哲学の科学

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いのちの美しさについて(8)

2021-04-10 | yy77いのちの美しさについて


まあ、たしかに、ガン細胞は恐ろしい勢いで増えていくけれども、その結果人体を破壊し、自分も死んでいく。個体は死んでも集団が健全に繁殖存続していくならばシステムは安定に維持されていく。それをもって、いのちの美しさ、というならば、ガンや病気、飢餓も含めて、美しい、といってよいのでしょう。
このように生物現象は超ミクロのレベルから超マクロのレベルまで、命をつなぎ生き残り繁殖したいという目的、意図をもって展開されているかのように見えます。その目的意識は強烈に見えます。生きる本能などと呼びたくなります。
生き残り子孫を増やしたいという欲望の存在感が明白に見えます。しかもその生存戦略はまことに巧妙かつしたたかです。命に神秘を感じる私たちの感覚はこの辺を見ることで作られているらしい。
それが神秘感となる理由はダーウィンの理論が直感に反するところからきているのでしょう。生物が機械に還元されるとは信じがたい。これほど複雑かつ多様であるすべての生物が同一構造のシステムであるはずがない、という直感です。
人間の直感は一次関数つまり直線の上に載っていて指数関数は感知できない。瞬間的な判断は得意だが超長期の推測はできません。複利計算は苦手です。むしろ対数関数がよく分かる。その方が短期の勝負で自然界を生き抜いてきた人類の生活では実用的だったからでしょう。
一年間の変化はよく分かるが、十年はひと昔です。百年前となると実はよく分らない。一万年も十万年も同じようなものと思えます。一億年となると言葉だけは分かるが、まったく意味が想像もできません。そういう事情であるのに、生物の進化は十億年くらいで意味が出てくるものが多い。
試行錯誤という言葉はありますが、生命現象の試行錯誤はとんでもなく規模が大きい。数億回の試作品の中から一番できが良い作品を選んで、それを数億個くらいコピーして、さらに数億回くらいこの試行を繰り返す。










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