ハーグ条約とは?元パートナーに子どもを連れ去られた場合の返還条件と手続きを解説

国際結婚が増える中、離婚の際の親権を巡るトラブルも深刻化しています。
「もし、あなたの大切な子どもが国外へ連れ去られてしまったら?」
もし子どもを国外へ連れ去られた場合、どうすればいいのか?
オーストラリア在住の16年前、実際に離婚や子供の親権問題でややこしい手続きをオーストラリアで済ませてきた私個人が親権で悩んだ時に知った様々なケース。もし国際結婚を考えているなら知っていて欲しい知識のひとつとしてこの記事を。

国際結婚が増える中、親権を巡るトラブルも少なくありません。離婚後、もしあなたの子どもが突然、元パートナーによって国外に連れ去られてしまう可能性があります。
まさにそんな国際的な子どもの連れ去り問題の対応策が「ハーグ条約」です。
この記事では、ハーグ条約の概要や適用条件、返還手続きの流れについて詳しく解説します。国際結婚をしている方や、今後予定している方にとって、知っておくべき大切な知識です。
ハーグ条約とは?
ハーグ条約とは、一方の親が子どもを国境を越えて不法に連れ去ったり、許可なく留め置いたりした場合に、子どもを本来の居住国へ返還することを目的とした国際的な条約です。
正式には「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」と呼ばれ、1980年10月25日にオランダのハーグで採択されました。
日本では2014年に発効し、2025年1月1日時点では103か国が締約しています。
出典:外務省「ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)の実施状況」
例えば、私の夫が離婚後に無断でオーストラリアに子どもを連れ帰り、私に会わせない場合は、このハーグ条約を通じて子どもの返還・面会を求めることが可能です。
つまりハーグ条約は、親権を持つ親の権利が守られるとともに、突然親の一方と引き離された子どもを本来のいるべき場所に帰すことができます。国際結婚をしている人、検討中の人にとっては、ハーグ条約の知識を得ておくことはとても重要です。
ハーグ条約の対象となる子どもの条件
ハーグ条約の対象となるには、以下の3つの条件がすべて適用されなければいけません。
- 16歳未満であること
- ハーグ条約加盟国間のケースであること
- 監護権の侵害

16歳未満であること
ハーグ条約が適用される子どもは16歳未満であると定められています。16歳以上の子どもはある程度自分の人生を決める能力を持ち、どの親と暮らすかを自ら選択できるという前提に基づいているからです。
つまり、逆をいえば16歳の誕生日を迎えた瞬間から条約の適用外となります。

長女は大学生、息子ももうすぐ16歳になる我が家では適用外となります
ハーグ条約加盟国間のケースであること
ハーグ条約が適用されるのは、加盟国同士の間で発生した子どもの不法な連れ去りや留置のケースに限られます。
子どもの返還や面会交流の実現には、双方の国の法的・司法的協力が不可欠だからです。
例えば、日本人夫と台湾人妻との間に子どもがおり、一緒に日本で住んでいたとしましょう。妻が台湾に子どもを不法に連れ帰ったとしても台湾は非加盟国であるため、ハーグ条約が適用されません。
すると、日本政府は介入する法的根拠がなく、子どもは連れ去られたまま、面会すらできない可能性が生じます。



日本は2014年に批准(ひじゅん)しました
国際結婚をする場合は、万が一のためにも相手母国の条約締結状況を確認しましょう。
監護権の侵害
ハーグ条約が適用されるためには、子どもの連れ去りや留置が「監護権の侵害」を伴うものでなければなりません。
- 監護権:子どもを養育し、教育し、生活環境を整える親の権利
- 監護権の侵害:監護権を持つ親の同意なく、または事前の合意に反して子どもが国境を越えて移動させられた状態のこと
親子が2人で海外旅行に行くのは、もう一方の親の同意があれば問題ありません。しかし、想定の期間が過ぎても帰ってこない場合は、監護権の侵害となり、ハーグ条約に則って子どもの返還請求ができるということです。
ハーグ条約の対象外となるケース
以下のケースでは、ハーグ条約の対象外となります。子どもの返還請求はできないため、注意が必要です。
- 子どもが16歳以上の場合
- 非加盟国間の場合
- 監護権を持つ親の合意がある場合
- 子どもがすでに新しい環境に適応している場合
- 返還が子どもの心身に重大な危険がある場合
子どもが16歳以上の場合
ハーグ条約は16歳以上の子どもには適用されません。
もし連れ去られたのちに16歳を迎えてしまうと、申請中であっても対象外となってしまいます。また、16歳を迎えた子どもを返さない親に罰金を科すことも認められていません。
つまり、ハーグ条約関連の子の返還命令については、子どもが16歳になった時点で、強制執行のための「歯止め」が全て外れるということです。
非加盟国間の場合
ハーグ条約は非加盟国との間では適用されません。子どもの常居所国または連れ去られた国のいずれかが加盟国であるかどうかが非常に重要です。
- 子どもの常居所国は加盟国か
- 連れ去られる可能性がある国は加盟国か


配偶者の母国がハーグ条約に加盟しているかを事前に確認し、リスクを十分に理解することが重要です。
監護権を持つ親の合意がある場合
ハーグ条約は、一方の親の同意なく子どもが国外へ連れ去られた場合に適用されるルールです。そのため、監護権を持つ親が子どもの移動に同意していた場合には適用されません。
例えば、日本人とフランス人の夫婦がフランスで子どもを育てていたとします。
日本人の親が転勤することになり、両親が話し合ったうえで、子どもを日本へ移すことに合意しました。その後、フランス人の親と子どもは離れて暮らすことになった場合、後から「やはり子どもをフランスに戻したい」と思っても、ハーグ条約を利用して返還を求めることはできません。すでに両親の合意のもとで移動が行われているためです。



既に合意があった上での移動は変換不可能なんですね…
経験上、片親で子供連れで国を出る場合、まれに出国する空港で「もう一人のパートナーの同意書を持っているか?」と聞かれることもありますが、大抵ほぼスルーで問題ないです。
一方、離婚後に一方の親が「夏休みの間だけ、子どもを自分の国に連れて行きたい」と頼み、もう一方の親が了承したとします。ところが、もしその親が約束の期間を過ぎても子どもを返さない場合は、最初の移動自体は合意されていたとしても、その後の不当な留置についてはハーグ条約の適用が可能となる場合があります。
監護権を持つ親の合意があったかどうかが争点になるため、子どもを海外へ移動させる際には、口頭の約束ではなく、必ず書面やメールで記録を残すことが重要です。日時や帰国予定日も具体的に書いておくと安心でしょう。
子どもがすでに新しい環境に適応している場合
子どもが連れ去られた後、すでに新しい環境に慣れて落ち着いている場合は、ハーグ条約による返還手続きが認められないことがあります。これは、再び子どもを移動させることで心理的・社会的に大きな負担がかかるのを避けるためです。
ハーグ条約には「1年ルール」があります。連れ去られてから返還手続きを始めるまでに1年以上が経過している場合、裁判所は返還を命じることができないとされています。1年という期間は、子どもが新しい環境に適応したかどうかを判断する目安とされているからです。



私の友人も1年ルールで泣く泣くあきらめたパターンがありました
日本人の奥様の方が離婚に応じないオーストラリアの旦那様の目を盗んで子供と日本へ帰国し、電話番号や住所も変えて連絡が取れなくなり、子供に会えなくなるというトラブルを側で見たときにこのハーグ条約を知りました。旦那様は日本の親の連絡先も知らず、情報が少なくて…そして時間も経ってしまい途方に暮れたまま。
その頃(2014年)まだ日本はハーグ条約に批准したばかりという理由もあり…せつないケースです。
ただし、子どもの利益を最優先とした結果、返還が適切と判断される場合は、1年が経過していても返還が命じられることがあります。しかし、重要なのは次の2つのポイントです。
- 連れ去りから返還申請までに1年以上経っているか
- 子どもが新しい環境に本当に適応しているか
もし子どもが連れ去られたと感じたら、できるだけ早く手続きを始めることが大切です。時間が経つほど、子どもが新しい環境に慣れて、返還が難しくなる可能性が高まります。
返還が子どもの心身に重大な危険がある場合
ハーグ条約適用の3つの条件が適用されても、認められないケースがあります。
それは、子どもを元の国に戻すことで心身に重大な危険が及ぶと判断された場合や、親の監護権の侵害が認められないケースです。
例えば、DV(家庭内暴力)や虐待から子どもを守るために、親が国外へ避難した場合、この行為は子どもを保護するための正当な措置とみなされる可能性があります。そのため、ハーグ条約に基づく返還請求が行われても、裁判所が「子どもを返還すると危険がある」と判断すれば、返還が認められません。


ハーグ条約に基づく子どもの返還手続き
ハーグ条約は以下の手順で返還手続きを行います。
- 外務省や中央当局への申し立て
- 相手国との調整・交渉
- 裁判手続き
- 返還命令の執行


返還手続きに必要な書類
返還手続きを進めるには書類を揃えます。
- 返還援助申請書
- 申請者(親)の身分証明書
- 子どものパスポートや身分証明書
- 子どもの居住証明書(住民票など)
- 子どもの写真
- 相手方(子どもを連れ去った人)の身分証明書
- 相手方の写真
- 親権・監護権の法的根拠
- 親権・監護権の証明書類(離婚協議書など)
- 監護権侵害の証明書類
- 子どもと同居している人の身分証明書
- 子どもと同居している人の写真
①②⑨は必須書類です。
他は準備できない場合、その理由を説明する必要があります。
大切な申請ですので可能な限り必要書類は揃えるようにしましょう。
①外務省や中央当局への申し立て
子どもが連れ去られた親は、まず自国の中央当局(日本では外務省領事局ハーグ条約室)に申し立てを行います。
申し立てが受理されると、中央当局は子どもがいる国の中央当局と連携し、返還手続きを開始します。ここで、必要な書類が揃っていないと手続きが進まないため、申し立て前にしっかり準備しておくことが大切です。


②相手国との調整・交渉
申請書が相手国の中央当局に送付されると、相手国は子どもの所在を確認します。そして、子どもを連れ去った親と調整・交渉が行われます。
調整・交渉の内容
- 子どもを連れ去った親が、任意で返還に応じるかどうかを確認
- 中央当局同士が情報を共有し、返還の実現可能性を検討
- 交渉がまとまれば、裁判手続きなしで返還が実現
任意返還に合意が得られれば、返還手続きが進み解決できます。しかし、返還を拒否した場合は、裁判手続きに進みます。
③裁判手続き
交渉で解決しない場合、申し立てを行った国(子どもがいる国)の裁判所で、ハーグ条約に基づく返還請求の審理が行われます。
裁判所への申立書の提出は、弁護士に依頼するのが一般的です。
裁判所は条約に基づく返還の要件を満たしているか、また返還拒否事由があるかを審理します。
裁判は単にハーグ条約に基づいて自動的に返還が決まるものではなく、子どもの利益が最優先される形で判断されることが多いです。
④返還命令の執行
裁判所が返還を命じた場合、実際に子どもを元の国へ戻す手続きに入ります。もし相手方が自主的に返還に応じない場合は強制執行の手続きがとられます。
全体を通して手続きには時間がかかることが多く、返還が必ずしも認められるわけではありません。特に、申し立てのタイミングが遅れると、子どもが新しい環境に適応してしまい、返還が難しくなる可能性が高くなるため、迅速な対応が必要です。
ハーグ条約は面会交流の請求も可能
ハーグ条約は、子どもの返還請求だけではありません。国境を越えた親子の面会交流の援助も可能です。子どもが国外へ連れ去られた場合、返還が難しくても、もう一方の親が子どもと面会する権利を確保するためのものです。
ハーグ条約では、親子の交流を維持することが子どもの福祉にとって重要だと考えられています。
面会交流の請求手順は以下の通りです。
- 面会交流の申し立て
- 審査・援助決定
- 話し合いによる解決の促進
- 面会交流の調停または審判
- 面会交流の実施
出典:外務省「日本にいる子との交流(面会交流)を希望する方へ (ハーグ条約に基づく外務省による援助について)」
実施されている面会交流の方法はさまざまです。直接対面だけでなく、Zoomなどを使ったオンラインも増えてきています。
面会交流は、親子の関係を維持し、子どもの健全な成長に繋がります。親子が国境を越えて離れて暮らす状況でも、定期的な交流を通じて絆を維持できるよう、この制度を積極的に活用することが大切です。
動画で知ろうハーグ条約
外務省のHPにあるハーグ条約についての動画が比較的わかりやすいので、こちらで理解を深めて頂けたらと思います。
お時間のある時にご覧ください
動画でハーグ条約を知ろう①(ハーグ条約のしくみ)
動画でハーグ条約を知ろう② (子どもと海外渡航する際の注意点)
動画でハーグ条約を知ろう③ (ハーグ条約適用の条件)
動画でハーグ条約を知ろう④ (子どもを日本に返還する手続き)
動画でハーグ条約を知ろう⑤ (援助申請手続の流れ)
動画でハーグ条約を知ろう⑥(日本における返還裁判の流れ)
知っておくと知らないのでは大違いですので。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
ハーグ条約は、国際的な子どもの連れ去り問題を解決し、子どもが本来の居住国で安定した生活を送れるようにするための国際条約です。
この条約の適用を受けるためには、以下の3つの条件を満たしている必要があります。
- 子どもが16歳未満であること
- ハーグ条約加盟国間のケースであること
- 監護権の侵害があること
子どもの返還手続きは以下の流れです。
- 外務省や中央当局への申し立て
- 相手国との調整・交渉
- 裁判手続き
- 返還命令の執行
時間が経つと難しくなるため、迅速な対応が求められます。
国際結婚をしている、またはその予定のある方々にとって、ハーグ条約の知識は非常に重要です。ただし、条約の適用には条件があり、すべてのケースで返還が認められるわけではありません。ハーグ条約について理解し、必要に応じて早期に役所や弁護士、支援団体等に相談するようにしましょう。
この記事がどなたかのお役に立てたら幸いです。