重箱の隅をつつくように欧米の隅をつつく

 

 

『欧米の隅々-市河晴子紀行文集-』市河晴子著 高遠弘美編を読む。

 

「稀代の文章家」といわれた作者。何行か読むだけで、その魅力的な文章に心を鷲づかみにされた。文章家つっても美辞麗句、乙にすましたお上品なそれとは大違い。

 

原文のまま、ブログにしても読んだ人は戦前に書かれたものとは思わないで読むはず。『欧米の隅々』は、1931年夫に同行した8カ月に及ぶ「外国視察旅行」記。1933年、刊行。

 

巧みなオノマトペやお嬢さん育ち(渋沢栄一の孫娘)なのに、時折見せる、おきゃんでぞろっぺえな一面。歯に衣着せぬ物言いやウィットに富んだ言い回し。

 

文章だって生もの、下手に推敲を重ねていては、せっかくの粋の良い文章も腐っちまうとか。いけない、かなり、影響されているぞ。


引用-1「黒ビロードの上に、ルビーをばらまいてスペインを想え。鑢紙の上に鮑貝を伏せてスペインを想え。荒涼と絢爛との卍に入り乱れた国。光と影、寒暑、貧富、愛憎、全ての物が偏在してその極端から極端へと飛び移る国。ほどのよいとかほんのりとか中庸などという生温い味は、ただしめっぽい国に、黴と共にのみ存在を許される」
(「スペインとポルトガル」)

 

食べ物の描写では、個人的に開高健がいちばんおいしそうに書く作家だと決めつけていたが、著者の食べ物の描写も、実においしそう。たぶん、かなりの食いしん坊ではなかったのだろうか。


引用-2「銀色の大きな蓋を取ると湯気がファーと上がって、鳶色に焼けた二貫目もあろうビーフの大塊が現われる。下の火加減を細めて、やおら庖丁を取りなおしたコックは、すーっと身をそいだ、こんがりした表側から桃色にほどよく火の通った部分をたっぷりと皿に盛って肉から出た汁をかけ、ヨークシャ・プディングという卵のふわりとした附合せと野菜を盛りそえ、自信と愛嬌をこきまぜた顔附で二重頤をタブタブさせながら皆に配る」(「ロンドンの日記から(抄)」)

 

何よりも観察眼がいい。外国で見る者もの、聞くもの、みな珍しくて、旺盛な好奇心で目玉がグルグル、フル回転している。

 

引用-3「猫は喉をくすぐるのがお愛想だが鹿はどうしたらいいか。頭を撫でるには角が邪魔だ。キャラメルを差し出したが嗅いだばかりで、左の手に拾い溜めた松の実を食べようと、冷い濡れた鼻先を、握った指の間に押し込む。「よしよし。お前アメリカ生まれでもチューインガムなんかしゃぶらず、『自然』を食べて暮すのだよ」と松の実を分けてやり、お供につれて散歩しながら仲よく一緒に食べようとするが、私が一粒食べる間に鹿は皮ごとモリモリやってしまって、私の口元をつくづく見上げている」
(「グランド・キャニオン」『米国の旅・日本の旅』)

 

金井美恵子武田百合子森茉莉幸田文などのエッセイファンならぜひ、ぜひ。あ、岸本佐知子もいたな。

 

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