短編映像シナリオ「嫁姑」

 


○駅前(夕)

   電話を片手に歩いてくるスーツ姿の日

   野彰(29)。

   小さく手を上げる日野理紗(27)もスーツ

を着て、パソコン鞄を持っている。

日野「はい、はい。わっかりました。はい、

それでは改めましてお電話させていただき

ます。はーい、失礼いたしますー」

   日野、電話を切る。

日野「ごめんごめん。お待たせ」

理紗「ううん。忙しかった?」

日野「いつも通り。デザインを修正して欲し

いってさ。帰ってから残業だぁ」

理紗「やだぁ。帰って家で食べる?」

日野「結婚したら月に二回はゆっくり外食し

ようって決めたでしょ。気にしない気にし

ない。ほら行こう」

   歩き出す日野と理紗。


○日野家・リビング(夜)

日野の声「ただいまー」

   日野、リビングの扉を開けて、電気を

つける。

   机の上にメモが置かれている。

   日野、メモを見る。

理紗「なに? それ」

日野「明日これ作って」

理紗「レシピ? 彰の字じゃないけど……え

っ、浮気してないよね?」

日野「違うって」

理紗「じゃあ何?」

日野「……僕の母さん」

理紗「冗談やめて。そんなわけないでしょ」


○彰の実家・仏壇(昼)

   カーテンの閉まったリビングに仏壇が

   ある。仏壇には日野陽子(34)の遺影。

理紗「彰のお義母さんは七歳のときに亡くな

ったんでしょ。嘘つかないで」


○日野家・リビング(夜)

日野「嘘じゃないよ。信じられないと思うけ

ど……子供の頃からずっとなんだ。一人暮

らししてるときもよくあった」

理紗「信じられない」

日野「わかった。ほら、携帯。やましい連絡

なんかしてないから」

   日野、携帯を机の上に置く。

   理紗、苦い顔で携帯を確認する。

日野「たぶん心配なんだよ。相手は幽霊なん

だ。許してやって」

   理紗、日野をじっと見つめる。


○日野家・リビング(夕)

   スーツ姿の理紗、買い物袋を下げて扉

を開く。

理紗「よいしょっと」

   買い物袋を机の上に乗せる。

   カタン、と、風呂場から音がする。

   理紗、びっくりして身を固める。

理紗「……い、いるわけない。幽霊なんて馬

鹿みたい。あんなこと言う人だなんて思わ

なかった」

   理紗、買い物袋の中身を仕分けする。

   机の上からレモンが床に転がる。

   理紗、手に持った野菜を冷蔵庫に詰め

る。

   冷蔵庫を閉めて振り返る理紗。

   レモンが机の上に乗っている。

理紗「きゃあっ!」

   震えながら身を縮めて座り込む理紗。


○日野家・リビング(夜)

   理紗、部屋の隅っこに座っている。

   扉を開けて覗き込む日野。

日野「ただいまー……どうしたの?」

理紗「無理……もうやだ……」

日野「えっ? なにがあったの」

   日野は大またで理紗に歩み寄る。

理紗「幽霊なんて聞いてない! 気持ち悪

いの! あなたおかしいのよ!」

日野「なんだよ、いきなりそういう言い方は

ないんじゃない」

理紗「普通は幽霊なんか見えないし、信じな

いし、そもそもいないの! それにこんな

歳までお母さんに世話されてるって何!?」

日野「うっ……返す言葉もないよ」

理紗「もうっ、大人なんです! いい加減出

てってください! 彰は私の夫なの!」

   理紗、泣き出して日野に抱きつく。

   日野、理紗を抱きしめる。

理紗「監視されているみたいで辛いよ……」

日野「そうだよなぁ。母さんが早く死んだ、

とか、幽霊だから、とか、関係ないよな」

   うなづく理紗。

陽子の声「ごめんなさい」

   顔を上げ、周囲を見渡す理沙と日野。

日野「……ご飯食べようか」

理紗「ごめんなさい。作ってないの……」

日野「じゃあどっか食べ行こう。ほら、顔

洗ってきて」

   理紗、気だるく立ち上がり

理紗「なんか……ごめんなさい」

日野「ううん。理紗の言うことは、その通り

だから」

   日野、笑う。

   理沙に背中を向けて、小さくため息を

つく日野。


○日野家・玄関(朝)

   理沙と日野、マフラーや手袋など冬の

装い。大きな荷物を背負っている。

理紗「忘れ物ない?」

日野「うん。大丈夫……だけど」

理紗「なあに?」

日野「やっぱ行くのやめない?」

理紗「はあ? なんでそんなこと言うの」

日野「うん……いや、なんとなく……」

理紗「なにそれっ! 意味わかんないんだけ

ど! なんで出掛けになってそういうこ

と言うの?」

日野「ごめんね、本当にごめんね。ただ、そ

の、ええと……」

   リビングから食器の割れるガチャンと

いう音がする。

理紗「もう、やだっ、なにー?」

   荷物を玄関に置いてリビングへ向かう

理沙。


○日野家・リビング(朝)

   食器棚が開いて、マグカップが落ちて

割れている。

理紗「なんでぇ?」

   しゃがんでカップを摘みあげる理紗。

   日野、理沙の肩をつかんで、

日野「やめよう、本当に、いくのやめよう。

お願いだから。今回はやめよう」

理紗「……わかった。なんかいやになっちゃ

ったし」

日野「今朝、夢に母さんが出てきたんだ」

理紗「またお母さん?」

日野「違うんだよ、本当に久しぶりなんだよ。だから何かあるんだ、絶対に」

   理紗、大きくため息をつく。


○日野家・リビング(昼)

   テレビを見ている理沙と日野。

アナウンサー「臨時ニュースです」

   テレビ、バラエティから事故の映像に

切り替わる。

アナウンサー「本日午前十時、スキー場に向

かうバスが転倒しました。乗客は重軽傷を

負い……」

理紗「ひっ」

   理紗、飛び跳ねるように身を縮める。

   日野、身を乗り出す。

日野「このバスって!」

理紗「やだ……」

日野「そうだ、乗る予定だったバスだ!」

理紗「なんで、なんで……嘘でしょ」

日野「嘘じゃないっ! 母さんが助けてくれ

たんだ!」

   理紗を抱きしめる日野。

日野「よかった……! よかった……!」

   えづく理紗。

日野「大丈夫!?」

   理紗は手を押さえて背中を丸める。

   日野、戸惑いながら理沙の背中をさす

る。

日野「水、持ってくる?」

   理紗、横に首を振る。

   理紗、大きく呼吸をする。

理紗「びっくりしちゃったのかな……急に気

持ち悪くて……」

彰 「そうだよね……」

   日野、理沙の背中をさする。

   理紗、パッと顔を上げる。

理紗「ううん。違うかも。もしかて……」


○彰の実家・仏壇(昼)

   窓から遺影に柔らかな光が差し込んで

いる。

   お鈴がチーンと鳴る。

   理紗と日野が手を合わせている。

   手を下げて、振り返る理沙と日野。

   日野浩一(56)が、日野愛実(0)を抱いてあ

やしている。


○彰の実家・玄関前(昼)

理紗「最近、お義母さん、いる?」

日野「ううん。理紗は?」

理紗「わからないの。この子を産んでからさ

っぱり……」

   首を振る理紗。

   愛実、眠っている。

日野「もういないのかなぁ」

   風が吹く。

   愛実がパチリと目をさまし、笑う。

   振り返る理紗と日野。

   目を合わせて笑う理沙と日野。


end


*****

2016/04