【小説】2話 いつの間にか教員へ……なんで?
【前話】
○
パルデア地方。
ガラルの南に位置している、大自然豊かな地方だ。そうパンフレットに書いてあった。逆にいうと、その程度の情報しか知らない。
なんでこんなことに。
大きな正門をくぐり、階段を上った先にあるのは大きな広場。アイスクリームの出店や飲食店、小物店がありふれていて、賑やかな街だ。
テーブルシティ。パルデア地方最大の都市で、ボクの勤め先……あの奥にあるオレンジアカデミーがそれらしい。
「でっか……」
長いながーい階段を上り終えると、オレンジアカデミーの校舎が立ちはだかる。道場の何倍あるんだろう。にしても、こんな場所で教員やれってどういうことですか。
道場をクビになって、知らない地方に飛ばされて、そこで教員として働けと。無茶苦茶だよ、ホントに。ボクは道場で指導の経験はあれど、教鞭を振るった試しは一度もない。
嫌だ……。ガラル帰りたい。
「貴方が、新しく来るっていうリンドウ先生?」
項垂れてると、背後から声をかけられた。
先生……そうか、先生ってボクのことか。
「そうですけど……」
「やっぱり!はじめまして、私ネモっていいます!今日から新しい先生が来るって聞いて、私とっっっても楽しみにしてました!」
ネモと名乗ったその子は、ボクに握手を求めてくる。ここの生徒かな。いい子だなぁ。
「ありがとう。これからよろし――」
「なんせバトルがすっごく強いって聞いて、早く手合わせしたくてしたくて!ここで待ってれば絶対会えると思ったんです!あ、今からバトルしませんか!?」
訂正。とんだバトルジャンキーだこの子。
なに?待ち伏せしたうえに、入国して間もないボクに対して勝負のお誘い?色んなステップをすっ飛ばしすぎてない?
あと誰だ、バトルどうこうの情報流したの。マスタードさんしかいないだろうなぁ……。
「近い近い……。とりあえず、今日は疲れたから勘弁してほしいかな」
「そっかあ。じゃあ、また今度ですね!」
「じ、時間があればね」
「やったー!!」
なんか安請け合いをしたような。とりあえず、目を光らせて詰め寄ってくるネモと距離をおく。もう嫌だ、ガラル帰りた――これはさっき言った。
「じゃあ、中入りましょうか。クラベル校長に案内頼まれてるんです」
初めから案内役だったんかい。
いや、でもバトルしたいのは本心だったんだろうなぁ多分。先が不安だけど従う他ないので、ボクは彼女の後に続いた。
「へ〜!ガラルではジムチャレンジってイベントがあるんだ!」
「うん。他の地方と比べても、ジム戦であれだけ盛り上がるのは珍しいんじゃないかな」
「いいないいな!私も行ってみたいよ〜!」
道中、そんな会話をしながら校内を進む。ボクの話に目を輝かせるネモは、パルデアのチャンピオンクラスらしい。
ボクよりも2、3歳は若いだろうなのに凄いなぁ。というか、こんな子がいるアカデミーでボクは何をしろと言うんでしょう。ホント、授業とか出来る自信ないよ?
とか考えていると、乗っているエレベーターが3階で停止した。ネモが先導して進む。
「失礼しまーす!連れてきましたー」
ボクが通されたのは校長室。
うーん、厳かな部屋。
「ありがとうございます。ネモさん」
「いえいえー!じゃあ、私はこれで失礼します。先生、今度絶対バトルしようねー!」
役目を終えたのか、ネモは嵐のように去っていく。念押しで、バトルのお誘いもセットで。待って、いきなり二人きりにしないでほしい。
胃がキリキリするのを感じる。そんなボクと対照的に、この部屋にいた男性はニコニコとした笑顔でボクを待っていた。
「はじめまして。私、オレンジアカデミー校長のクラベルと申します。はるばるガラルから、ようこそいらっしゃいました」
「お、お世話になります。リンドウです。よ、よろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしくお願いします。どうぞ、お掛けになってください」
クラベル校長に勧められて、ボクは教員用のデスクのうち一つに腰を下ろす。遅れて、クラベル校長も向かいに腰掛けた。
怖い。面接を受けている気分だ。校長の物腰が柔らかそうなのが幸い……だろうか。
「すでにご存知かと思いますが、リンドウ先生には課外授業でのアドバイザーをお願いしたく。ガラルのジムチャレンジで培ったバトルの技術、トレーナーとしての心構えを、生徒たちにご教授いただければと思います」
「はぁ……アドバイザー、ですか?」
「え?」
「え?」
…………いや、知らないよ?初耳だよ?
課外授業って何?
「あの、ボク……失礼。私は何をすれば……」
「もしかして、マスタード氏からは何も知らされてないのですか?」
「はい」
「……本気ですか?」
「大マジです」
クラベル校長が頭を抱えた。わかる、わかるよその気持ち。ボクだって、昨日から何回頭抱えたか分からないもん。
気を取り直して説明を受ける。
まずボクは臨時教員という立場であり、授業やクラスを受け持つわけではないこと。
課外授業にて、生徒たちにトレーナーとしてアドバイスをすること。……役割が曖昧すぎる。
課外授業ってのは、パルデア地方を自由に旅する授業のことね。ジム巡りも出来るらしいし、ボクも時間があればしていいって。するかどうかは考えてないけど。
なんでボクがとは思ったけど、今は道場をクビになって無職の身。ボクだって見知らぬ土地で野宿なんてゴメンだ。お金が貰えるなら喜んで働こう。
……事前説明ぐらいはしてくんないかなぁ。
「当の課外授業までは日がありますから、しばらくはアカデミーに慣れてください」
「わ、わかりました。やれる限りのことはします」
「頼もしい限りです。では、この後は――――」
ガシャン!!
クラベル校長の言葉を遮った音は、校長室の奥から響いた。音のする方に視線を向けると、檻に猫のようなポケモンがいる。
顔にある緑色の模様が特徴的な、可愛らしい見た目の子だ。が、それとは裏腹に目つきは鋭く、お世辞にも人懐っこいようには見えない。
「フシャー!!」
「わっ!?」
ボクが近づこうとすると、そのポケモンが牙を剥き出しにした。檻越しに襲いかかってくるんじゃないかって勢いだ。
出せ、とでも言わんばかりに檻に噛み付く。よっぽど人が嫌いみたい。
「こ、この子は?」
「くさねこポケモンのニャオハさんです。本来はもっと甘えん坊な子なのですが……」
校長が言い淀む。
「親が目の前で人間に捕まったらしく。人間を酷く嫌っているのです」
「捕まった?野生の子ってことですか?」
「ええ。一人では餌を取れなかったのか、弱っているところをアカデミーで保護したのですが」
ご覧の有り様というわけか。
この子の親を捕まえたトレーナーが悪いわけではない。トレーナーとして当然の行為だし、ボクだって今まで野生のポケモンを仲間にしてきた。
でも、この子が怒りの矛先を全ての人間に向けるのも分かる。見た感じ、まだ生まれたばかりだ。全てを理解するにはまだ幼い。
このまま自然に返しても、自力で生きるのは難しい。だから、クラベル校長もここで保護している。
でも、この子は人間の世話になることを良しとしないみたいで。現に、与えられた餌には一切手をつけていなかった。
「……あらゆる手を使っては見たのですが」
心を開いてくれないと。校長だって、好きでニャオハを閉じ込めているわけではない。でも、このまま外に出すと生徒に危害を加えかねない。苦渋の決断というわけだ。
……そっか。キミは一人なんだ。
「クラベル校長。私には、結構な自由時間がありますよね?」
「え?……そうですね。まずは他の授業の補助をと思ってますが……」
「なら、空いている時間はこの子の面倒を見てもいいですか?」
どこまでこの子に心を開いてもらえるかは分からない。でも、このまま檻の中は可哀想だ。
ボクが、この子の最初の友達になる。
クラベル校長は、一瞬目を丸くした。が、すぐに穏やかな表情に戻り、ボクに微笑みかける。
「わかりました。では、お任せいたします」
「ありがとうございます!!」
よしっ、一番偉い人の許可も出た。こうなったら、この子と仲良くなってクラベル校長を驚かせてあげよう。
どういうアプローチをするのがいいだろう。ポケリフレ?ボール投げ?それともカレー?
いや、もっと先にやることがあるよね。
「ニャオハ、だったよね。ボクはリンドウ。これからよろしくね」
まずは挨拶から。檻越しに、ボクはしゃがんでニャオハに視線の高さを合わせる。
ボクの声に、彼も反応を見せた。檻の中で丸まってそっぽを向いていたが、耳を立ててこちらを振り返る。本当、見た目は愛らしいんだけど。
ジロッと据わった目だが、この子はこちらに興味を示していた。警戒心を剥き出しにしながらも、ゆっくりと檻の方へ近づいていくる。
いけるかな?もう伸ばせば届きそうな距離だ。ボクは檻を少しだけ開けて、ニャオハの目の前にオレンのみを置こうとした。
もしかしたら……。そんな淡い期待を胸に抱く。上手くいけば、このまま一気に仲良くなれるかも。
――――なんて、簡単にいくはずもなく。
「いっだだだだだ!?ちょ、噛んじゃダメ!!」
「リンドウ先生!?」
迂闊に手を出した結果、思いっきり噛まれるのであった。もう嫌、ガラル帰りた……以下略。
ちなみに、保健室の先生には何をやっているんだと言わんばかりの目で見られた。仕事増やしてホントごめんなさい。
パルデアの生活、不安しかない。
●
【次話】