映画の題材にパレスチナを取り上げますと、おのずと深刻な内容になろうかと。

現実に深刻な状況が今でも続いているわけですから、無理からぬ話なわけですけれど、

パレスチナを舞台にしながらもコメディーとしてまとめ上げる…とは、匙加減のとても難しいことでありましょう。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』は、そうしたなかなかに稀有な映画でありましたよ。

 

 

そも「戦火にさらされるテルアビブ」とは穏やかでないタイトルながら、

これは劇中劇として進行するTVドラマのことなのですな。扱っているのは、

イスラエル軍の将校とパレスチナ人の秘書(実はスパイでありまして…)の禁断の恋でもって、

パレスチナ側の制作ながら、イスラエルのお茶の間でもご婦人方の目をくぎ付けにしているという。

 

でもって、主人公のサラームはヘブライ語が分かるというだけで、

この番組のプロデューサーであるおじからアルバイトで雇ってもらっているという人物ですが、

実はこのドラマのストーリー展開をどうするかをめぐって、関係者の間で意見百出の状況に。

 

あまりになんでもありでそもそも想定の筋が捻じ曲げられそうと、本来の脚本家が降板してしまうのは

『ラジオの時間』での鈴木京香の役どころのような、俄か脚本家ではないプロのプライドでありましょうか。

ともあれ、その後の脚本を委ねられたのが、あろうことか、サラームだったりするのですなあ。

 

背景として、サラームは自宅から撮影所に向かう際、

必ずイスラエル軍が設けた検問所を通過せねばならないということがありまして、

サラームが「あの人気ドラマ」の脚本家であると知った検問所のイスラエル人指揮官アッシは

ドラマの物語展開に介入してくるということがあるわけです。

 

実のところ、アッシ自身はこのメロドラマを「反ユダヤ的」という目で見て面白からぬ思いがありますが、

そうはいっても自宅に帰れば妻や母親が楽しみにしているという現実の中、

しかも軍では司令官ながら家では家族の中で全く立場のないひとりの亭主と目されているが故に

この人気ドラマに自身が関与していることを家族に自慢したいという目論見もあるのですな。

 

脚本を任されるも一向に台本作りが進まないサラームは、これ幸いとアッシに取り入って

話の続きを相談するのでありますよ。なんともまあ…というお話ではありませんか。

 

コメディーといって大笑いはしないものの、随所で忍び笑いを漏らしてしまうような展開なわけですが、

毎日の通勤に検問所を通り抜けなくてはならないという、非日常と思われることが日常化している現実、

こうしたことは(コメディーとはいえ)パレスチナの実際を映し出して、そうしたことと関わりなく

作られた映画ではないことが分かるのですなあ。

 

真向勝負の深刻な話も現実であるとして、この映画のアプローチであれば深刻さに気後れする向きでも

パレスチナのようすを些かなりとも垣間見ることができるような気がしたものでありますよ。

直球勝負でない、変化球であっても勝負のしようはあるということでもありましょうか。面白かったですよ。