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【コンサル物語】会計士誕生の歴史②〜19世紀会計士の評判〜

 19世紀イギリス産業が置かれた状況から必要に迫られて誕生した会計士という職業。今の日本人からすると会計士は立派な職業の一つであることに異を唱える人は少ないでしょう。しかも最難関の一つと言われる国家試験を突破しないと名乗ることができない職業であり、選ばれた人が就けるものです。ところが19世紀の会計士の扱いは必ずしもそうではなかったようです。

 19世紀のイギリスでは会計士に向けられる視線は冷ややかなものでした。当時の会計士を評した言葉をいくつかご紹介すると、「会計士という言葉はいかがわしい職業に携わる人々が良く使う言葉だ」、「会計士は自分の行動に責任をもたない人間」、「会計士と呼ばれる無知なものたち」、「自分ではまともに帳簿をつけることができない」などなど、散々な言われようです。監査を義務化する法律が制定され会計士の職業的な地位が向上していたといっても、他の高貴な職業に比べるとまだまだ地位は低いものでした。

 この当時のイギリスの高貴な職業※の代表と言えば、聖職者、医師、弁護士といったところでしょうか。じつは会計士を冷ややかに評した先の言葉は多くが裁判官等の法律関係者の口から出たものでした。

※高位聖職者、高給医師、法廷弁護士ともなると年収は1000~2000ポンドぐらいはあったようです。一般的な医師、弁護士でも300~800ポンドぐらいでした。
当時のイギリスポンドを現在価値で置き換えてみるとだいたい1ポンド5万円という相場で考えても良さそうです。となると、1000~2000ポンドは5000万円~1億円、300~800ポンドは1500万~4000万円となります。肌感覚としては当たらずとも遠からずというところでしょうか。
ポンド現在価値の参考
https://finance.yahoo.co.jp/brokers-hikaku/experts/questions/q1018435525
https://spqr.sakura.ne.jp/wp/archives/827

 19世紀の著名な法廷弁護士であり法学者であったヘンリー・バイアリー・トムソン(Henry・Byerley・Thomson)は1857年の著書「The Choice of a Profession 」(私訳:職業の選択)の中で、職業を「特権階級」と「非特権階級」の2つに分類しました。前者は、法律によって参入が規制され、「外部からの自由な競争に対して閉ざされた」いわば会員制。この中には、司祭、法廷弁護士、医師が含まれ、「富の点で他の職業に勝り、優れた教育を受け、一般に優れた階級から集められる」と彼は示唆しています。会計士は、トムソンによれば、「画家、建築家、彫刻家、土木技師、教育者、議会代理人など」を含む後者のグループに属していて、これらの職業には法的な参加制限はないと述べています。

 会計士は後者のグループであり、非特権階級であり、法的な制限がない職業だったということなので、会計士だと名乗れば誰でも会計士になれたのでしょう。そういう時代が少なくとも19世紀後半までは続いていたため、専門知識もないのに会計士を名乗り事務所を構えているものがいたとも推測できます。そういったことが会計士の評判を下げていた理由の一つと考えることができます。

 他にも前回書いたように、1831年に制定された破産法により、会計士には破産を管理できる特権が与えられたわけですが、いわば他人の不幸から利益を得ている職業という意味で非難をあびることに繋がったとも考えられます。Big4のウイリアム・デロイト(1845年 後のDeloitte)、プライス・ウォーターハウス(1849年 後のPWC)、ウィリアム・クーパー(1854年 後のPWC)がロンドンに会計事務所を設立したのは正にこの時期だったわけです。

 このように、会計士という職業は高度な専門知識だけではなく誠実さが求められるものでありながら、職業基準を管理・統制する機関がないという状態が19世紀のイギリスでは放置されていました。それは国内のマスコミでも取り上げられやり玉に上がることがあったため、イギリス各地の会計士は協会を結成し政府からの承認を求めるようになりました。いわゆる公認会計士制度の設立に向けて動き出したわけです。そして1854年にスコットランドの会計士協会が最初の勅許を受け公認会計士協会となりました。四半世紀後の1880年にはイングランドとウェールズでも勅許が出され、晴れてロンドンにも公認会計士が誕生しました。

 勅許を受けた公認会計士には試験制度が導入され、審査基準をクリアし公的な認可を受けた会計士が誕生するようになりました。また会計士に求められる行動規範も公布されました。このように19世紀後半には会計士が専門教育を受け、職業倫理を備えることが求められる制度が徐々に出来上がっていったのです。

 会計士の歴史に触れている書物では公認会計士(勅許会計士)が誕生したことを好意的に捉えることが多いようです。会計士という職業の地位を確立しその後の発展に大きく寄与する歴史的な出来事であるという考えに基づいているのでしょう。当然のことながら、Big4もこの制度と共に成長し会計事務所として大きく発展することができました。更に重要なことは、会計士の職業としての地位が確立された後には、Big4はその立場をうまく活用し経営コンサルティングの領域でも事業を行うようになっていったということです。

 ところが、同じように経営に関わるサービスでありながら会計士とコンサルタントでは立場が全く異なってきます。会計士は監査という職務上、独立した立場であることが求められますが、コンサルタントはある種クライアントと一体となって進んでいくことが求められることが多々あります。Big4は20世紀になるとその相反する立場の両方を組織に取り込むようになっていきます。それは結果的に自分達の首を絞めることになっていきます。詳しくは20世紀アメリカ編で書きたいと思います。

■参考資料
『近代イギリスの歴史』(木畑洋一/秋田茂 編著)
『会計学の誕生』(渡邉泉)
『バランスシートで読み解く世界経済史』(ジェーン・グリーソン・ホワイト 著/川添節子 訳)
『TRUE AND FAIR』(EDGER JONES)

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