「今、あなたがやっていることは間違っていないですよ!」みたいな内容の本)を求めている方には合わないとは思います。


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