日本の自殺率は先進国の中でも最高水準である。
実は多くの人が、身近な人を自殺で失う経験をしている。
そして、遺された人は時として長引く苦痛とともに、苦悩の日々を生きることもある。
以前、自殺対策の記事を書いた。
この記事は主に自殺の予防に焦点を当てていた。
だが、私はもう一つ大事なテーマが残されていると感じていた。
それが「遺族とその周囲の人々」というテーマだった。
遺された人の心理
身近な人を自殺で失ったとき、遺された人はどのような心理状態になるのだろうか。
もちろん、大切な人を失った悲しみは個別性が高い事象であり、容易に体系化できるものではない。
だが、このテーマには多くの先人が道しるべを作ってくれた。
ここでは様々な知見から4つの状態に焦点を当てて解説をしたい。
これらの心理状態は身近な人の自殺を経験したときに誰もが経験し得るものである。
精神的麻痺と否認|衝撃を和らげるための防衛
自殺を知った時の最初の反応は、「まさかあの人が」「何かの間違いではないか」といったものがほとんどで、ショックのあまり言葉も涙も出ないという状況になることも多い。
我々は目の前の事象が自分が処理できる限界を超えてしまうと、フリーズをしてしまう。
自殺を知った直後の反応。それはまさに精神的なフリーズ状態といえる。
その衝撃から時間がたつと、「そんなはずがない」と、自殺という事実を否定するような思考が現れる。
これは否認の状態ともいわれるが、こうした精神的なフリーズ状態や否認は自殺という衝撃から心を守るための防衛反応として機能している。
混乱と怒り、恨み
衝撃的な事実を受け入れることを試みると、精神的な混乱が生じやすい。
そして、その混乱は故人や他者への怒りや恨みの感情にも繋がる場合がある。
故人に怒りを感じることを自覚することで遺された人自身が自責の念を高めてしまうことがあるかもしれない。
また、周囲との自殺の受け止め方の違い(あの人は冷たすぎるのではないかなど)で苦しむことにもなりえる。
恨みは犯人捜しのような、大切な人を死に追いやったのは○○に違いないという思いを生み出すことがある。それは根拠がある場合も、根拠がない思い込みに近い場合もある。
抑うつと孤独、自責感
自殺で大切な人を失くした事実が現実のものであると認識されると、悲しみの時期が訪れる。
その悲しみは遺された人には意欲の低下や食欲不振、不眠といった抑うつ症状として現れることがある。
さらには「誰も理解してくれない」という孤独を強める可能性もありえる。
そして、故人を助けられなかったこと、もしかしたら傷つけていたのではないかと思うことや、自殺の兆候に気づけなかった、対処できなかったことへの自責感が襲ってくることもある。
自殺という事実とともに安堵感や救済感が遺族に生じることもある。
こうした感覚は、故人の苦しみを知っているからこそ、自殺によりそうした苦しみから個人が解放された、あるいは、周囲の人々が苦しみから解放されたと実感できるときに感じられやすい。
しかし、こうした安堵感、救済感も「私はこうしたことを考える冷たい人間だから、あの人は自殺してしまったのだろう」という自責感に繋がる恐れもある。
苦しみから解放されるとき
遺された人が苦しみから解放されるとき、それは新しい歴史が動き出す時である。
自殺という事実を受け入れ、新しい人生を歩みだすとき、苦しみからの解放が訪れる。
そこにたどり着くまでには、紆余曲折、一進一退の経過があるかもしれない。強い孤独感や悲しみ、絶望や怒りとの戦う時間があるかもしれない。
それでも、そうした時間を乗り越えた先には新しい未来がある。
遺された人が受ける影響
精神疾患
自殺で遺された人は強い悲しみに襲われる。
それはうつやPTSDといった精神疾患を引き起こすことがある。
自殺に伴うショックにより引き起こされる精神疾患は、従来の精神疾患のケアと同じように早期発見、早期治療が基本となる。
うつ
悲しみや喪失感に加え、自責感や無力感を強く抱きやすい。自殺が「防げたかもしれない」という思いから自己非難が続き、うつ症状が悪化することがある。
うつは不眠や食欲不振、意欲低下や興味の喪失、物忘れ、様々な身体症状、飲酒量の増加などの生活の変化といった兆候により、周囲の人も気づくことができる。
PTSD
特に自殺を目撃した場合、遺体の発見者となった場合、あるいは救命処置を試みたが助けられなかった場合にリスクが高まる。フラッシュバック、回避行動、過覚醒などの症状が現れる。
複雑性悲嘆
大切な人を失ったときに私たちの心には悲嘆が訪れる。
それは自然なことであるが、それが喪失から長期間経過しても悲嘆が続き、日常生活に支障をきたす状態になることがある。
この状態が複雑性悲嘆と言われる状態であり、特に自殺などの予期せぬ形での別れによって引き起こされやすいとされる。
特徴としては、亡くなった人のことを四六時中考え続けたり、死を受け入れられなかったりすることで、それまでできていた社会活動への参加が難しくなるといったことが挙げられる。
群発自殺
ある人物の自殺が他の複数の自殺を引き起こす現象を群発自殺と呼ぶ。
自殺は周囲の人々の自殺を誘発する可能性がある。
著名人などの自殺報道の後に自殺者が増える「後追い自殺」は、家族や親しい人の周囲の人々にも表れる可能性がある。
遺族の周りにいる人々は、自殺で大切な人を失った人の反応や様子に注意を払い、違和感を覚えたら手を差し伸べることが大切となる。
二次的トラウマ
二次的トラウマとは、自殺そのものの傷だけでなく、周囲の人々が心の傷をさらに深めてしまうことを指す。
もちろん、周囲の人々は悪気があってそのような言葉がけをしたのではない。
励まそうと思って、遺族に前向きな言葉をかけることがほとんどなのだが、その言葉がむしろ遺族を苦しめることがある。
また、「家族の責任では?」といった社会的な偏見や、周囲の無理解により傷つくことがある。その場合、遺族は自殺について話しづらくなり、孤立を深めることにも繋がりかねない。
さらには、自殺が生じると警察による取り調べやメディア報道が容赦なく行われることがある。
警察による取り調べは必要なものではあるものの、そこでのやり取りは遺族の心を追い詰めるものになりえるということは忘れてはならない。
メディア報道は時に過剰に行われ、昨今はインターネットやSNSの普及に伴い、様々な情報が瞬時に、遺族の意思に反して拡散されてしまうことがある。
その結果、遺族の精神的負担が強まったり、プライバシーが侵害されという可能性も生じる。
そうした事態を防ぐためにも、私たちは、自殺があった時にはその周りにいる大切な人の存在を忘れてはならない。
記念日反応
記念日反応とは、亡くなった日や故人の誕生日、特定のイベントの時期になると、悲しみや不安、身体的な不調が強く現れる現象である。
これは、自殺から時間が経ち、周囲の人々が日常を取り戻したと思われた後にも生じることがある。
主な記念日反応の特徴としては、うつ症状や不安が強まったり、悲嘆が再燃し、精神的に不安定になることや、頭痛、動悸、めまい、食欲不振、不眠といった身体症状が現れることがある。
また、故人を思い出させる場所やイベントを極端に避けたり、逆に、強く思い出し、苦しくなるということもある。
どうすればいいのか
そばにいる|孤独にさせない
遺された人々のケアを考えるときに、最初に大切になるものは、心身の安全の確保である。
まずは物理的な安全を確保すること。
それは基本的な衣食住を確保することである。
それから、精神的な反応で危険なものがないか確認する。
あふれ出る感情を受け止める場所を提供する。
それらを支えるものは、そばに寄り添うということだ。
遺された人々を孤独にさせないことが、その後の苦痛や様々な危険からそれらの人々を守ることにつながる。
また、もし専門的なケアが必要だと感じたときには、相談窓口を知っておくことで、必要な時に紹介するという対応もとることができる。
忘れない|故人のことも遺族のことも
大切な人を亡くした悲しみはもしかしたらすぐに忘れ去りたいものであったり、思い出したくもないものになるかもしれない。
だが、故人のこと、そして、故人との様々な思い出は無理に忘れる必要はないものである。
混乱の渦中では、むしろ忘れたくても忘れられないということもあるかもしれない。
そうした場合も故人のことを安心して思い出せるようになること、適度な関係性を築くことが大切となる。
いずれの場合も、故人を心の中に安心して受け入れるようになること、故人との新しい関係性を築くことが、自殺の悲しみを乗り越えるということに繋がる。
また、身近に悲しむ人がいる場合、それを支える人々は、遺された人々の存在を忘れないということも大切である。
ケアを押し付けることは避けなければいけないが、必要としているならばそっと手を差し出す。
それは孤独にさせないということにも通ずるケアの基本になる。
無に耐える
これは主に悲しみを打ち明けられた周囲の人に必要な姿勢である。
自殺の悲しみを打ち明けられたとき、私たちの心には無力感が生じる。
現実的にできる範囲でのサポートは大切だが、場合によっては無力感への焦りから、その範囲を超えて不用意な言葉をかけてしまう可能性もある。
自殺の悲しみは時間の経過(日薬)が必要になることも多い。
自然な回復を邪魔しないためにも、身近にいる人は無に耐えながら、寄り添うことが大切である。
自分を責めてしまうならば、安全な場所を意識する
もしも、大切な人をなくしてしまった責任で自分を責めてしまうのならば、一人にならないということはもちろん大切であるが、すこし余裕ができたのならば、自分の中に安心できる場所を作っていくという取り組みも大切になっていく。
自分の中に安心できる場所を作る。それはリラクセーションや瞑想による気づきを得る実践によって得ることができる。
心が揺さぶられたとき、呼吸や体の感覚に戻ることは常に存在する安全な場所を意識すること、いつでも戻れる安心の場所を得ることに繋がる。
まとめ
自殺は故人の周囲にいる人にも大きな影響を与える。
遺された人々にどのような反応が起こりえるのか、それは個別性が高く必ず同じ反応が生じるというものではないが、ある程度の共通点はある。
遺された人々は、一時的に大きな混乱や苦痛に巻き込まれる。中には、専門的な介入が治療が必要な状態になることもある。
自殺率の高さが課題となっている日本では、自分が遺族になることや、身近な人が遺族になる可能性も高い。
遺された人々には、周囲のサポートによる安全で安心できる環境と、故人を受け入れるための作業と時間が必要となる。
参考文献
高橋祥友(著)自殺の危険[第4版]臨床的評価と危機介入 金剛出版
高橋祥友・福間詳(編)自殺のポストベンション 遺された人々への心のケア 医学書院