日本国憲法は3日、1947年の施行から74年を迎えた。毎日新聞と社会調査研究センターが4月18日に実施した全国世論調査で、憲法改正について「賛成」が48%と「反対」の31%を上回った。9条を改正して自衛隊の存在を明記することに「賛成」は51%で「反対」の30%を上回った。
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毎日新聞の世論調査ですら9条を改正して自衛隊の存在を明記することに「賛成」は51%で「反対」の30%を上回った。さすがに森永卓郎氏ややくみつる氏のような「丸腰平和論」は見かけなくなった。
当然、国会で改憲論議や安全保障論議が盛り上がっても良いはずだ。
テレビ世論は一時のような森永卓郎氏らの「丸腰平和論」は身を潜めたが、テレビ世論を形成するお笑いタレントは司会者の誘導次第でテレビ受けの良い「丸腰平和論」に容易に変身する。
森永氏は、仮に外国勢力から攻められても座して死するべきと主張している。
さらに、日本が中国に侵略されて国がなくなっても、後世の教科書に『昔、日本という心の美しい民族がいました』と書かれればいいと発言。
森永氏ややくみつる氏のような極端な「丸腰平和論」はいつの世にもいるもので、約15年前の小泉政権当時、小泉首位相と社民党田英夫氏の間で「奴隷の自由論」が過熱した。
当時の「小泉vs田」の国会討論を思い出す。
以下は過去ブログテポドンで日本の安全保障を考える2006-06-20
の引用です。
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軍備には、「攻撃のための軍備」と「攻撃されないための軍備」がある。
後者の軍備を必要なしとするのは、将来日本が外国に攻め入られたとして、その時「まったく抵抗致しません。」という意思表示でしかないのだ。
これでは負け犬と同じで日本はこのような国であってはならない。
「攻撃されないための軍備」とは、必ずしも軍備を使うことを意味しない。 いや使わないで済めばそれ以上の外交的勝利は無い。
抑止力である。
軍備所有という事実そのものが、高度に政治的な駆け引きとして通用する。
外交的駆け引きの重要なカードになりうるのだ。
カード無き外交は、何度「平和的話し合い」を続けても相手国の条件を「マル飲み」する以外に無い。
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更に30年近く時代を遡る。
ロンドン大学の森嶋教授と言うだけで記憶が曖昧ながら、国の安全保障に関して「ソ連に侵攻されたら戦わずして降伏すれば良い。死なずに済むから軍備は要らない。 (奴隷になったらどうする、という反論には)死ぬよりは奴隷として生きるほうが良い」と言ったような意見を雑誌で読んで驚いた事を想いだした。
ネットは便利なもので30年ほど前の曖昧な記憶を検索で明瞭にさせてくれた。
≪森嶋通夫【ロンドン大学教授】
「不幸にして最悪の事態が起きれば、白旗と赤旗をもって、平静にソ連軍を迎えるより他ない。34年前に米軍を迎えたようにである。そしてソ連の支配下でも、私たちさえしっかりしていれば、日本に適合した社会主義経済を建設することは可能である。」
出典元:1979年3月9日『北海道新聞』より≫
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小泉首相も「奴隷の平和」について国会で発言していた。
2003年6月5日の有事法制参議院特別委員。
田英夫社民党議員との討論は記録に留め置くべき名討論だ。
7:47 社民党の田英夫氏の答弁開始
○田英夫君:(略)・・・・、だんだん戦争体験者が少なくなってきた。そういう中でもうそろそろ憲法改正していいじゃないかというような気持ちが総理を始め皆さんの中にあるとすれば、私は死ぬわけにいかない。いつまでも生きていかなくちゃいけませんよ。この戦争体験者の、そしてまた戦争犠牲者の貴重な体験というものをもっと大事にしていただきたい。いかがですか。
○内閣総理大臣(小泉純一郎君):(略)・・・自衛隊がなく、いかなる戦力も保持しない、非武装だから平和が守れるんだ、独立が守れるんだという考え方もあるのは承知しております。しかし、そういう考え方には私は同調できません。諸国民の公正と信義に信頼して、日本は武力を持たない、自衛隊を持たない、いざ侵略勢力があったら何も戦わないで降参しますということが相手への侵略を防げるかとは思っておりません。
諸国民の公正と信義、その公正と信義のない国もあるのも過去の歴史が証明しております。つい最近、イラクもクウェートを侵略しましたね。あるいは様々な国々はこの歴史の中で何回も侵略を繰り返し、戦争、紛争を繰り返しております。だから、日本だけが戦力を持たない、自衛隊を持たない、軍隊を持たなければ相手も安心して何もしないというのは余りにも危険ではないでしょうか。
私は、実験が利かないんです、これ。一度侵略されちゃったら、後どうもできない。かつてのソ連の後の圧制に苦しんだ国々がどれだけあったか。ソ連が今ロシアに変わって民主主義みたいな政界、政体に変わろうとしているのは私も歓迎しておりますが、一たび全体主義、独裁主義に羽交い締めされた国がどれほど自由を失ってきたか。
こういうことを見ると、私は単なる奴隷の平和じゃなくて、平和であったらやっぱり自由に基本的人権を謳歌しながら日本の平和と独立を維持しなきゃならない。戦争は嫌だ、侵略された方がいい。確かに戦争をしなければ侵略されて、その国の独裁に任せれば戦争は起こらないかもしれません。それだったらもう奴隷の平和です。私は奴隷の平和は選ばない。やはり平素から日本の平和と独立を侵そうとする勢力に対しては断固たる決意を持って抵抗するという、その備えがあって初めて戦争は防げるんじゃないでしょうか。
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小泉さん お見事
想えば、もうあの時代は時代遅れ=それに与する者も以下同文
・今やデジタル時代の人間・政治家が「あったり前田のクラッカー」でしょう?
・そー言えば前田製菓は糸満工業団地に有ったっけ?違ったこっちだったhttps://www.youtube.com/watch?v=eJsVINSvB5s)
人類史上最悪集団自決20万人がベルリンだった。
大和撫子の性被害者100万人、さすがに日本人女性の恥として戦後に申告された方が僅かだった。
朝鮮半島から帰国した婦女子に強姦に因る妊娠が多いことに、厚生省が当時の堕胎法の超法規処置で福岡県二日市の施設で、九州大学医学部医者に因る堕胎手術が行われた、その手術数が900人。
同じく、佐賀県でも朝鮮半島帰国婦女子の堕胎手術が九大医師に因り行われていた。
それを死ぬ前に証言したいとする高齢の元九大医師が、福岡市民放TVで佐賀のことを語り、2か月後に逝去されたことが西日本新聞に載った。
「可哀そうだったのは幼い姉妹を帝王切開せざるを得なかったときのこと」の下りで、泣き崩れて嗚咽で証言が終わった。
森嶋通夫ロンドン大学教授が言う世界は、この様なことが待ち構えている。それでも是とする訳だ。
記事の様に、いわゆる極左の「識者、政治家」の安全保障認識は戦争をすることを前提に論じている。
同じく、国連議決核禁条約発布も核使用を前提にして禁止しているから、いい加減なものだ。
国連が、戦後76年間核戦争が一度も起きていないことを知らない様です。
現実は逆なのです、核保有国同士は戦争が出来ない関係になるのです。
核戦争に勝者も敗者もいないから、最初から戦略が組めないから戦争にならないことをご理解下さい。
この件を、戦争が抑止されている状態とする【抑止力】と一般的に表します。
戦争をするのではなくて、戦争が出来ない世界を目指すのが真面な軍隊の在り方です。
その観点で北朝鮮金正恩氏の姿勢をご覧下さい。弾道弾を米国に撃つ撃つ撃つよんと温泉発言(湯ばっかり)しているが、誰が視ても戦略が無い。
単なる北朝鮮式伝統的なハッタリに過ぎないこと。
撃ったら撃ち返されると社会人なら判っているさ。
序に、条約に付いて日本なら守るだろうが、世界には最初から守るつもりが無い国と途中から守らなくなる国が「ロシア、北朝鮮、韓国、イラン」で在り、この現実を国連が知らない様です。
逆に言えば、馬鹿正直はいないと言う証しで在る。
条約を守る振りをして、こそーっと核開発したのが「インド、パキスタン」で、貧者の核兵器と揶揄されている。そして疑いが濃ゆい「イスラエル」。
もしも、核禁と同じく戦争をすることを前提にする軍隊がいたとしたら、そんな軍隊は国に不要です。
戦争を前提とする思考では戦略(=勝つこと)が最初からないから負けます、愚の骨頂って訳です。
戦略が在れば、戦争をする前提判断が在り得ます。
自衛隊が目指すものは【不敗不戦】で在り、極左が唱えたお馬鹿な【不戦不敗】とは真逆で在ること。
先ず【不戦不敗】とは、最初から戦わないから負けることがないとする単なる詭弁に過ぎないこと。
即ち【不戦不敗】を執った後に待ち構えるものは、森嶋通夫ロンドン大学教授が夢見る残酷な世界だ。
そして、目指す【不敗不戦】は自衛隊が【どこにも負けない抑止力態勢構築で、どこも日本に挑んで来ないから負けることが無い】とする決意です。
そもそもが、自ら国防に邁進しない同盟国から集団的自衛権行使要請が来ても、誰も助けない。
そのために、尖閣諸島に於いても陸将と海将が同じことを民放TVで証言した。
【専守防衛 我々にはその様な考えが無い。盗られる前に叩きのめすだけだ】とのこと。
【盗られる前に】 一旦盗られたら奪還が不可能で在るとの意味である。
竹島も北方領土も不可能で在ったことを証明している。だから、【盗られる前に】叩きのめす。
主権内だからなにをやっても良いのが国際正義だ。
変なとこで出しゃばらんでくれ!