人気blogランキングは?JULIYA M.KODAMA 依然として「覚醒した不眠」を、なんとか手なずけながら、私は温々とした闇の中にいる。
 「このまま」を密かに願ってはいるけれど、そんな私の覚醒など、ついには収縮し収束するスポンジボールのような具合に塊となり、存在もろともドットと化し やがて消滅してしまう。
 思考の彼方が、imagine の及ばぬ とてつもなく永遠の場であるとしたら…などという if は、今の私には確かめ得ない空論でしかありやしない。
 「私の世界」の終焉と無は、まったくの自明の理で、そんな願いへの意志や努力など大いなる徒労でしかないように思える。
 夏を惜しむ蜩のように、成熟して得られた瞬間の生が地上で尽きるまで、それが微かな揺らぎだとしても、継続する時をたぐり寄せ埋め合わせるように 輝く羽根を力強く鳴らし続けるのだ。
 そうだ、私には全てのことがわかっていたとさえ言える。それを私は、幼い頃から身をもって知っている。
 今はここで、さながら「瞑想する達磨」のごとくさえある姿だけれど、私のありようは、何も生み出すこともない空に近く、己に存在を問いかけながらいつもそうであり、そうしてきたのだった。
 私の situation を、思い考え得る言葉を正しく並べかえながら、こうあるのが「あらまほしき姿」だと 懸命に肯定することでしか、私はここに在り得ないという確信…それは狂信と言ってよいほど。
 変容の途中が確かである限り、時の流れに刃向かう徒労を知った上での諦観とともに、こうして前へ先へと歩み、精一杯の imagine を 時に委ね続けるのだ。

 首都高を左右から覆うように聳えている超高層ビル群の点々とした明かりが サーチライトのように降り注いでいる向こうの やがて収束する光の果てに、さらに淵のない暗黒の闇が広がっている。
 とぐろを巻いた不気味な予兆・・・逃れることの出来ないドラマが手ぐすね引いて待ち受けている。
 掌に滲み出てくる汗の感覚を打ち消すように 指先に力をこめ、ハンドルを堅く握りなおし、フロントに映り込んだ透明の私を、意志を持つ「ドンガメ」のエンブレムさながらに駆りたてる。
 羽田の入国ゲイトから出てくる「顔の定かでない女」を、どのように迎えたらよいのか…その女の「ベビーを抱いた母」の姿をどうしても描き結ぶことが出来ないまま、私は、意志もなく、ハンドルを左にめいっぱいきって壁に激突し、空中に飛び出していってしまいたい衝動に幾度も襲われている。
 ここは、数え切れないほど、CHIKOを隣に乗せて走った羽田へのルートである。
 「ドンガメ」のサイドシートの空間には、私がハンドルを握っている限り、いつ何時もCHIKOが鎮座しているのだ。
 「ほら、KIMIが、深く考えもしないで私のアシスタントを、ここに座らせたことがあったでしょ。しかも、あなたは、見たこともないようなうれしそうな顔をして話し込んでいたわ。ここは私の空間よ、どんなことがあっても誰であろうと座らせないで欲しいの。KIMIの色男然とした姿なんて見たくもないわ。そうよ、とてもわがままでくだらないお願いのようだけど、私にはこのシート、この場所、この空間が何よりも大切なことなの、今後、そんなことをしないと約束して。いいわね」
 CHIKOの決然として私を見つめる言葉は、何事も成り行き任せで行動してしまう男のふるまいに、タブーの領域を勝手に設けてはいるのだが、さながら杭と足枷で強引に十字架に縛り付ける刑罰のように、今も鋭く刺さっている。
 高島平で首都高に乗るつもりで環八を右折したところで、マイクを通した抑揚のない太い声で白バイに呼び止められ、ブレーキを深く踏み込んだ。
 スピード違反を告げられた「ドンガメ」は、初めての事態にも全く動じることのない普段のエンジン音を響かせて停まり、私もほとんど上の空で、ヘルメットの中の叱責する警官の唇の動きを追った。
 瑠璃色の車体が、白バイの格好の餌食になり得ることに 細心であるべきだったけれど、私はこれから先のシノプシスをなぞってみることに懸命なあまり、ついついアクセルを踏み込んでいたようだ。
 自ら書き続け 演じ続けてきたシナリオは、消しゴムと鉛筆で いかようにもアレンジできるのだけれど、なぜか抵抗も変更も中止もできない有無を言わさぬ説得力を持って 舌鋒鋭く自明の展開を見せ、容赦ない時を刻み続け、私は一言一句を忠実な大根役者のごとくなぞりながら前へと前へとページをめくっている。
 シナリオに集中している私は、自ら個性と人生を与えキャスティングした人物であっても、勝手気ままに動き出してしまうことを、本を書くという仕事上、骨身にしみて痛いほど知っていたから、私自身にそれが起こることにも、何ら不思議さを感じることなく、どれもこれも私には分析可能な現実であっても、数多の物語は軌道修正不可能で、ほとんど暴力的だと思われるほど錯綜したカオスよろしく、今の今が濁流のように、存在し展開し続けていくにまかせる以外にないのだ。
 入国の人混みと喧噪がひとしきり途絶えた羽田空港のロビーへと、スピード違反切符をバッグに押し込んで、やっと到着時刻を過ぎて駆け込んだ私に、すぐさま気づいた「顔の定かでない女」が、待ち受け焦がれた者が溜めた気持ちを弾けさすように、朱色のベンチからしなやかに立ちあがり微笑んだ。
 スラリと背筋の伸びたモデルウォーキングで軽やかに近づいてくる女は VOGUE のページを彩る女のように見えたけれど、小さな人形を小脇に抱えるようにした姿は、似つかわしくはなく ちょっと異様で、私のそんな不安の揺らぎをすぐさま察知したのか、ウィンクのような目配せと共にベビーを差し出すような仕草をして頷いて見せた。
 「ほら、あなたが私に産ませた子よ」
 女は、私との間に確とした「印籠」を得たのだと言わんばかりの自信に満ちた微笑みだけで、終始無言だったけれど、私は、そんなストレートな台詞を読み取った。 
 女から、当然のようにして手渡されたベビーを、私は、自分でも驚くほど自然に抱きかかえ、幼かったHIROの感触を甦らせていた。
 「あなたのMARIよ」
 CHIKOが身籠もった時、女の子だったら名付けようと一緒に考えていた「MARI」という名を、私は、CHIKOを裏切って、この子に与えたのだ。
 「あなたの初恋の女の名前を、私が生む子に堂々と名付けようなんて、KIMI、 あなた、どうかしているわ。よほど図々しいと思うけれど、私もその名前に賛成するわ。だって、あなたの初恋の話って、なぜか私も好きだし、MARIの響きは、とても可愛らしくていいわ。ただしね KIMI、男の子だったら、私に命名権を与えてね」
 CHIKOは、一昼夜苦しんだ難産の末、帝王切開となり、男の子を産み、宣言通りCHIHIROと名付けた。CHIHIROは、白い肌とクリクリとした瞳を持った美しい男の子であった。
 長老教会に通う熱心なクリスチャンの女も、私の名付けたMARIをマリア様のようだといってうれしそうに受け入れた。
 私は、父のない子と呼ばれて育つベビーのこれからを、名前を名付けることによって免罪符としているような卑怯な居心地の悪さがあったけれど、そんな場に及んでも、CHIKOときっぱりと別れてしまうことなど、とても無理だった。CHIKO のいない私はあり得ないと思えた。
 身のほど知らずの私は、どんなことをしても、CHIKOは決して私から去って行くことはないと盲信し、愛されていることの確信に胡座をかいて、身勝手にCHIKOをないがしろにしてきたにもかかわらずだ…。
 それにしても、私は、私がそうだと確信する「私」になったことなどあっただろうか?
 そんな問いかけなど、ほとんど無意味に違いないけれど、それでも、幾重にも重なったconplicated な疑問を言葉にしてみることで、なんとか不安から一瞬間でも救われ、私はすがってしまうのだ。
 いつも私は、私を疑いながら、コイツは「本当の私」ではないと思うことを原動力のようにして生きてきたような気がする。
 素のままのピュアな私は、私の想念 imagine もっとわかりやすく言えば、夢のような中に生きて存在しているのだけれど、かといって、そこに確たる私がいるわけでもない。
 どう考えてみたところで、私は私でしかないし、そんな私が失われれば、私どころか、よって立つ世界も、たちまちの内に零になるのだけれど…。
 いずれにしろ、私は私の中でしか生きていないということだろう。けれど、たとえそうだとしても、不条理で、ある種の不思議さを感じるのは、今ここでは、どう足掻いてみたところで、私は私だけで生きているわけではないことだ。それはそうだろう、CHIKOとの繋がりを考えるとなおさらのことだ。
 明らかに、CHIKOが生きているから、私があるのであって、私はCHIKOの胎盤に繋がれた細胞の塊なのだ。
 そう、考えてみると私は、何らかの意志のようなもの(造物主、神、あるいは自然。決してそれは、私の母や父ではない)が私を生き物たらしめようとし、生き始めたときから、まるで傀儡のごときモノとして命を繋いできた。
 それは、「私は私の人生を生きてきたのだろうか?」と考えるときの、極めて明解な答である。
 ちょっと見には、うたた寝をする男のひとときの夢のようなものだ。・・・実体などない。だだ私は、imagine することで自由に生きているだけだ。
 臍の緒から、存在に必要なすべてを与えられながら、ゆるぎない命として繋がれて存在してきた私は、何かに行き着く過程の点でしかない。
【PHOTO:JULIYA MASAHIRO】
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