テロ罪で起訴されたタジキスタン人の一人(24日、モスクワ)=AP
ロシアの首都モスクワ郊外で22日に起きた銃乱射事件を受け、同国内で移民排斥論が高まっている。議会では中央アジアからのイスラム系外国人労働者に入国規制など厳しい措置を求める声が相次ぎ、政府も法案の準備に入った。
プーチン政権はウクライナ侵攻の長期化で深刻な労働力不足に直面している。移民への対応で難しい対応を迫られる。
テロの実行犯の国籍がイスラム教徒が多いタジキスタンだったことを受け、ロシア議会では中央アジアなどイスラム系の外国人労働者に対する強硬論が噴出した。過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出し、ロシアのキリスト教徒を敵視していた。
大統領選に出馬した政党「新しい人々」のダワンコフ下院副議長は24日、通信アプリ「テレグラム」に投稿し、外国人労働者を微罪でも国外退去させるよう主張した。
クリミア選出のミハイル・シェレメト下院議員も、欧米情報機関がロシア国内を不安定化させるのに移民を使う恐れがあるとし「受け入れ規制は国内の安全を保障する」と述べた。
ロシアは移民のうち旧ソ連の出身者が9割を占める。タジキスタン、ウズベキスタン、キルギスといったイスラム教徒が多い中央アジア3カ国で全体の半数を占める。他にもカザフスタンやアゼルバイジャンなどイスラム教徒が多い国の出身者が目立つ。
クラスノフ検事総長は26日、2023年にロシア国内で移民による犯罪件数が前年比で75%増えたと指摘。現状を分析したうえで「市民の安全確保と外国人労働力の経済合理性のバランスをとることが必要」との認識を示した。
ロシアメディアによると、政府も外国人労働者の規制強化に着手する。
労働・社会保障省は事前に登録した勤務先と異なる場所や企業で勤務している移民を取り締まりの対象とし、15日以内に強制出国させる法案の提出を準備する。ロシアのビザや市民権を取得する条件を厳しくするほか、移民の一元管理なども議論の対象になる見通し。
プーチン政権にとって移民の締め出しはモスクワなど大都市の保守層へのアピールになる一方、戦時経済の維持に打撃となりかねない。
ロシア科学アカデミー経済研究所によると、労働者の不足人数は23年に約480万人に達した。22年9月に発令した部分動員令で30万人超を招集し、発令後には招集を回避しようとする人の出国が相次いだ。
失業率が過去最低の水準で推移するなか、中央アジアからの出稼ぎ労働者が人手不足を補っている。建設や製造、物流、サービス業など幅広い業種で経済を支え、ロシア国内の賃金や物価の上昇を抑える要因ともなってきた。
ただ移民にとってロシアの魅力はすでに薄れているとの指摘もある。ロシアの通貨ルーブルの急落を受け、移民が受け取る給与は対ドルで大幅に目減りしているためだ。
ロシア連邦統計局によると、23年の移民の流入数は56万人にとどまり、前年から2割減った。
新型コロナウイルス禍で労働者の移動が激減した20年と同水準だった。アラブ首長国連邦(UAE)やカタールなど中東諸国も人手不足を理由に中央アジアの労働者を取り込もうとしており「今後はロシアとの人材獲得競争が激しくなる」(シンクタンクのガイダル経済研究所)。
新たな規制を巡る議論も相まって中央アジア移民がロシアから逃避する動きを強めれば、ロシアは戦時経済を支える安価な労働力を失いかねない。
プーチン大統領はかねてロシアの精神や文化、言語など伝統的価値を軸とする愛国主義を掲げ、民族や宗教間の融和を訴えてきたが、足元でひずみも見られる。
ウクライナ侵攻ではロシアの地方に住む低所得のイスラム系住民を契約兵として前線に送り込み、多くの犠牲を出している。
イスラム系住民の不満がくすぶるなか、24年1月にはロシア中部のバシコルトスタン共和国で、イスラム系のバシキール人の活動家に対する懲役刑判決に抗議する大規模な反政府デモが発生した。