草場天神社 佐賀県唐津市浜玉町平原草場

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唐津市の神社

こちらの草場天神社はJR筑肥線浜崎駅の南東およそ4,3kmの距離、佐賀県唐津市浜玉町平原草場地区に鎮座されます。

玉島川沿いの国道323号線を1.3kmほど走ったところにある玉島神社横の交差点を右折し、県道306号鳥巣浜崎停車場線を道なりに3kmほど走った小丘の上、草場の集落のほぼ中央部に位置しています。

参道入口は神社の裏側から玉垣で囲われた境内の横を通る形になり、境内に入って右回りに進むと鳥居が建立されており、鳥居をくぐった先に明治生まれの唐津型狛犬が守護する切妻造り妻入りの拝殿と流造の本殿が建立されています。

境内の案内板に書かれた由緒書きを見ると創建は弘治3年で、永く氏神様として崇敬されていたが明治44年に神社合祀により川上神社に合祀、その後氏子さんの要望によって昭和3年5月2日にこの地に本殿と拝殿を新築して川上神社より遷宮されたとあります。

社号は天神社ですが、祭神は菅原道真公ではなく土地・田畑の土壌を守る埴安神です。

神社遠景。

草場天神社御由緒

鎮座地 佐賀県東松浦郡浜玉町大字平原甲一、二六二
祭 神 埴安はにやす神 土地・田畑の土壌を守る神
縁 起 草場天神社は弘治三年(西暦一五五七年)の創建で草場後の氏神として崇敬していた。
明治六年の大風にて倒木し本殿を破壊したので明治二十七年四月七日に再建し、氏子民の五穀成就産子繁昌を祈願し祭りを行っていた。
明治四十四年二月五日大字平原座主、川上神社境内地に合祀されていたが、氏子一同の強い要望により、昭和三年五月二日に現在の地に本殿並びに拝殿を新築、境内地を拡張整備し、川上神社より遷宮され祭祀を行っている。
宗教法人法により草場天神社と成り、昭和四十九年三月二十日に宗教法人登記を行い現在に至る。

境内入口。神社の向きを考えてからなのか、横から入る形になっています。

切妻造り妻入りの拝殿。

鳥居。

「天満宮」の神額。

左の柱に「草場惣氏子」が、そして右の柱には「寛政四壬子歳三月吉日建之」の刻銘が入ります。

「渕ノ上 伊藤種吉刻之」「明治廿一年十二月吉日」の刻銘が入ります。

作風から唐津型の狛犬ではないと思っていましたが、刻銘を見ると浜玉町渕ノ上の石工さんの作品のようです。

唐破風の向拝が設けられています。

向拝下の様子。

先の戦争で亡くなられた方々が集落の英霊として祀られています。

拝殿。

本殿正面。

瓦葺き流造の本殿。

拝殿の左側に祭祀されている境内社。

境内社に祀られている本殿。

由緒にも記載がなく、祭祀されている祭神は不明です。

記念碑。

神社遠景。

先日の川上神社といい、浜玉町平原地区の神社を参拝させていただいて気が付いたことは、戦争で亡くなられた方を地元の方がお祀りしておられるところが多いことでした。

きっと戦時中は、子の、夫の、父親の無事を氏神様に祈りを捧げておられたのでしょう。そして帰らぬ人となった方々を、英霊として地元の人たちみんなで大事にされているのがひしひしと伝わってきました。

そういう意味では、こちらの地区の神社は感慨深い神社となりました。

それでは今日も最後までご覧いただきありがとうございました。

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