前回のセレン(Se)の摂取基準と摂取量等に引き続き、今回は「日本人の食事摂取基準(2020年版)」におけるクロム(Cr)の摂取基準と摂取量等について書きます。
Ⅱ各 論 1エネルギー・栄養素 1-7 ミネラル(2)微量ミネラル ⑦クロム(Cr)
1 基本的事項
1-1 定義と分類
クロム(chromium)は原子番号24、元素記号Crのクロム族元素の一つである。クロムは遷移元素であるため、様々な価数をとるが、主要なものは0、+3、+6価である。食品に含まれるのは3価クロムであるので、食事摂取基準が対象とするのは3価クロムである。
1-2 機能
耐糖能異常を起こしたラットや糖尿病の症例に3価クロムを投与すると、症状の改善が認められる。一方、クロムを投与した動物の組織には、四つの3価クロムイオンが結合しているクロモデュリンと呼ばれるオリゴペプチドが存在する。クロモデュリンは、インスリンによって活性化されるインスリン受容体のチロシンキナーゼ活性を維持して、インスリン作用を増強する。したがって、クロムは必須栄養素であると考えられる。一方、実験動物に低クロム飼料を投与しても糖代謝異常は全く観察できず、ヒトの糖代謝改善に必要なクロムの量も食事からの摂取量を大きく上回る。これらのことから、3価クロムによる糖代謝の改善は薬理作用に過ぎず、クロムを必須の栄養素とする根拠はないとする説が最近、有力である。しかし、後者は定説には至っていないため、前回の改定(2015年版)と同様に、必須栄養素と考え、食事摂取基準に含めることとした。
1-3 消化、吸収、代謝
3価クロムの吸収率は、クロムの摂取形態など、様々な要因によって変動するが、アメリカ・カナダの食事摂取基準では1%と見積もっている。3価クロムの主な排泄経路は尿であると考えられる。尿クロムの分析値は研究者ごとに差異が大きいが、最近は吸収率1% に見合う尿排泄量(1µg/日未満)とする報告が多い。
2 指標設定の基本的な考え方
食品からの摂取の必要性について疑問のあるクロムであるが、成人に関してはクロム摂取量に基づき、目安量を設定する。この目安量は、サプリメント等での積極的摂取を促すものでは全くない点に留意が必要である。
3 健康の保持・増進
3-1 欠乏の回避
3-1-1 目安量の策定方法
・成人・高齢者(目安量)
献立のクロム濃度を実測した国内外の報告に基づくと、日本人を含む成人のクロム摂取量は20〜80 µg/日の範囲だと推定できる。一方、日本食品標準成分表2010を利用して日本人の献立からのクロム摂取量を算出すると、約10µg/日という値が得られ、化学分析による摂取量推定値との間に大きな乖離が認められる。さらに、同一献立について食品成分表を用いた算出値と化学分析による実測値を比較した場合にも、同様の乖離が認められている。
このように、日本人のクロム摂取量に関しては、献立の化学分析による実測からの推定値と、食品成分表を用いた算出値との間に大きな乖離が認められ、正確な数値を推定することは難しい。しかし、栄養素の摂取量推定や献立の作成において食品成分表が活用されていることを考慮すると、食品成分表を用いた日本人のクロム摂取量(約10µg/日)を優先するのが現実的である。以上より、成人及び高齢者の目安量を男女とも10µg/日とした。
・小児(目安量)
(略)
・乳児(目安量)
(略)
・妊婦・授乳婦(目安量)
(略)
3-2 過剰摂取の回避
3-2-1 6価クロム
6価クロムを過剰に摂取すると、腎臓、脾臓、肝臓、肺、骨に蓄積し毒性を発する。しかし、6価クロムは人為的に産出されるものであり、自然界にはほとんど存在しない。したがって、耐容上限量の設定に当たって6価クロムの毒性は考慮の対象にしなかった。
3-2-2 耐容上限量の策定方法
・成人・高齢者(耐容上限量)
クロムの場合、通常の食品において過剰摂取が生じることは考えられないが、3価クロムを用いたサプリメントの不適切な使用が過剰摂取を招く可能性がある。肥満でなく(BMI が27未満)、血糖値が正常な 20〜50 歳の男女に1,000 µg/日の3価クロム(ピコリン酸クロムを16週間にわたって投与した研究では、クロム投与がインスリンの感受性を高めることはなく、クロム投与者では血清クロム濃度とインスリン感受性との間に逆相関が認められている。このことは、クロム吸収量の増加がインスリン感受性を低下させることを意味している。クロム投与者における血清クロム濃度の変動の理由は不明であるが、1,000µg/日の3価クロム摂取が健康障害を起こす可能性は否定できない。以上より、1,000 µg/日を成人における3価クロムの最低健康障害発現量と考え、不確実性因子を2として、成人のクロム摂取の耐容上限量を一律に500µg/日とした。
・小児・乳児(耐容上限量)
(略)
・妊婦・授乳婦(耐容上限量)
(略)
3-3 生活習慣病の発症予防
3-3-1 生活習慣病との関連
3価クロムのサプリメントと糖代謝の関連を検討したの疫学研究を、対象者を2型糖尿病患者、耐糖能低下者、耐糖能非低下者に分けて比較したメタ・アナリシスは、糖尿病患者へのクロムサプリメント投与は血糖値とヘモグロビンA1c濃度の改善をもたらす場合が多いが、非糖尿病の者への投与は耐糖能低下がある場合を含めて、血糖値とヘモグロビンA1c濃度に何ら影響を与えないとしている。ここで検討の対象となった疫学研究で用いられているクロムは、塩化クロム、ピコリン酸クロム、クロム酵母であり、糖尿病患者に対して効果のあった投与量は、塩化クロムとピコリン酸クロムが200〜1,000µg/日、クロム酵母が10〜400µg/日である。最近に行われたメタ・アナリシスにおいても、糖尿病患者へのクロム投与はヘモグロビンA1cに加えて血清トリグリセリド値なども改善することが確認されている。しかし、肥満の非糖尿病者へのクロムサプリメント(500 µg/日、ピコリン酸クロム)の効果を調べた無作為化比較試験は、クロムのメタボリックシンドロームに対する効果を認めていない。さらに、耐糖能低下、空腹時血糖値の上昇、メタボリックシンドロームのいずれかの状態にあって、糖尿病発症リスクが高いと考えられる者にクロム(ピコリン酸クロム)を500又は1,000µg/日を投与した研究でも、クロムの効果を全く認めていない。
以上の報告は、3価クロム投与が糖尿病やメタボリックシンドロームの予防に効果がないことを示している。したがって、生活習慣病の発症予防のための目標量(下限値)を設定する必要はないと判断した。
4 生活習慣病の重症化予防
先に示した疫学研究の結果から、3価クロムは糖尿病患者に対して薬理的効果を有する可能性があると判断できる。しかし、糖尿病患者の栄養管理は、専門医のもとで慎重に実施されるべきである。したがって、重症化予防のための目標量(下限値)も設定すべきではないと判断した。
5 活用に当たっての留意事項
クロムサプリメントの利用は勧められない。
6 今後の課題
クロムが必須栄養素である定説について、関連文献を詳細に再検討する必要がある。日本人のクロム摂取の推定に必要な食品のクロム濃度についての情報を蓄積する必要がある。
クロム(Cr)の食事摂取基準及び私の摂取量
クロムの食事摂取基準(μg/日)

クロム(Cr)の摂取量
私は、次の理由から、クロムの摂取量を把握する必要はないと考え、計算していません。
1 クロムの摂取不足によって発生する可能性のあるインスリンの感受性の低下等が起きていない。
2 「3価クロムによる糖代謝の改善は薬理作用に過ぎず、クロムを必須の栄養素とする根拠はないとする説が最近、有力である。」「食品からの摂取の必要性について疑問のあるクロムである」とされている。
3 設定されている目安量について、「サプリメント等での積極的摂取を促すものでは全くない」とされている。
まとめ(クロムのサプリメント)
「クロムサプリメントの利用は勧められない。」「3価クロムを用いたサプリメントの不適切な使用が過剰摂取を招く可能性がある」「3価クロム投与が糖尿病やメタボリックシンドロームの予防に効果がない」「糖尿病患者の栄養管理は、専門医のもとで慎重に実施されるべきである。」とされているにもかかわらず、多くのクロムのサプリメントが販売され、(コメントを読むと糖尿病の予防や改善のために)購入されている現状に疑問を感じています。
次回は、モリブデン(Mo)の摂取基準と摂取量等について書きます。
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今回は、「クロムのサプリメントは不要」とするイメージの画像を作成してもらいました。
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