愛媛県のむかし話:轟龍王伝説|肱川の修験者が体験した龍神と雨乞いの奇跡
四国愛媛県の肱川流域には、自然と信仰が織りなす不思議な伝説があります。
それは「轟龍王(とどろきりゅうおう)」と呼ばれる龍神にまつわる物語。
この物語では、一人の修験者が滝壺で龍神と遭遇し、村人たちを救う奇跡が描かれています。
壮大で神秘的なこの物語を通じて、自然の力と人々の信仰心が生み出す奇跡をご紹介します。
昔、愛媛県大洲市の肱川流域にある大谷地区に、**彌勒院快仙法印(みろくいんかいせんほういん)**という名の修験者が住んでいました。
彼は祈祷の霊験あらたかで、近郷近在の人々から大変慕われていました。
延享5年(1748年)のある夏の日のことでした。
消えた下女
その日、快仙の屋敷に仕える下女が、いつものように洗濯物を持って轟滝へ向かいました。
しかし、昼を過ぎても彼女は戻りません。不審に思った快仙が滝へ迎えに行くと、洗濯物はきれいに洗われ、籠に整然と収められていましたが、下女の姿はどこにもありませんでした。
滝壺の近くを見ると、草履が揃えて置いてあります。
「これは龍に見入られたに違いない」
と悟った快仙は、小刀を口にくわえ、滝壺に飛び込みました。
龍の岩屋
快仙が滝壺の奥へ進むと、そこには岩穴が広がり、さらに奥には岩屋がありました。
そこで、下女が糸を紡いでいるのを見つけた快仙。彼女は快仙を見るなり涙を流し、こう言いました。
「私はもう人間界には戻れません。どうかお暇をください。」
快仙が理由を尋ねると、彼女は岩屋での生活の事情を語りました。彼女は既にこの世の者ではなくなっていたのです。
そして、快仙が供養を約束すると、彼女はこう付け加えました。
「主人は奥の部屋で休んでいます。どうか決して覗かないでください。」
そう言い残し、彼女は茶を入れるため席を外しました。しかし、興味を抑えきれなかった快仙は、襖の隙間から中を覗いてしまいます。
そこには、十畳ほどの広さの部屋で、とぐろを巻いて眠る巨大な龍の姿がありました。
帰還と奇妙な出来事
彼女が戻り、しばらく話をした後、快仙は滝壺を後にしました。滝から出てきた快仙は、彼女が淹れた茶を含んでいましたが、それを吐き出してみると、茶は真っ赤な血に変わっていました。
彼は驚きつつも、その後、約束通り滝の上部にお室を建て、龍王と下女の霊を祀るため「轟龍王神」と名付けて供養しました。
雨乞いの奇跡
数年後、大かんばつが地域を襲いました。村人たちは困り果て、快仙に助けを求めます。その夜、夢の中に下女の霊が現れました。
「龍王も私も祀っていただけたことを大変喜んでおります。いま、かんばつでお困りのようですね。皆さんで雨乞いをすれば、龍王がお取り次ぎします。」
快仙は村人たちに夢の内容を伝え、雨乞いを行うことを決意しました。
お室の前で祈祷を始めると、天は俄かにかき曇り、雷鳴と共に激しい雨が降り始めました。
長らく続いた干ばつが解消され、村は再び潤いを取り戻しました。
轟龍王神の祠
この奇跡の後、轟龍王神は村人たちから厚く信仰されるようになりました。
快仙が建てたお室は神聖な場所として守られ、龍王と下女の霊が地域を守る存在として今も語り継がれています。
この物語は、自然への畏敬と信仰心の大切さを教えるものであり、肱川流域に根付く文化と歴史の一部となっています。