わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

シュレディンガーの子猫~ジョージ・アレック・エフィンジャー②

2024-01-29 22:41:56 | 海外SF短編

 19世紀末のイスラム世界にあるまち、ブーダインのラマダン明けの祭礼の夜、貧民街の暗がりの薄汚れた路地に、12歳の少女ジハーンが誰かを待っています。

 この夜からのジハーンの運命は、どのように展開していくのか、彼女にもわかりません。

 一つの物語は、ジハーンがレイプされてしまい、婚資を当てにしていた父親や男兄弟から家を追い出され、街の女となり、次第に色香も失せて、ついには、この路地で野垂れ死んでしまうというもの。

 もう一つの物語は、ジハーンは隠し持っていたナイフで、レイプするであろう男を刺し殺し、イスラムの掟にしたがい斬首されてしまうもの。

 また一方の物語は、たまたま当地を旅行していた物理学者ハイゼンベルグが、ジハーンの命をお金で贖って救い、ジハーンは彼の庇護のもと、物理の才能を開花させ、有能な助手となり、さらにナチスの原爆完成を阻止するというもの。

 ジハーンは、様々なヴァリエーションに分岐していく世界を幾度となく経験し、また、始まりの路地へと戻っていきます。

 

 量子力学の魅惑的な仮説「多世界解釈」を前面に押し出した作品として有名なものですね。

 この仮説では、他の世界へ移動したり、干渉することはできず、観測することも不可能ということですので、ジハーンのように、他の多くの世界を経験し、記憶していることはありえないことになりますが、そこは、SF的「超俯瞰」の能力を持つということですか。

 異文化、異世界の雰囲気が色濃いイスラムの世界と、著名な物理学者が議論を繰り広げた量子物理学の黎明期をからませ、「多世界解釈」を自ら運命を切り開くことができる可能性と解釈し、少女の希望につなげていくという、なかなかアクロバティックな構成をとっています。

 個人的には、この錯綜感が心地よいと思うのですが、変に凝り過ぎとの見方もあることでしょう。

 でも、この「変」なところ、不安定さが、ジハーンの解放感にあふれた明日への一歩という、ラストのストレートな喜びに、不思議にはまるんですよね。

 持病に悩まされ、火災に遭うなど、しんどい時期が続いていたエフィンジャーが、ようやく長編で「重力が衰えるとき」のヒットをとばし、好調だった時期である1988年に発表したこの中編は、ヒューゴー、ネビュラのダブル・クラウンを獲得し、スタージョン記念賞、星雲賞も受賞しています。

 昨今の名作リバイバルの流れに取り残された感があり、どこかで拾ってほしい作品です。

 ところで、ジハーンの最後のつぶやきは謎めいていますね。

"heisenty uncertainberg principal" もちろん、正しくは" heisenberg uncertainty principal"

 ことばの意味を明らかにしようとすると、つづりが特定できなくなる、そんな遊び心なのでしょうか。

 

 


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