「赤トンボ」の種類は?なぜ赤くなるのか?シオカラトンボはなぜ青くなるのか?科学的理由が2つあることが明らかに。実は「日焼け止め」だった!?

動物
Crocothemis servilia mariannae

「赤トンボ」は童謡になるほど日本人には馴染み深い生き物です。「赤トンボ」と一般的に呼ばれる仲間は主にオスが赤くなるトンボの総称で、分類学的には一つのグループではなく別々のグループの総称で、アカネ属やショウジョウトンボ属などが当たります。ところで、赤トンボはなぜ赤くなるのかご存知でしょうか?当たり前すぎて疑問にも思わないかもしれませんが、最近の研究でその科学的理由が明らかになりつつあります。まず第一に赤トンボが赤いのは雌雄で色が異なることでお互いの性別をはっきり認識するためだと考えられます。また、オスのよるメスへのアピールも含まれています。ただこれだけではなく、太陽光に含まれる紫外線によるダメージを防止するために重要な役割をすることが分かってきました。また、シオカラトンボのオスが青色になることについても、同様に紫外線から身を守るためだったようです。本記事では赤トンボの分類と赤くなる理由、シオカラトンボが青くなる理由について解説していきます。

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「赤トンボ」とはどういう種類を指すのか?

「赤トンボ」と一般的に呼ばれる仲間は主にオスが赤くなるトンボの総称で、分類学的にはアカネ属 Sympetrum やショウジョウトンボ属 Crocothemis が当たります。ただし、これらの属にはオスが赤くならない種類も含まれます。オスが赤くなる種類としてはアキアカネ Sympetrum frequens 、ナツアカネ Sympetrum darwinianum 、マユタテアカネ Sympetrum eroticum eroticum ショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae などが含まれ、このあたりが日本人にとって馴染み深い代表的な種類にあたると思われます。

アキアカネ♀:♀だが赤くなることもある
アキアカネ♀未成熟
ナツアカネ♀
ショウジョウトンボ♂成体
ショウジョウトンボ♂未成熟
ショウジョウトンボ♀未成熟

そのため「赤トンボ」という種類自体は存在しない、ということになります。ただ、俗称として総称の「赤トンボ」というのは分かりやすいので分類学的な場合を除けば、それほど気にする必要はないと思います。

赤トンボが赤いのは性別を認識するため?

赤トンボの赤色はなぜ進化したのでしょうか?

トンボは幼虫の期間をヤゴとして水中で暮らし、やがて水上で羽化して陸上で飛び回り、狩りをして暮らすことになります。抜群の飛行能力があることで有名です。

成虫になると赤トンボの場合、オスは成熟すると鮮やかな赤色に変化するのに対し、メスは黄色など比較的地味な色をしているという「性的二型」が見られます(ただしメスにも赤みがある種類もいます)。

この雌雄の色の違いは繁殖行動や縄張り争いの際に重要であると考えられています(Futahashi, 2016)。

赤トンボを含むトンボの仲間は昼行性で、光を多い環境に適応した昆虫であり、複眼は特に大きく、何千もの小さな目(個眼)で構成されています。一方、トンボは鼓膜器官や耳を欠いており、触角も小さくなって退化しているため、聴覚や嗅覚は弱いです。そのため五感の中で視覚への依存が大きくなっています。

色覚に関しても、同じ昆虫のミツバチの場合は赤色が見えず、ヒトの場合は紫外線色を見ることができませんが、トンボは赤色から紫外線色まで全ての色をカバーしています。

この視覚は勿論、肉食なので獲物を探すことにもフル活用されていますが、同じ種類のトンボの性別を確認するためにも用いられます。

実際に視覚を利用している証拠として、性別の判断に性的二型が少ない(雌雄の色の差が少ない)トンボがオス同士で「タンデム飛行」という交尾前の連結行動が発生する例や、本来真っ赤になるはずのハッチョウトンボのオスが何らかの理由で変異して黒くなった際もオス同士でタンデム飛行が発生する例が確認されています。

赤トンボが赤いのは雌雄で色が異なることでお互いの性別をはっきり認識するためだと考えられます。また、オスのよるメスへのアピールも含まれていると考えられます(ディスプレイ)。

赤くなるもう一つの理由:活性酸素とは何か

しかし、トンボが赤い理由はこれだけではなくもう1つ理由があることが分かってきました。

その理由を考えるためにはまず「活性酸素」という物質を知る必要があります。

時々「活性酸素」という名前をメディアで聞きますが、正しい意味を理解しましょう。

生き物は呼吸をして酸素を得ることでエネルギーを合成します。これはATPと呼ばれる物質に蓄えられます(中村,2013)。

この大事なATPを合成する際の副産物として「水」が合成されます。その過程では「酸素」に電子を与える過程があります。本来この電子の数は1つの酸素あたり、4つと決まっているのです。

ところが体内では何らかの原因で、うまく4つの電子を渡すことが出来ず、1~2個電子を与える程度に留まってしまうことがあります。

本来1つ「酸素」の4つの「電子」が組み合わさって安定的な「水」という物質が出来ているのに、それが足りないとなると、電子が足りない状態となっている酸素はどうなるでしょうか?

電子が足りない酸素は電子を追い求めて、様々な必要な体内の物質(脂質・タンパク質・核酸など)と反応しようとしてしまいます。このような化学反応は「攻撃」と呼ばれます。

また、このように電子が足りない状態にある酸素のことを「活性酸素」と呼んでいます。

紫外線は活性酸素を作り出す

ヒトも含めて、地上で生きている生き物は「太陽光」という名の電磁波の一種を受けて暮らしています。

太陽光中には色として識別できる電磁波である「光」、すなわち「可視光線」が52%、可視光線より波長が長い電磁波である「赤外線」が42%、可視光線より波長が短い電磁波である「紫外線」が6%含まれています(佐々木,2006)。

波長が短くなればなるほどエネルギーは強くなることが分かっているので、紫外線は太陽光の中では最もエネルギーを多く含んでいる電磁波として存在しているのです。

そのようなエネルギーの強い電磁波を体に受けるとどうなるでしょうか?

第1に紫外線の強いエネルギーによってDNAが破壊される直接的なダメージがあります。具体的にはDNAを構成する物質の塩基のうち、「チミン」という物質が本来とは異なり、2つ合体してしまい、「チミンダイマー」というものを作ってしまいます。

第2に紫外線の強いエネルギーによって活性酸素の発生する確率が上がり、間接的に体内の物質にダメージが与えられると考えられています。

これらはヒトの場合はしみ、日焼け、皮膚炎、皮膚がんという形で影響が出ることになります。昆虫の場合は皮膚の構造が違うのでこのような形ではないでしょうが、体の内部で影響が出ることは容易に想像できるでしょう。

赤色は「日焼け止め」だった!?

活性酸素はできるだけ無くしたいものですが、生き物である以上生活している中で様々な影響で必ず出てしまうものです。

そこで生き物は体内で様々な化学的な工夫を行い、活性酸素を減らしています。ただ、赤トンボではどうでしょうか?

赤トンボは日中飛び回っており、特別太陽光を浴び、紫外線を受けることが多いです。活性酸素を減らすためにはさらに特別な工夫が必要かもしれません。

ヒトならば日焼け止めを塗るという方法がありますよね?しかしトンボはそのようなことは出来ません。どのように太陽光の影響を防いでいるのでしょうか?

実は赤トンボの赤色を作る成分が「抗酸化物質」で出来ていることがわかったのです(Futahashi et al., 2012;二橋,2012;2013;2014)。

具体的には「キサントマチン」と「脱炭酸型キサントマチン」という2種類の色素で、2種類とも酸化還元反応によって色が変化する色素でした。キサントマチンは還元されると赤紫色、脱炭酸型キサントマチンは還元されると橙色になります。

これらの色素の還元型の割合を測定すると、メスや未成熟のオスでは酸化型の色素が多かったものの、成熟オスは90%以上の色素が還元型になっていました。これがオスだけが赤色をしているメカニズムです。

オスが持っている還元型のキサントマチンと脱炭酸型キサントマチンは活性酸素が他の体内の物質に攻撃することを防ぐことができるので、紫外線による悪影響から身を守る働きがあると考えられます。

オスだけが赤くなる理由

しかしまだ疑問が残ります。なぜオスだけが赤色になるのでしょうか?

トンボのオスは縄張りを作ります。縄張りには色々な役割があり、その役割によっていくつかの種類に分類されますが、トンボの場合は「D型縄張り」、または「交尾縄張り」と呼ばれる縄張りを作っています(松香ら,1992)。

D型縄張りを持つトンボは池や水たまりのような水面のまわりを飛行し、他のオスが来ると追い払い、メスが来ると交尾のために捕まえるという行動をとります。

このような行動を取るオスは常時間縄張りを守らなければならないので、紫外線ストレスはメスよりかなり大きいものになるのでしょう。このような理由からオスだけが赤くなると考えられます。

ショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae の成熟オスは真夏の日差しに非常に強いと言われており、私も真夏のコンクリートに止まっている様子をよく見かけました。それにはこのような理由が大きく関係していそうです(Futahashi et al., 2012;二橋,2012;2013)。

シオカラトンボはなぜ青くなるのか?

ここまで赤トンボについて考えてきましたが、シオカラトンボ Orthetrum albistylum speciosum はオスが青くなる種類です。メスは「ムギワラトンボ」とも呼ばれ、名の通り麦わら色をしています。

他にはオオシオカラトンボ Orthetrum melania、シオヤトンボ Orthetrum japonicum japonicumなど、図鑑を開けば沢山そのような種類を確認できます(尾園ら,2021)。これらの種類はワックスで体を覆うことで青~白色になっていることが分かっています。

シオカラトンボ♂成体
シオカラトンボ♀成体
オオシオカラトンボ♂成体
シオヤトンボ♂成体
シオヤトンボ♀成体

これらの種類が青くなるのにも理由があるのでしょうか?

その理由を調べる前段階として、ワックスの成分や機能・遺伝子発現、そして体のどの部分にワックスがあるのかについての研究が2019年に発表されました(Futahashi et al., 2019)。

その論文によると、ワックスは3種類の極長鎖メチルケトンと4種類の極長鎖アルデヒドが主成分で、これらの物質はこれまで他の生物には見られていないものでした。

また、体表のかすり傷によってワックスが剥がれた部分で紫外線の反射率が激減することから、この物質は紫外線を反射する役割があると考えられました。また撥水性も確認されています。

つまりシオカラトンボの青色も紫外線に関わる機能を持っていたのです!

そして更にワックスがシオカラトンボ(オスが青色)、オオシオカラトンボ(オスが青色)、ナツアカネ(オスが赤色)の3種類のオスとメスの体のどこに存在するかについても調べられました。

その結果、シオカラトンボとオオシオカラトンボのオスの全身にワックスが存在したことは勿論ですが、シオカラトンボとナツアカネではメスの腹側にもワックスが存在していました。これはなぜでしょうか?

シオカラトンボ・オオシオカラトンボ・ナツアカネが体表にもつワックスの成分表|『産業技術総合研究所』より引用

その理由はこれらのメスでは日向で交尾することが確認されおり、交尾の体位の関係でメスも腹側が日光に長時間あたってしまうからだと考えられてます。一方、オオシオカラトンボは日陰で交尾しているのです。

シオカラトンボの青色もまた、赤トンボとは異なる形での「日焼け止め」であることを強く示唆する結果であると考えられそうです(二橋,2012)。

ちなみに、赤トンボが赤色で、シオカラトンボが青色である必要性についてはまだ十分わかっていないようです。ただ、ナツアカネのメスが更にワックスを塗っていたことからワックスのほうが強い紫外線対策なのかもしれません。また、ワックスには撥水作用で乾燥から保護する役割もあるので、シオカラトンボの仲間の方がより強い厳しい環境に耐えられるのかもしれません。そうだとすると市街地でも身近な生き物であることがよくわかります。

結局、メスへのアピールと日焼け止め、どっちが大事?

ここまで2つの理由について考えてきましたが、メスへのアピールと日焼け止め、結局どっちの役割が重要なのでしょうか?

そのことは全く考察されていないと思われますが、私の考えでは、オスにもメスにも差はあるものの、アキアカネなどはメスにも赤みがあり、一定の紫外線対策が存在していたことから、元々は紫外線対策で抗酸化物質やワックスが進化した後、オスが縄張りを作るようになり、オスの色が変わったのかもしれません。この後、トンボの優れた色覚も相まって雌雄の識別やメスへのアピールにも用いられるようなったのかもしれません。

このようにある生き物の特徴の役割が変遷することは進化の過程ではよくあることです(前適応)。赤トンボとシオカラトンボ、そして同じく性的二型があるトンボについてはまだ研究途上ですが、研究が進めばかれらの生息地についても、より深く分かってきそうです!また、ワックスは紫外線反射材への応用なども期待されています!

引用文献

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二橋亮. 2013. トンボの体色変化と体色多型. 蚕糸・昆虫バイオテック 82(1): 25-29. ISSN: 1881-0551, https://doi.org/10.11416/konchubiotec.82.1_25

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Futahashi, R., Kurita, R., Mano, H., & Fukatsu, T. 2012. Redox alters yellow dragonflies into red. Proceedings of the National Academy of Sciences 109(31): 12626-12631. ISSN: 0027-8424, https://doi.org/10.1073/pnas.1207114109

Futahashi, R., Yamahama, Y., Kawaguchi, M., Mori, N., Ishii, D., Okude, G., … & Fukatsu, T. 2019. Molecular basis of wax-based color change and UV reflection in dragonflies. eLife 8: e43045. ISSN: 2050-084X, https://doi.org/10.7554/eLife.43045

中村成夫. 2013. 活性酸素と抗酸化物質の化学. 日本医科大学医学会雑誌 9(3): 164-169. ISSN: 1349-8975, https://doi.org/10.1272/manms.9.164

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