洋服の制服化について考えてみて
ある事に気がつきました。
他人は、その服を何日前に着ていたかなど覚えていない
私の職場に、服をたくさん持っている人がいます。
いろんな服を着てくる。
それでも、
一度しか着ないわけではなく、
何度も登場しています。
何年も一緒に仕事をしているので、
目にする回数も増えるわけです。
どんなにたくさんの服を所有していても、
着る頻度が低くても、
「あの服だ」
と分かってしまうものなのだな、と
思いました。
ただし、
その服を、前回着たのが
「いつ」だったのかまでは
覚えていません。
1ヶ月前かもしれないし、
2週間前だったかもしれない。
もしかしたら、先週着てたかも。
少なくとも、私の感覚だと
こんな程度です。
ものすごく、
人の服をチェックしている人だったら
前回いつ着たのかまで分かるのかも!
怖い・・(笑)
いつも違う服を着ること、
たくさん服を所有していること、
それが、その人にとって
重要なことなら、
そういう価値観の持ち主なら、
制服化して3セットしか服を持たない人は
信じられないかもしれないし、
哀れみの目で見る人もいるかもしれない。
でも、
同じ服が登場するまでにかかる期間が、
2日であろうと、2週間であろうと
大した差ではないと思うのです。
いや、むしろ
久しぶりに登場する服の方が
印象に残りやすい気がします。
そうすると、
とっておきの服なのかな?
それとも、あまり好きじゃないから
滅多に着ないのかな?
扱いが面倒な服なのかも。
普段考えたこともなかったけど、
服を絞り込む作業をしていると、
登場回数の少ない服、
だけど捨てられない服
そういう服の存在に悩まされます。
それを衣装持ちさんに当てはめてみると(←失礼)
なんとなく
理由が見えてくる。
うまく扱えない服を
クローゼットに大事にしまっている人。
そういう目で見られる方が
同じ服をたくさん着るより
恥ずかしいなと
思いました。
物の管理ができていないってことだから。
それを着ると自信を持てるような服を着る。
大事なのはそこ。
私にとって重要なのは、
ものをたくさん所有していることではありません。
その逆、
ミニマリストやシンプリストが
私の目指すところ。
そういう価値観。
だから
ミニマリストと真逆の価値観の人に
どう思われようと
気にする必要は無いのです。
なぜなら、私だって
たくさんの服を所有している人を見ると、
クローゼットがパンパンになってそうだな・・
管理が大変だろうな・・
家中もので溢れてそう・・
と、ついつい思ってしまうのだから。
それと同じ。
その人にとっては余計なお世話。
私にとっても余計なお世話。
他人の価値観は、
自分には関係のないこと。
少なくとも
ファッション業界の人間でない私には
他人からの服の評価など
気にする必要はないのです。
私は、少なく所有することの
快適さが分かっている。
より快適にしようと日々考えている。
そういうところで生きている人間。
自分にとって
好きな服
その服を着ていると
気分が上がる
きちんとしようと思える
外を歩きたくなる
プラスのエネルギーが溢れ出てしまうような
そういう服を着る、
そういう服だけのクローゼットにする。
大事なのはそこなんだな。
今日は
そんなことに気づいた日。
今週の土曜日、3月22日は
一粒万倍日。
思い切って、
春から夏の服を5セットまで
絞り込んでみようかな。