お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 21

2023年02月28日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジャンセンは座り込んだまま腕を組み、高い天井を見上げる。そのままの姿勢で目を閉じた。
 ……おかしい、圧倒的におかしい。上の階の文献もそうだったけど、余りにも雑だ。時代が全く噛み合わないし、宙域も全く噛み合わない。時代も宙域も自由自在に行き来出来る状況じゃないと、こんな収集は不可能だ。しかし、宙域を駈け巡れるようになったのはここ五百年くらいだし、時代に関しては、まだタイムマシンは実用化の段階じゃない。古代にはぼくたちの想像を遥かに超えた文明が存在したなんて戯言があるけど、それは本当なのかもしれないぞ。
 いや待て待て! ぼくはそんな事を考えるだけの知識も情報も無いじゃないか! 何を気取って考えているんだ! ぼくが出来るのは、文献を読み解いて行く事だ。ひょっとしたら、その途中でこの謎を解く事が出来るかもしれない。
 でも待ってくれよ。上の階の文献、調べるだけで生涯を費やすかもしれないぞ。読むだけでも時間がかかるし、それらをきちんと整理するのにも時間がかかる。ああ、どうしてご先祖はこうも取り散らかって、だらしないんだろう! これらは一人で集めたわけじゃ無さそうだから、ご先祖全体が取り散らかってだらしないって事なんだろうなぁ。そんな血がぼくにも流れているんだろうか? いやだ、認めたくない。でも、ジェシルを見ていると、そして、ぼくがジェシルの従兄だと言う事を鑑みると、ぼくの中にもあるって、やっぱり認めざるを得ないのだろうか。ああ、何だか面倒くさくなってきたなぁ。もう帰ろうかなぁ。おなかも減っちゃったしなぁ……
「ねえ、ジャン!」
 突然、背後からジェシルの声がした。ジャンセンは面倒くさそうに振り返った。
「わあっ! いつの間に……」
 ジャンセンは驚いた。
 ジェシルがアーロンテイシアの衣装に着替えていたからだ。
「へへへ…… 似合うかしら?」ジェシルはその場でくるりと回って見せた。「あまりにも暇だったから、入って来た扉の向こう側で着替えてみましたぁ。ちょうど良い感じだわ」
「……ジェシル、何て事をしてくれているんだ!」ジャンセンは抗議する。「これらは歴史的に見ても貴重な物ばかりなんだよ。それを……」
「何よ! あなたがわたしを放っておいて考え事しているから、退屈しちゃったのよ! だから、着てみただけじゃない!」
「それにしても、それは女神の衣装だぜ。ある意味で冒涜だ」
「あら、これって古代の女神なんでしょ? 今も信仰されているの?」
「いや、もう既に神話の中だけの存在にはなっているけど……」
「だったら、冒涜にはならないわよ」ジェシルは笑う。「それにさ、ここはわたしの屋敷の中なんだから、わたしがどうしようと勝手じゃない?」
「だからってさぁ……」
 ジャンセンは黙ってしまった。そして、ジェシルの姿をしげしげと見た。
 長い黒髪に戴かれた宝冠が、殊更輝いて見える。本心はどうであるのかは分からないが、笑顔は優しさに溢れている。結構大きめだと思われた胸元もちょうど良く覆われている。いや、少しきつめに見える。滑らかな胴に見えるやや縦長のおへそが美しい。きゅっと引き締まった胴に続くふくよかな腰は、うんと短いスカートを圧している。すらりと伸びた滑らかな手脚に嵌められた輪が眩しい。穿いているサンダルは形の良い足を美しく覆っている。
「……何よ、ジャン?」ジェシルは訝しそうな表情でジャンセンを見る。「まさか、神罰が当たるぞぉなんて言わないわよね?」
「いや、そうじゃない……」ジャンセンはほうっとため息をつくと、ジェシルの顔を見た。「ジェシル、君って、実に女神にぴったりだよなぁ……」
「え? 何?」突然のジャンセンの言葉に、ジェシルは戸惑う。しかし、満更でもなさそうな表情だ。「そう面と向かって言われると、困っちゃうじゃない!」
「いや、素直な感想だよ。過去にアーロンテイシアの姿を描いた絵画ってのを幾つか見たのだけれど、そのどれにも増して君の姿がぴったりとしている」
「あらあら、ジャンも口が上手くなったものねぇ……」ジェシルは笑む。「ひょっとしたら、わたしはその女神の生まれ変わりかもよ?」
「ジェシル……」ジャンセンが再びため息をつく。「勘違いしてほしくないんだけどさ、ぼくが言っているのは、あくまでも外見の話だ。本物の女神は心も美しい。でも……」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らす。
 ジャンセンはジェシルに関心が無くなったのか、周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「……ジャン、何をやってんのよう」
 ジェシルは不満気な口調で言う。
「いや、地下はもう一階あるんだ。だから、また燭台でも天井付近にないかなって思ってさ……」
 ジャンセンがそう言ったので、ジェシルも一緒になって見回す。
「……燭台は無いわねぇ」
「そうだねぇ……」
「と言う事は、文献が間違っていたんだわ。地下二階まででおしまいなのよ。でも良かったじゃない? あなたの好きな文献と、びっくりするようなお宝の山とが見つかって。これでもう充分なんじゃないの?」
「そうかも知れないけど……」ジャンセンは不満気だ。「でもさ、一応調べてみる必要はある。ぼくは学者だからね」
「じゃあ、別の入り口があるって思っているわけ?」
「それを調べるんだよ」
「そんなもの無さそうよ?」ジェシルは言うと、思い出したように、にやりと笑う。「……そう言えば一つあるわねぇ」
「え?」ジャンセンはさらにきょろきょろと辺りを見回す。「どこ? どこにあるんだい?」
「あそこよ」
 ジェシルは入ってきた扉の方を指差す。ジャンセンは訳が分からないと言う様に首をひねっている。
「左の扉の前に落とし穴みたいなのが出来たじゃない? あそこよ」 


つづく

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