RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『冬物語』ウィリアム・シェイクスピア 感想

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こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

 

 

シチリア王レオンティーズは妻のハーマイオニと親友のボヘミア王ポリクシニーズの不義を疑い嫉妬に狂う。しかし侍女のポーライナから王妃の死の知らせが届き、後悔と悲嘆にくれる。時は移り、十六年後一同は再会、驚くべき真実が明かされる。人間の再生と和解をテーマにしたシェイクスピア晩年の代表的ロマンス劇。

 

本作『冬物語』は、シェイクスピアが後期に生み出した「ロマンス劇」四作のうちの一つです。絶え間ない悲劇の三つの幕と、それらを修復する喜劇の二幕で構成されています。メタシアター的に綴られる舞台には、展開される愛憎だけではなく、「観客の信じる力」などを求める挑戦的な試みも含まれており、観劇後(読後)の感動をより強めています。題名に「物語」と付けられているところからも、本作が寓話的であることを強調しており、唐突な嫉妬も、「時」の存在も、農家の娘と王子の出会いも、終幕で見せる奇跡も、観客(読者)が受け入れやすい空気で進行していきます。


ボヘミアの王ポリクシニーズは、幼なじみのシチリアの王レオンティーズと妻のハーマイオニによる歓待で宮廷に九ヶ月間に及び訪問していました。国に帰る必要があると訴えるポリクシニーズをレオンティーズとハーマイオニが引き留めます。ハーマイオニの言葉にポリクシニーズが留まると返答したことで、レオンティーズは身重の妻がポリクシニーズと関係を持っていると疑いを持ち、忽ち確信するようになります。狂気的に嫉妬するレオンティーズは、彼が最も信頼する廷臣カミローを説得して、ポリクシニーズに毒を盛らせようとします。しかし、ハーマイオニの無実を確信しているカミローは、ポリクシニーズに警告すると彼らはともにボヘミアへ逃げるように出発します。

王と親しい貴族アンティゴナスは、生まれたばかりのハーマイオニの娘をボヘミアの海岸に捨て去るよう命じられました。レオンティーズは反逆罪でハーマイオニを弁解の余地の無い一方的な裁判にかけ、さらに神アポロによる無実の神託を否定すると、彼の息子マミリアスは母ハーマイオニを憂うあまりに死んでしまいます。そして、産後の消耗と裁判による精神への負担で女王も亡くなったと報告されました。アンティゴナスは赤子を命令通りにボヘミアの海岸に残すと、すぐに熊に襲われて引き裂かれます。年老いた羊飼いとその道化息子が、パーディタ(伊:pèrdita 失われたもの)と名付けられた赤子を見つけると、添えられた金銭を元に家族の一員として育てました。

「時」が十六年の月日を流すと、パーディタは美しく成長し、羊飼いに変装したポリクシニーズの息子であるフロリゼル王子に求愛されています。毛刈り祭に浮かれるパーディタ、フロリゼル、年老いた羊飼いと道化息子たちのもとに、盗みを働く悪どい行商人オートリカスが忍び寄り、スリや詐欺で金をだまし取ります。そこへ農民に変装したポリクシニーズとカミローが、王子の真意を見極めるためにやってきます。ポリクシニーズが自分を蔑ろにした息子フロリゼルを強く非難すると、フロリゼルとパーディタはカミローの助けを借りてシチリアへと逃亡し、レオンティーズの謁見を求めます。


妻の不貞を疑い、嫉妬に狂うという筋書きは『オセロー』を思い起こさせます。しかし、策士イアーゴーが「悪意と利得を描いて」周到に嫉妬心を煽るという明確な策を弄するのに対し、レオンティーズの嫉妬心の燃焼はあまりに唐突です。背景や理由を描写しないことで、前述の寓話性を助長させるとともに、レオンティーズへの感情移入を妨げていると言えます。この嫉妬心は、のちの妻への糾弾や神からの攻撃、そして悔悟に至る、一連のレオンティーズの行動と精神変化によって、物語の結末により大きな感動を持たせる要素として存在する必要があるからです。

冬物語』で、レオンティーズが唐突に妻と親友の仲を疑い、いわれない不貞の嫌疑を妻にかけ、動機づけのはっきりしない嫉妬に苛まれ、悲劇的な事件を引き起こすが、同様に嫉妬を扱った『オセロー』では、妻の不貞を確信するに至る主人公の心的プロセスと主人公の心理に巧妙に働きかけるイアーゴーの手腕が綿密に描き込まれているのを思い起こせば、いかにこの二作品が遠く隔たっているかを察することができる。

シェイクスピアハンドブック』「ロマンス劇」より


シチリアを舞台にした冬に繰り広げられる前半の悲劇は、愛憎や死が付き纏い、色彩を失った白と黒の世界で綴られています。雪のように積もるレオンティーズの嫉妬心は、息のできないほど狂い暴れて、身の回りの全ての愛情を憎しみと恐怖へ変え、やがて神の鉄鎚により後悔と苦しみの灰色の感情で塗り潰されます。愛する家族も次々と生命を失い、取り戻すことのできない幸福を、自ら闇に葬ります。

十六年の「時」を挟んだボヘミアの初夏に繰り広げられる若い男女の愛の語らいは、淡く暖かな感情と、周囲を飾る色鮮やかな花々で美しく描かれます。その暖かさと鮮やかさを支えるように、毛刈り祭が開催され、劇全体の空気を陽気に高めています。眩しいほどの純粋な若者たちの愛情は、生命力に溢れて健康的に彩られています。


嵐の描写を背景のように介入する擬人化された「時」の存在は、シェイクスピア劇のなかでも古典的な表現技法です。この効果は絶大であり、レオンティーズを中心に苦悩の時を経たことを抽象的な強い衝撃で表します。そして「時」が語る「時が大きく隔たるうちに」という台詞は、終幕のレオンティーズの「広大な時の隔たりの中で」という言葉に繋がり、重要な意味を持って物語の全体を繋いでいます。この「時」のなかで失ったものの苦痛は、登場人物の価値観を変え、意思や行為に影響を与えます。


本作は「再会と和解のロマンス劇」と称されます。失ったもの、また戻るもの、二度と戻らないものが存在し、観劇後(読後)の感動をより深いものへと導きます。アポロの神託さえも認めないレオンティーズに与えられる大きな罰として、息子マミリアスの死が挙げられます。善良な人間の死は作中でも大きな衝撃を与えます。物語を通じて重要な要素として語られ続ける「跡取り」という存在は、王家において最も重要な問題とも言えます。さらに最愛の息子という愛情が備わり、レオンティーズに取って掛け替えのない人生の宝です。これを神アポロが奪うという罪の報いは、レオンティーズの全ての感情を停止させて、強い悔悟の念を与えます。ここまでの重大な悲劇があるからこそ、アポロの怒りを認め、ハーマイオニに対する永遠の贖罪をすぐさまに受け入れたと、観客(読書)は考えることができます。


また、嫉妬に狂うレオンティーズと対比的に描かれるハーマイオニの強く広い心は、終幕の感動をより強いものへと昇華します。自己を殺して耐え忍び、それでも愛を守るハーマイオニの強く広い心は、無根拠に不貞を疑って狂い落ちるレオンティーズの弱さを際立たせています。そしてこの強さの根源には夫への愛ではなく、「跡取り」へと向かう感情が根付いています。それは愛娘パーディタです。パーディタがフロリゼルとともにシチリアへと向かう幕では、観るものの感情を高め、それを手助けするであろう人物がレオンティーズであることもより一層の劇的効果を高めます。シェイクスピアの時代らしく、恵みと驚異はやはり王権にのみ存在します。王が悔悟のなかから救い手に変わる変化は、十六年の後悔があるからこそ感動的に受け入れられると言えます。大航海時代に神託さえも恐れなかったレオンティーズは心を変え、海の向こうの未開の地に神話的な恵みを求め、海を渡ってくる希望たち(パーディタとフロリゼル)の救いになろうと愛を持って受け入れます。

 

それにはまず、信じる力を目覚めさせていただかねばなりません。では、どなたもお動きになりませんよう、私がこれからすることが法に触れるとお考えの方はご退席願います。


終幕で見せる奇跡は、レオンティーズの悔悟に呼応するように美しく華開きます。観客(読者)の感情さえも巻き込み、春の暖かさのようなぬくもりを与えてくれます。全ての者の信じる力を束ねて生み出す奇跡は、善を信じ抜き、善行に及んだものに与えられるものとして描かれています。パーディタ(失われたもの)をフロリゼル(華開くもの)が導き、シチリアの暗く凍てついた冬からボヘミアの色鮮やかな初夏への奇跡へと華開く美しい物語です。


本作『冬物語』は全てが報われる喜劇ではなく、ほろ苦い余韻を残すロマンス劇です。しかし、その苦さが生み出す奇跡の力強さは、信じる力が報われる晴れやかな解放感を伴います。物語としても美しい印象を残す本作、未読の方はぜひ、読んでみてください。

では。

 

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