がんになっても、あわてない

昭和音楽大学で講演

 10月12日(水)午後6時半から、なんと昭和音楽大学で、講演をしてきました。「ポストコロナ時代のアートマネジメント人材育成講座」というものだそうで、終末期医療の現場と音楽がつながることについて、話してきました。
 午前中に大急ぎで仕事を終わらせて、昼過ぎに長野を出発。
 午後4時頃に、小田急線新百合ヶ丘駅近くの昭和音楽大学に到着しました。立派な学校。
 今回は初めてのテーマだったので、ほぼ全てのスライドを新しく書きました。構成は、こんな感じ。「日本の命の終わり方はどうなってきているか」というパートと、音楽が人生とどう関わったかの実例のパートがメインです。
 音楽の話なので、普段の自己紹介に加えて、私の音楽遍歴もお知らせ。
 いつもの通り「息抜き」のスライドも挟みました。今日の私の健康状態。
 アマチュアでずっと音楽をやり続けてきましたが、不思議なほど一流のプロの方と多く接触・共演させていただいています。そういう写真を今日は「息抜き写真」に使いました。これは初公開の、指揮者の若杉弘さんが我が家に遊びに来てくれた時の写真。畑中良輔先生と一緒に撮った写真も見せたかったんですけど、さんざん探したのに見つからなかった。残念。

 今回の講演は、昭和音楽大学のとある修士学生が「人がこの世を去る時、最後に一番聞きたい音楽を届けることができないだろうか?」と考えたことが発端で、担当教授の仁科岡彦先生から、緩和ケアの第一線で働いていて音楽とも関わっている私に話してもらえないかと言われたことから実現しました。話すからには役に立ちたいし、しっかり伝えたいし、楽しんでもらいたいと思って作りました。聞いて下さった皆様は想像以上に楽しんでいただけたようで、やって良かった。聞いて下さった皆様、呼んで下さった皆様、ありがとうございました。

 ☆   ☆   ☆

 午前の仕事を大急ぎで、午後の仕事も午前に詰め込み、昼過ぎに長野駅から新幹線で出かけました。大宮から新宿は湘南新宿ライン。
 新宿駅で湘南新宿ラインを降りて階段を昇ったら「新南口」に出てしまい、小田急線に乗るには甲州街道を横断する必要が。後ろの方に乗るべきでした。
 新宿で「快速急行」に乗って新百合ヶ丘まで。快速急行に乗ったのはおそらく初めてです。というのは、今日の今日まで「新宿で特急以外の電車に乗れば必ず成城学園前に止まる」と思ってましたもん。小田急、いろいろ変わってました。
 終わってから仁科教授と池袋まで一緒に帰り、大宮から新幹線で長野へ。新宿では最終の新幹線しか買えませんでしたが、大宮で40分ほど早い1本前の電車に余裕で間に合うので切符を交換して(これがいつも面倒くさい)長野まで戻りました。
 日付が変わる30分以上前に宿舎に到着。なんかいい仕事した気がします。疲れたけど。

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コメント一覧

hirakata
Michikoさま、こんにちは。

快速急行が出現してから何回かは、「梅ヶ丘」経由で成城に行っていたので、新宿駅はいつも地下から乗ってて気付きませんでした。あと、準急は全部千代田線に行っちゃうとかも、初めて知った。

新宿駅では小田急百貨店の立て替えも驚いたけど、丸ノ内線の上まで行かなくても西口と東口がつながっていて(JR改札と改札の間の通路が半分自由通路になっていた)行き来できるのもびっくり。長野に帰る切符を買うのに、以前切符の自動販売機があったところになくて、探し回ったり。浦島太郎状態。
Michiko
快速急行、私は「ヤラレ」て、鍼の時間ギリギリだったはずが、新百合ヶ丘まで連れ去られた経験者です。「ヤラレ」るまでは、私も「ロマンスカー以外は、全部成城学園前に停まる」と思っていました。もう10年くらい前のこと?

東京を離れてはや四半世紀以上。今や渋谷も「知らない街」です。小田急デパートも建て替えだし。
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