巴投げ られ の思い出
吾輩は、理系、文系とかで言うと美術系
体育会系では全く無いのですが
小、中と絵や習字に関しては褒められることが多く好きでした
反面、スポーツ苦手
運動神経悪い芸人ほどではないにしろ
そんなんでは女の子にもて方も弱かろうと
高校で、にわかにできた友人と柔道部に入部
*歌は天童よしみさん、にゃんこ先生は愛川欣也さんでしたな
見学に行ったら、近藤正臣ばりの長髪のカッコいいさわやかな3年の先輩がいて
当時、柔道一直線、柔道讃歌、いなかっぺ大将、などのスポ根ドラマ、漫画にも感化され入部
そのカッコいい先輩は3年でしたから部活に来なくなり
壁みたいな厳つい先輩と、悪猫みたいなクセのある先輩が仕切るようになり
がっかり
そんな中夏合宿、
月一回、地域で昇段前の昇級試験があり
その初戦で吾輩は巴投げを食らったのです
巴投げなんてそうそう決まる技ではないのに
そのショックと、きつい練習での怪我で、さぼりがちとなり
一緒に入った友人も嫌気がさしており、毎日見つからないように脱走していました
そんなこんなで顧問のジャイアント馬場似の、馬場とあだ名されていた先生に
スリッパで頭を叩かれたりして
「ここで逃げたら一生逃げることになるぞ」
と言われ苦し紛れに美大受験のためと言って
やめることを許されました
そんなこんなで、美術系を本気にやらざるを得なくなり美術部に
、、、、
あの時柔道部に入っていなければ、あの時巴投げで壮絶に負けていなければ
こちらの道には来なかったかも知れませぬ
昭和のあの頃のスポ根アニメや漫画で、部活を決めて
打ち込んだ人も、挫折した人もいるでしょう
そこから人生変わったり
不思議なものです
夏合宿のころになると思い出すほろにがな思い出でした
馬場先生はどうしているかなあ
ムーちゃん、キャット空中三回転 知ってるかな
今日も吾輩の猫である