超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

静かな時間

 その砂糖製造会社の会長は、毎日、工場に顔を出しては、製品の角砂糖を一つ、持っていった。
「コーヒーに入れるんだよ。我が社の製品が一番だからね」
 と会長は言っていた。
 社長始め、社員一同は、会長の愛社精神に感服していた。
 しかし会長はその角砂糖をコーヒーに入れたりはしなかった。
 角砂糖を持って会長室に帰ると、会長は壁に埋め込まれた秘密のスイッチを押す。すると本棚がずれて、小部屋の入り口が現れる。
 会長はその小部屋に入る。
 小部屋には、清潔なベッドが一つあり、そのベッドの上で、点滴と心電図に繋がれた、一匹の巨大な女王蟻が眠っている。
 会長は女王蟻の枕元に角砂糖を置く。そして、おもむろにカツラを脱ぐ。
 会長の頭部には触角が生えている。
 会長は触角で女王蟻に触れる。女王蟻がゆっくりと目覚める。会長は微笑む。
 それが会長の一日の中で、一番静かな時間だ。

アンテナにトンボ

 墓参りに行くと、墓石の前に、死んだ母の、下半身だけが、立っていた。
 おかしいなと思い、墓石のてっぺんのアンテナを見ると、アンテナの先に、トンボが一匹、とまっていた。
 トンボがアンテナにとまっているせいで、死んだ母を、うまく受信できていないのだとわかった。
 私は手を振って、トンボを追い払った。
 死んだ母の全身が、現れた。
 母の目は、飛び去っていくトンボを、追っていた。

花が枯れる

 仕事帰りに通りかかった花屋で、綺麗な花を見つけた。
「お水はいらないんですよ」
 店員は言った。
「どうやって育てるんですか?」
 私は尋ねた。
 店員は答えた。
「愚痴を聞かせるんです」
 それならいくらでも出来る。
 私はその花を買い、自室の窓辺に置いて、同居している姑への愚痴を、毎日聞かせ続けた。
 花はおそろしく美しく咲き誇った。
 しかしある日、姑が交通事故でとつぜん死んでしまった。
 聞かせる愚痴がなくなった。
 花は急速に枯れていった。
 私はその枯れた花を、姑の墓前に供えた。

あんなとこ

「また地球に行ってきたのね」
 母が、テレビを観ながら酒を飲む父に、微笑みながら話しかける。
「行ってねえよ、あんなとこ」
 父はぶっきらぼうに答える。
 母と私は顔を見合わせて笑う。父が脱ぎ捨てた宇宙服のヘルメットに、桜の花びらが一枚、くっついていたのだ。

あの夏の記憶を

 真冬、橋の上から見た川の水面に、入道雲が映っていた。
 この川は、あの夏の記憶を、まだ引きずっているらしい。
 橋から身を乗り出して、水面を覗き込んだ。まだ綺麗だった頃の私が、そこに、映っていた。

 今日の雨上がりの空に架かった虹を作った男は、虹作りの免許を持っていない、無免許の男だったというニュースが、テレビ局に伝えられた。
 ニュース番組のスタッフは、さっそく街頭インタビューに出かけた。
 街の人々はみな、スマホで今日の虹を撮影していた。
「無免許だったんですよ」
 とインタビュアーが伝えると、人々は驚きながら、
「でもいつもより綺麗だった」
 と答えた。
 誰も男を批判しなかったので、ニュース番組はそのインタビュー映像を使わなかった。
 一週間後の雨上がりの空に架かった虹は、いつものように政府機関が作ったものだった。誰も撮影していなかった。

遊び方

 おもちゃ屋さんに、人間が売られていた。
 パッケージには『傷つけて遊ぼう!』と書かれていた。
 僕はその人間を買って、その日から早速、その人間に愛を注ぎ始めた。