同時通訳は、世の中でもっとも過酷な仕事の一つと言って間違いないと思います。
私自身、会社の中の仕事で、海外の参加者とつないだ会議の運営に携わったことがあり、日本語の会議の内容を同時通訳の方に英訳してもらったことがあります。
会議資料は事前に渡して読んでもらっていますが、事前には予想できない質疑応答も通訳が必要です。社内では流通していても、世間一般では使わないような言葉を、早口でお構いなしに発言されては、訳す方には、話されている日本語の内容も分からないのではと思ってしまいます。
そういう現場での「失敗談」を紹介したこの本は、英語独特の表現を日本語に訳せなかった、あるいは、誤訳してしまった例をとりあげています。
おそらく、ご本人は冷や汗ものだったのでしょうが、プロでもピンチを経験するという、この仕事の大変さがわかります。
紹介されている「訳せなかった」英語フレーズとは、例えば:
“…BOM Explosion in Osaka…”
BOMは Bomb(爆弾)と発音も同じ。
これを耳で聴いたら、「大阪での爆弾の爆発」ととっさに訳してしまって当然ですが、BOMというのは 実は"Bill of Materials" の略で、製品の部品の一覧表の意味。BOM Explosion は「部品表の展開」といった意味になるのだと。
急にそんな表現に遭遇しても、「知らんがな」 (´・ω・`) ですよね。
そうかと思えば、こういうワナもあります:
“NATO is not good.”
NATOは、今まさにロシアとの緊張が高まっている「北大西洋条約機構」North Atlantic Treaty Organization の略。新聞記事で見ない日はありません。そのNATOが、うまく機能していないという批判なのか?
しかし、このフレーズが出てきたのは、ビジネスの会話。なぜ人工知能に関する法整備についての議論の中に急にNATOが飛び出してくるのか、通訳の人も内心おかしいと感じた矢先に、実は、No Action Talk Only (有言不実行)の略で、「もう話し合いは十分、これからは実行だ」という意味だったことが分かった、等々。
最後にもう一例。
“We’ve been bootstrapping ourselves since our founding.”
これは、その場では何とか訳したものの、最適な訳し方がすぐにはわからなかったというものです。
Bootstrapというのは、ブーツの上の方に付いている、つまむための革(ストラップ)を指すそうですが、
Pull myself up by my bootstraps
は、自分のブーツのストラップを引っ張って自分を持ち上げる、という意味だとか。
ほら吹き男爵・ミュンヒハウゼンの冒険譚では、馬とともに沼地にはまり込んだ時に、自分の髪の毛と馬のたてがみをつかんで引っ張り上げ、沼地を脱出したというエピソードがありますが、英語版では、髪の毛ではなく、ブーツのストラップを持って引き上げたことになっているそうです。
(その方が、痛くはなさそうですが ((笑))
同時通訳者が遭遇したという実際の例("bootstrapping ourselves since our founding")は少し表現が違いますが、その意味するところは、ある会社が起業以来、誰の手も借りずに(つまり、借金をしないで)自己資金だけで運営してきた、ということだそうです。
また、「ブートストラップ」は、IT用語としても使われており、コンピューターの電源を入れると、コンピューターが使用可能な状態になるまでプロセスを、コンピューター自身が自力で行うことを指します(単に、「ブート」とも言う)。
何気なく使われる言葉の裏に、意外に深い背景があることがよくわかり、勉強になる本です。
それにしても、言葉の面白さを楽しんでいれば済む一般人と違い、何の前触れもなく、突然に降りかかってくる言葉と格闘する通訳という職業は、本当にキツいお仕事。このお仕事を楽しんでこなせる人には、尊敬という言葉しかありません。
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今日もお読みいただき、ありがとうございました。