1
教育には矛盾した二つの側面があります。
A 子供の現在を否定して高めていくこと
B 子供の現在を肯定して在るだけで価値だと悟らせること
ふつうAが教育だと考えられていて、A がなければ教育ではないが、実はBがしっかりできないとAは成り立たちません。
不思議なことですが、あるがままの自分にかけがえのない価値があると悟ることが、あるがままの自分を否定して伸びていく力を生み出すのです。
これがぼくの教育原論です。
2
子供たちに、あるがままの自分のかけがえのない価値を悟らせるのが「日本が好きになる!歴史授業」です。
それは子供たちに「素晴らしい国日本のかけがえのない一員」という自覚をもたらします。それが一人一人の自己肯定感になります。
E・H・エリクソンのアイデンティティー概念と同じですね。共同体への帰属意識=自己肯定感ということです。
3
Bのあるがままの価値ってのは、生まれてきたことが価値ってことですから、知識や能力や技術みたいに外側に張り付いてるものは関係ないのね。
ただおるだけで人は大事なの。
学校というところではとくにね。
Aのいわゆる「教育」が教育の父性です。
こういう原型的な発想はユングから来ています。
教育は教育だろうって、悩まない人はこういうことにも気付きません。現実の子供を見ていないから。
文科省は「自己肯定感」を育てるプロジェクトを一貫してAだけで考えています。
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