柔術兄弟
柔術インストラクター開(かい)さんの話を続けています。
どんな人が、柔術インストラクターになるんだろう?
高校までサッカーをやっていた、と聞くと、何となくスポーツ万能で俊敏なイメージなのですが。どうやら、そうでもないらしい。
走るのは遅いし、体力ないし、「親がやれっていうから」サッカーを始めたという。
サッカーは嫌いじゃなかったけど、部活がなければ、一人で練習するほど好きでもない。部屋で一日中ゲームしている時期もあったそうです。
三人兄弟の末っ子で、長兄は格闘技とは無縁。
次兄も、特に格闘技に興味はなかったのですが、なぜかオーストラリア生活3年の間に、柔術にはまってしまいました。弟の開さんに試合の動画を送りつけ、アドバイスを求めることもあるとか。
最近、引っ越したのは、オーストラリアの有名選手がいる柔術道場に通うため。その選手の写真が兄から送られてくるたびに、開さんは「いいなぁ」「羨ましいなぁ」と思うのだそうです。
次はイリノイだぜっ!
「サッカー少年」→「就職」→「大事故から奇跡的に生還」→「やりたいことやって生きる決意」→「ブラジルで柔術三昧」→「帰国」→「柔術道場に住み込み」
…と、きて、今度はアメリカです。
イリノイ州に、アメリカ全土から選手が集まる有名な柔術ジムがあります。お金がない人でも練習できるようにと、コインランドリーを改装し低予算で作られたジム。
選手たちは一日中練習した後、みんなでANYTIME(24時間営業のジム)へ行く。ジムにはシャワーがないので、ANYTIMEへシャワーを浴びにいくわけです。
食事は、棚に並んだ自分用のパンにピーナッツバターを塗るとか。小さなコンロで、簡単な調理をするとか。
それから、自分たちの汗が沁み込んだマットで雑魚寝。…って、けっこう、におい、きつそうだよね?
いやいや、きっとそんなこと関係ないんでしょうね。とにかく少しでも多く練習したい人々なのですから。
開さんはジムのマットで眠りにつくとき「嫌なことをして生き続けるより、楽しいことをして死んだ方がいいな」って思ったそうです。
…なんか、いいよね。
子ども達に、もっと柔術を
アメリカで柔術三昧の後、開さんは現在、柔術インストラクターとして働いています。
足が速いわけでもないし、力があるわけでもない。そんな開さんが、インストラクターとして指導するようになった柔術。
柔術には、何か秘密がありそうです。本編では、そのあたりを考察してみました。
インストラクター開先生は今、キッズクラスも担当しています。
足が遅い子。力がない子。学校が嫌いな子。集団生活が苦手な子。身体に触られるのが怖い子。…そんな子どもの気持ちを理解してくれる、人気者先生です。
身体能力が高くない子が続けているのは、開先生がコツコツ丁寧に、繰り返し教えてくれるから。
「もっと多くの子ども達に、柔術を知ってもらいたいんですよね」という熱い想いを、静かに語る開さんです。
柔術インストラクターが考える、柔術の特徴
開さんは、私が柔術を理解できるように、と、こんな話をしてくれました。
・キックボクシングは瞬間的、感覚的な部分が多いので、持って生まれた瞬発力などが大きく影響する。
・柔術は精神性が高いため、運動能力が低めの人でも強くなれる可能性がある。
・筋トレは個人的。一人でがんばるイメージ。
・トレーニング中、筋肉に集中するのがベストだが、考え事もできる。
・柔術はコミュニティ性が高い。仲間といる感覚。練習後のコミニケーションを大切にする。
・柔術を含む格闘技は、考え事をする余裕がない。何か他のことを考えていたら危険。
・何か悩んでいる人は、考えるのをやめて練習に集中できる時間が大切だと思う。
なるほど〜。なんか、ちょっと分かってきたような気がする…。
柔術の絆
開さんの柔術仲間、田村 勇磨(たむら ゆうま)さんを紹介します。
以下は、初対面の会話を再現したものです。
N(私):坂野さんと田村さんは、どのように出会ったのですか?
T(田村さん):ジムの練習仲間です。もともと友だちだったわけでもなく、柔術ジムで初めて会いました。
N:坂野さんから、今日のインタビューについて、どのように聞いていますか?
T:柔術をやってる人の、心情や背景などを紐解きたいというのが題材で、私を使っていただけると。
N:お忙しい中、時間をつくってくださって、ありがとうございます。この企画に参加してもいいかな、と思われたのは、どのあたりですか?
T:まずひとつ、彼(坂野さん)と僕の関係ですね。柔術を通して会った人の言うことは、なんでも聞く。できることは何でも、してあげたいっていうのが僕の中にあります。あとは、単純に、面白そうな話だと思ったので。
FacebookのCEOザッカーバーグ、その他にもトップクラスの人が柔術にはまっている。それが今の流れなんですね。その魅力を、世に発信できる機会があるなら、自分も加えてもらえれば。もう一行でも、自分の発信を組み込んでもらえれば。
それが柔術に対する恩返しでもあり、彼に対する恩返しでもあると思っています。
…しびれるでしょ?
何歳からでも世界チャンピオン
元、柔道家であり、現役の柔術家、田村 勇磨(たむら ゆうま)さん。
インタビュー記録から、田村さんが「なぜ柔術を始めたのか」についてピックアップしてみます。
N(私):柔術を始めたのは、いつですか?
T(田村さん):就職したのと同時です。
N:学生時代は、何かスポーツを?
T:ずっと柔道やってました。柔道から柔術に転向する人は多いですよ。自分は大学入学したときに柔道をやめました。その後、また組み合うスポーツやりたくなっていたんですよね。
N:社会人で柔道を続けるのは、難しいですか?
T:柔道は、体力と身体能力がベースになるので、ある程度の年齢からは強くなれないんですよ。
柔術の場合は、年をとって体が衰えても、強くなれるという特性があるんです。そこが他のスポーツと違うところ。
格闘家は、基本、強くなりたいんですね。柔道では、ある年齢からは伸びない。でも柔術なら、年を取ればとるほど磨かれて、上達する部分があるんです。
さらに試合のカテゴリーが、年齢とランク別に細かく分かれている。だから僕が、世界チャンピオンになれる可能性があるんですよ。
将来に向かって、強くなっていく道が見えるんです。
コンプレックスと柔術
田村さんと坂野さんの、コンプレックスに関する話を。
T(田村さん):僕もそうかもしれないですけど、柔術やる人って、コンプレックスを抱えていることが多いんですよね。強さに対する憧れるも強い。
自分は弱いと思っている人たちが、頭を使って、技術を磨いて、大きな人間を倒す。ロマンみたいなものを、みんな感じているんじゃないかな。
N(私):そういえば、坂野さんも「運動神経が優れているわけでもないし、足が速いわけでもなかった」って言ってましたよね。通じるところがあるような。
S(坂野さん):むしろ、昔からスポーツでうまくいってた人の場合、柔術は、あまり続かないイメージがありますね。。なにか、うまくいかなかった人とか、挫折してる人のほうが、続いてますね。
T:たしかに。
S:スポーツに限らず、勉強だとか、なにか。
N:なにかで、折れた、挫折したことがある人が、柔術にハマる?
S:そうです。その挫折が、たまたま柔術っていう競技に変換されて、ライフワークとして続ける、っていう感じに近いです。スポーツっていうよりは、ライフワークに近い。
N:死ぬまで、やめる気がしない、っていうこと?
S&T(同時に):そうっすねぇ!
つづく